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2008年03月31日

埼玉県知事(上田清司氏)と埼玉県教育委員会委員長(高橋史郎氏)の対談

私が住む埼玉県の

県知事と教育委員会委員長の対談記事からです。


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たまたま市レベルで、不登校が一番少ない所がどこかと見ましたら、
埼玉県では加須市だったんです。ここには小学校区ごとに学校応援団があり、
家庭と地域の連携が比較的できている。だから学校に負担がかかっていない。

学校に負担がかかっていないから先生が疲れない。疲れていないから、
また一生懸命に教育もできる。そういういい循環ができているような気がします。

              埼玉新聞 2008年3月6日 p10 

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地域による学校応援団は、やはり公教育再生につながるかもしれない。


そんな想いが抱けた記事でした。


(ちなみに加須市には、私の従兄弟が住んでいます。)


上田知事は、「埼玉の奇跡」ということで、日経ビジネスでも取り上げられていますね。

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080321/150775/


(地元にいると、色んな声が聞こえてきますが・・・、それはそれとして。)


私は、今自分ができること、やるべきことを、

現実的な枠組みの中で行っていくつもりです。

2008年03月04日

名古屋で「エ・ム・ズ」社長の秋田さんとお会いしました。

子どもたちに「ドリームマップ」を紹介している「エ・ム・ズ」の社長
秋田稲美さんと、名古屋でお会いしました。

http://www.dream-map.info/


1月末に実施された「講師サミット」がきっかけです。

(ジャストレードの須子さん、ありがとうございました!)

ドリームマップを、地元寄居の小中学校で実施したいという
想いから、秋田さんにお願いにいきました。


秋田さんにはご快諾いただき、学校との調整で08年秋ごろ
中学校3年生を対象に、ドリームマップのセミナーを実施できそうです。

私自身の計画としては、中学校での「ドリームマップ」のセミナーに、
地元寄居の経営者に、オブザーバーとして参加してもらいたいと考えています。


予算が少ない学校に代わって、民間企業がお金を寄付して、
子供達に有益な「場」を提供したいと考えているからです。


その一つとして、まずは「ドリームマップ」作成という場を
作りたいと考えています。


子供達に、ドリームマップで得られる(と、私が考えている)

・自己肯定感(自分の可能性を信じ切れていない子供達が多い)

・夢について考える重要性(そういう機会そのものがない)

・真剣なおとなとの出会い(エ・ム・ズさんのファシリテーターとの出会い)

を提供したいからです。

今、学校側の協力は得られ始めているので、
次は、地元の経営者との接点を作ります。

第一歩として、地元寄居の商工会に入り、どこかの機会で、

・商工会の会員企業

・知り合いの経営者

・ロータリークラブ に対して

「学校への寄付」「職場体験学習の受け入れ」の呼びかけをしたいと思っています。

経営者の多くは、地域貢献をしたいと考えている。

学校側に足りないのは、「お金」と「人員」である。


そこを結び付けるような活動をしたいと考えています。

2008年03月01日

「学ぶあなたが主役主義宣言」HRDM年次大会に参加してきました。


NPO法人 人材育成マネジメント研究会さんの年次大会に参加してきました。

去年も参加して、学びが多かったので、今回も楽しみにしていました。

http://learn-well.com/blogsekine/2007/03/post_17.html

午前中は、佛教大学 西之園晴夫教授と、青山学院大学 佐伯 教授の講演。

午後は、分科会でした。



私の理解の範囲で、印象に残った点をお伝えします。

(○は、関根の独り言。)


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1.「変動社会における生涯職能学習 

   〜教える教育から学ぶ教育への転換」

      NPO法人 学習開発研究所 代表
      佛教大学 西之園晴夫 教授


・1976年 国連決議 無償の高等教育の提供を推進
 1979年 日本政府は、「無償では出来ない」と回答

・日本の高等教育の授業料は上がる一方。

・教育費がかかると、子供が減る。
 (1999年 厚生労働省 総務省統計局の調査から)

 子供を増やしたくない理由の第一位は
 「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」というもの。

 少子化対策としても、高等教育の無償化あるいは、教育費の負担減は必要。


・大学の全入時代が来るといっても、本当に全入できる訳ではない。

 ある程度収入がある家庭の子息は、全入できる。
 全入できるかは、学力ではなく、経済力の差。

・一人の教授が、100〜200名の学生を相手にできないと採算割れする。

・ヨーロッパでは、難民にトレーニングして、労働力を確保しようとしている。
 最下層に学んでもらえるよう国が尽力している。そうしないと、福祉費がかかるから。
 

○日本における労働力確保の施策は?

 まず、難民や外国人を、労働力にしようという発想は出てきづらいだろう。

 若者(新卒・中途・フリーター・ニート)→主婦→高齢者→外国人 という順番?


・佛教大学では、「協調自律学習」(自学自習)を実施。
 学生が、メンターを中心にマネジメントして、自身を評価もする。

 教師がいない学習を志向。

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2.「学習を学び直す 〜アンラーンのすすめ〜」

    青山学院大学 ヒューマンイノベーション研究センター長

      佐伯  教授

・子供が、TVやゲームの影響もあり、学ばなくなっている。

 お互いが相手の言っていることをきちんと受けて反応しない。

 相手の言った事を受け流して、自分の言いたい事を言うのが今風。

 いわば「独り言の発信」そのため「匿名の応答」を求める。

 これは、今の学校教育の中に、真のコミュニケーションを失わせる何かがあるのでは。

 その何かが「勉強主義=教え主義」である。

・勉強主義では、勉強するとは、与えられる事を飲み込む事。

 そこにコミュニケーションはない。対話から発想が生まれることがない。

・勉強は、順序だてて、目標行動を一つずつこなしていくもの。

・勉強の副作用として、教師依存がある。

 教えてもらえると考える。自分で学ぶことに対する自信を失わせる。

 能動的に学べなくなる。


・勉強主義のルーツは、1940〜60年代の「行動主義」

 教育は、目標行動の達成のための最適化方略である。

 (佐伯先生自身も、プログラム学習の信奉者であった。)


・行動主義の弊害として、「個人能力還元主義」「内発的動機づけの欠如」
 「わかることより、できること」

 その結果、学ぶ意欲の低下、コミュニケーション力の低下がもたらされた。


○行動主義は、「神の掌の上」?


○ここで、質問が出た。

 「行動主義と社会構成主義の二者択一ではないのでは」
 「行動主義は、個人の学習に有効なのでは」

 佐伯先生からは、それでも行動主義の弊害が大きいという回答。

・U.ナイサー「認知心理学」は、「(わかるとは)統合による分析」と提唱した。

 まず、全体の意味、大枠をとらえることが、理解する事につながる。

 一つ一つの積み重ね(分析による統合=積み上げ主義)でわかっていくわけではない。

 「全体理解」が部分理解に先行する。


○まず、全体像を理解させる。

 学校の教科書は、積み上げ式。
 子供をもつ親の立場としては、何らかの手を打つ必要がある。

 きっとそこで、「マインドマップ」の考え方が役に立つ。

・「わかる」のは「個人の頭の中」ではなく、「社会的なもの」

 ロシアの心理学者 ヴィゴッキーの社会構成主義

 「思考は、社会的な関係で構成されている」


・「学び合い」こそが、本来の学びである。

 フィンランドの心理学者 エンゲストローム「活動システム論」

 学びは、共同体での営みである。


・「個人能力還元主義」=能力は個人の中に溜め込まれている

 という考えが主流だったが、能力は他者と共に営むものという考え方が出てきている。

 それが、「正統的周辺参加(LPP)」である。


・正統的周辺参加(LPP)とは、

 正統的(Legitimate) ホンモノに触れる、文化と関わる

 周辺から(Peripheral) 影響力の少ない仕事から

 参加する(Participation) 他者と共に共同体の実践に

 
 LPPの5原則:

 1)学習は、教えとは独立の営み 教えられるから学ぶのではない

 2)学習は、社会的実践の一部である

 3)学習とは、参加である。

 4)学習は、アイデンティティーの形成過程である 自分が主人公になっていくという実感

 5)学習を動機付けるのは、リアルな現実の実践へのアクセスである。 手ごたえを感じることが大事。


・教師は、知識を分配する立場ではない。 実践の共同体の一員。One of Themである。

○ここで、現役高校教師から質問が出た。

 「教師として、One of them的な立ち居地がイメージできない」そうだ。

 それは、学校の中しか知らないからか。

 佐伯先生からは、「教師も学ぶものの一人という立ち居地でよい」といった回答。


・実践共同体への参加をいざなう「YOU」の存在(共感的他者)が重要。

 佐伯先生の「学びのドーナッツ論」

 「私の身になってくれる人との出会いから、他人の見になることを学ぶ」

 「いざなってくれる人がいないと学べない」 ← ○ここは疑問。本当にそうか?


・人は誰かと共感したいから「学ぶ」
 
 人は何故学ぶのか? 共感するから。


 人間は、生まれながらにして、社会的動物であり、共感(他者の気持ちを感じる)できる動物。

○それが、行動主義の学校教育によって、共感の能力が減ってくるのか?

 
・YOU的他者として、「横並び」のまなざしが大切。教師の接し方として。

 相手が「やろうとしている」「見ている」世界に注目する 「共同注視」が重要。

 相手が見ているものを見ようとすることができると、「共感」できる。

 TVは、この能力を劣らせる。

 目線の先を見ることで、相手の気持ちを察する事ができるようになる。

 TVでは、中の人物と目線があうことはない。

 共同注視する(一緒に同じものを見る)経験が減ると、共感する能力も減る。


・学ぶときは、社会と触れ合いながら。

 学び手である I を、THEY(地域・大人)がケアする。

 物事の背後にある「未知なるすごい世界」を、共に垣間見ようとする。

・学校教育と社会教育は、分断されるものではない。

 社会教育の中に、学校教育が入っているイメージ。

 学校には、社会とのつながりを示す必要がある。


○学校と社会のつながり これが自分が今ボランティアでやろうとしていることなのかも。

 多様な大人、ホンモノの世界とつながりを持つ大人との接点を、子供たちに持たせたい。

 それが、地域で、自分がやりたいこと。

○佐伯先生の話は、勉強になる。刺激になる。 

 地域での活動の理論的裏づけになる。


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3.「高等教育のあり方を改革する 〜情報メディア活用事例を通して〜」

   立正大学 経済学部 今井賢教授


・大学は、企業側の要請(社会人基礎力、新入社員に求める能力等)を
 無視している。
 
 高校は、大学の要請(偏差値等)に合わせている。

・社会人基礎力(経済産業省:受け入れ側からの要請)は、大学で教えられる内容ではない。

 学校だけでなく、家庭や地域の影響も大きい。

・経団連が、新卒採用時に重視する要素(コミュニケーション力、チャレンジ精神、主体性等)も

 大学で教えるのは難しい。


○では、大学で教えられること、大学を出る事で身につくことは?

 この質問に対して、

 「その質問に私は答える立場にない。一教員として言えることは、

  大学では専門分野を学ぶ。それに付加価値として、自ら学ぶ姿勢、

  友人とのコミュニケーション等がつく。」との回答。

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4.「初等教育を担い続ける能力は何か?」

   お茶の水女子大学 子供発達教育研究センター 浅川陽子講師


・授業研究の後の振り返りを重視。

 言い訳(自評)や、他者への批判(「あのとき、こうすれば・・・」)等はしないようにした。

・自分(教員)以外の目から見た子供たちの姿を見ることができるようになった。

・非効率的だが、全員参加型で対話をする事によって、「経験の言語化」が可能となった。

・どの校種の教師にも必要な資質がある。

 それは「混沌から教育課題を救い上げること」「チームで解決する事」だ。

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今回の年次大会でも、様々な学びを得る事が出来ました。


どうもありがとうございました。