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2009年03月31日

「コンピューターと教育」

「コンピューターと教育」佐伯胖著


○人間が「わかる」とはどういうことなのか。
 コンピューターとの比較を通して見えてくるのかも。

(・引用 ○関根の独り言)

・コンピューターは特別な機械である。

・脳の「代替」としてのコンピューター、
 「延長」として道具としてのコンピューター


○一度立ち止まって「そもそも・・・」と考えることは大事だな。
 佐伯先生のように。


・子供は単純なアルゴリズムを獲得しているようにみえながら
 実はそのような手続きの有効性や妥当性を、自らの経験や既有の知識によって
 確かめ、納得しようとしていることが分かってきた。

○長女(6歳)次女(3歳)もきっとそうなのだろう。

 子供の疑問に答えるのは面倒くさいことが多いけど、その疑問が大事なんだろうな。


・コンピューターは自分自身を疑うことができない。

・人間はシンボル(頭の中にあることを何らかの形として外に表出させたもの)
 で「思考する」ことを始めた。

・子供が文字や数字を学校で「習う」とき、実は人類の何万年もかけた文化の
 歴史をわずか数時間でたどり直すわけである。当然のことながら、そこには
 理解を超えた自然の「知」にひれふす「おそれとおののき」に似たものが、
 子供の心に再現される。

 シンボル使用に際しての「おそれとおののき」と、それにもかかわらず、
 世界を秩序あるものとしてとらえ、シンボルで表現していこうという
 「決断」こそ、人間が「わかる」ということの原点だ。

 「・・・そんな不思議なことがあっていいのか。頼っていいのか」このような
 不安、おそれとおののきにもかかわらず、たしかに、それでいいと受け入れる
 ことが、「わかる」というこおtの本質だと思われる。

 このような「わかる」瞬間、私たちは人類の何万年もかけた文化の歴史が
 この一瞬の中に凝縮されていることを感じる。

○学校で、文字や数字を習い始めた長女は、こういう「おそれとおののき」
 畏怖に似た気持ちを感じているのかな。

 今のところは、文字を書いて、人に示せることを楽しんでいるようだ。

 (「と」などが鏡文字になるのと、文章が横書きのとき右にいって
  左に逆側に戻ってくる。まだ特に指摘はしていない。)


・科学を生み、技術を発展させた「分析的思考」は、一切のものを
 要素に還元することによって、自然や社会を自由に作りかえ、コントロールする
 力を人類に与えた。


・教育とは、すべての人々がわかろうとすることを助ける、人々の、社会の、
 文化的な「配慮」の実践であったはずである。

 (コンピューターのブラックボックス化、エリート専門家しか
  扱えないのはおかしい)


・モデルは、現実世界を別の世界で「見立てた」もの。おはじきやタイル計算など。


・わかる知力というのは、ふだんなんとなくわかったことにしてしまっていること
 に対して、本当は全くわかっていなかったことを鋭く感じ、そこに
 「わかるべきこと」が確かにあると気づくことから始まる。

 いわば、ソクラテスのいう「無知の知」である。


・私たちの学習過程は「わかる」と「できる」の行ったり来たりであろう。
 
 このような「わかる・できる」のジグザグ運動にかきたてるもとに
 なっているのが、人間の本性が求める「一貫性、最適性、開放性」
 「論理性、機能性、社会性」である。


・「ふと疑問に思うこと」を、自分で意識的に取り上げて考えてみることも
 他人から考えることを促されたこともおそらくなかったのであろう。

○これは、今後気をつけていかないと。娘達が「ふと疑問に思うこと」を
 考える機会を作ってあげたい。

・従来の学校教育の中での語学教育は「いいたいこと」が全くない状況で
 「日本語で書かれたものを英語に直す」という翻訳技能中心のものであった。

○これは本当にそうだよな。だから面白くなかったのだろう。

 「いいたいこと」がある。その伝達の手段が英語。


 「知りたいこと」がある。書かれているのが英語なので、それが読めれば
 
 書かれていることが分かる。いわゆる舶来の知識を得る際の考え方なのだろう。

・コンピューター技術は「教育を変える」ことはない、否、あってはならない
 というのが筆者の立場。

・そもそも「教育的」ということは「機械的」ということと正反対の概念
 なのである。反対の側で緊張関係を保って見守っている。

・人間はシンボルを使う動物である。


・「君も、教育について考えてみてはどうかね。」

○佐伯先生が、工学の世界から教育の分野に入ってこられたとは知らなかった。

 自分はまだまだだが、この問いは自分の中にも温めておきたい。


「教育方法学」


「教育方法学」佐藤学著


○教育の歴史的な流れがわかり、学校教育に感じてきた
 疑問の原因が見えてきた。

(・引用 ○関根の独り言)


●教育方法学の歴史

・一斉授業は、18世紀末から19世紀初頭にかけてイギリス人のベルと
 ランカスターが考案した「モニトリアル・システム」と呼ばれる教育方法を
 起源としている。

 子供を進度別の集団に分け、一斉に教授する経済的な方法として実施。

○これが今の学校形式の講義につながっているんだな。


・一斉主義の様式の普及と制度化を基礎づけたのが、ヘルバルト主義の教育学。

・ラインは教師の教授活動の手続きを5段階で示した。

 この「5段階教授」は、一斉授業の手続きとして、全国の教室に浸透し、
 今日まで続く定型的な授業の基本的構造を敬しているのである。

○私達が公立小中学校で受けてきた教育、そしてこれから
 長女(6歳)と次女(3歳)が公立小学校で受ける教育がこの流れなんだな。

 学校の先生たちは、こういうことを認識して授業をやっているのかな。


・デューイは、民主主義の社会を学校教育を通して準備しようとした。

○デューイの「経験と教育」「学校と社会」を読んでみよう。


・ボビットとチャーターズによる産業主義モデルのカリキュラム論の普及によって
 学校教育は二重の支配を受けることになった。共通教養と国民道徳によって
 ナショナルアイデンティティーを構成する国家主義の教育と、社会的な実用性と
 企業的な効率性を追求する産業主義の教育の二重の支配である。

○これは大事な点かも。国に属し、いずれは産業社会に多くがでていく現状で、
 学校教育はどうしても二重の支配を受けざるを得ないのかも。

 ここから離れた教育を実践している学校もあるのかな。

・この二重の支配に加えて、学校教育が学力の競争による社会移動の装置として
 組織される大衆社会においては、学校教育は、教育サービスを自由な選択と
 私的な所有および消費として組織する市場主義の支配を受けることとなる。


・「教育目標の分類学」において、ブルームは、教育内容を「認知的領域」と
 「感覚・情動的領域」と「運動・生理的領域」の3領域に大別した。


●日本の教育

・戦後新教育「問題解決学習」や「生活単元学習」の中には「はいまわる経験主義」
 と批判されるような、活動や体験それ自体を自己目的とする反知性主義の傾向に
 陥った実践が多かったのも事実である。

・1958年に法的拘束力を付与された「学習指導要領」の全面改訂は、
 教育課程行政の根本的転換を意味していた。

 カリキュラムと授業を外から官僚的に統制することによって、教育実践の自由と
 教師の自律性と専門性に制限を加える機能をはたしている。

 「学習指導要領」は、その後ほぼ10年ごとに改訂されてきたが、公的基準による
 官僚的統制という制度的性格は今日にいたるまで変化していない。

○ここが、今に続く混乱の一因なのかも。ぶれる軸。振り子。


・東井義雄の「村を育てる学力」(1957年)は、高度成長期の学校が抱え込む
 問題を逸早く洞察して提起した実践記録であった。

 学校が追及してきた「学力」は「村を捨てる学力」だり、教科の内容は
 子供や地域住民の生活文化の中で再構成されなければならない、というのが
 地域に根差す教師たちの主張であった。

○これは確かにそうかも。学校を出た子たちは、都会に出たがる。
 都会で必要とされる職につくために。学校がなければ、村に留まっていたのかも。

 学校は、中央(東京)志向、産業力志向、市場消費志向を作ってしまうのかも。

 東京にいる官僚たちが正しいと考える方向に向かせようとするのだろうから
 ある意味当然なのかも。


・高度成長による経済発展が世界の脚光を浴びた1980年ごろ、日本の学校や、
 量的制度拡充のピークに到達している。学制以来の教育の近代化の終焉である。

 ちょうどこの年、中学校に校内暴力が吹き荒れ、以後、自閉、登校拒否、
 いじめ、学習からの逃走など、学校教育の解体を示す危機的な現象が今日まで持続。

 これらの危機が一挙に押し寄せた原因は、近代化の達成に伴って学校の
 規範性と正統性が衰退した事情に加えて、受験競争の激化と管理主義の指導による
 学校の窒息状況、教師の権力的・権威的指導など、日本の学校が抱え込んできた
 問題が噴出したことにもよっている。


○1980年は、ベビーブーマー世代である自分(1972年生)が、8歳(小3)の頃。
 
 小6から中1時代に感じた学校の先生たちに対する疑問、不信感は、
 この流れの影響なのかも。

 今、自分の世代で教育問題に取り組んでいる仲間が多いのは、このころ受けた
 教育に問題を感じたからかもしれないな。

 「怒り」が、突き動かしたのかも。


・日本の教育改革は、長年欧米諸国の教育をモデルとすることで活路を見出してきた。

 もはやモデルを海外に求めることはできない。国境を越えて共通する教育改革の 
 課題について豊富な研究と実践の経験を交流し学び合うことがこれまで以上に重要。


●授業のパラダイム

・1960年代以降、行動科学のパラダイム
 「過程―産出モデル(Process-product research)」が普及。

・1970年代に行動科学への批判が顕在化し、1980年代から1990年代にかけて
 教育理論のパラダイムを根本的に転換する運動へと発展。

・2つの授業概念

 「模倣的様式 mimetic mode」知識や技能の伝達と習得を基本とする授業様式
  (アジアでは支配的な文化)

 「変容的様式 transformative mode」学習者の思考の態度や研究の方法を形成する
  (欧米では支配的な文化)

・模倣的様式の長年にわたる伝統を基盤として、変容的様式への脱皮を求められて
 いる点に、日本の授業が直面している大きなジレンマがある。

・1980年代の半ば以降、「技術的実践 technical practice」から
 「反省的実践 reflective practice」への転換が議論されてきた。

 ショーンは、現代の専門家は活動過程における省察 reflection in actionを
 原理とする「反省的実践」において専門性を発揮していると主張。

 「技術的実践」は破綻。問題はどれも複雑な総合的な問題であって
 専門家された狭い領域の「技術的実践」では対処できない。

・ベラックらの授業分析により、教室の言語ゲームは「誘引」「応答」「反応」の
 3つの組み合わせで遂行されている、一般の授業は教師主導で展開されている、
 等が明らかになった。

・メーハンは、教室の会話では評価が介在する点に注目。一般の会話では主導権が
 相互に転換するのが普通であるが、教室の会話では一貫して教師が主導権を握る。

○こういうことを、学校の先生たちは自覚して、子供達とやりとりをしているのか。

 まさに反省的実践が必要なのが、教師なのかも。


・キャズデンは、次のようなメタファーを用いている。

 教室は特異な言語で構成された文化的共同体であり、教師はその言語を母語と
 して駆使している「先住民」である。他方生徒は、この特異な文化的共同体へ
 新参者として渡来してきた「移民」であり、まずはこの共同体の言語の文法を
 習得し会話を成立させるところから学習へと参加するのである。

○この4月に小1になった長女は、まさに学校で
 この「参加」を体験しているのだろうなー。

 疲れているのか、新しい環境のためか、普段と少し様子が違うことも多い。


・1970年代以降「ヒドゥン・カリキュラム(潜在的カリキュラム)」に関する
 問題が注目されてきた。

 「学校教育の過程に潜在している政治的イデオロギー的な社会化の機能」
 が、ヒドゥンカリキュラム。

・ジャクソンは、教会、刑務所、精神病院になぞらえる教室の経験の特徴を
 「群れ」「賞賛」「権力」という3つのキーワードを設定して読み解いている。

 たえず「群れ」として存在し「賞賛」という評価が伴い、大人の「権力」が
 作動している場所が、教室である。


○自分が小6から中学生時代に感じていたことは、これかも!

 ここに違和感を感じ、そこから逃げ出したいと感じていた自分を責めていた。

 大人のやることだから、きっと正しい。間違っているのは自分なのだろう、

 と思っていた。


 アメリカの大学に行って、そうではないかもしれないと思えたのが、

 最初のきっかけかも。


 もしかすると、娘達も学校に関して、疑問や違和感を感じるのかもしれない。

 そのとき自分には何ができるのだろう。


・ジャクソンは、教室を「Company(企業社会の雛型)」として描き出しており
 ヒドゥンカリキュラムの機能を、企業社会の労働者への社会化として認識。

○これは、深い意味があることなのかも。

 企業で若者を預かる側は、

 ある意味、従順に、与えられた仕事をこなし、
 かつ、創造性を発揮し、与えられた仕事以上を行ってくれる人

 という人材を求める。

 大勢の従業員的人材は学校で作れるのかもしれない。
 少数の起業家的人材は難しいのかも。

 かといってあまりに「とがって」いると、集団から受け入れられないだろうし。


・イリッチは、ヒドゥンカリキュラムのきのうによって学校教育による
 「無能化」の過程を説明している。

 学校は「消費社会」と「労働市場」への「通過儀礼(イニシエーション)」と
 して機能し「新しい世界教会」である「知識産業」から調達される「知識」と
 いう「アヘン」を分配し調合する装置になっていると批判。

○これもあるかも。周囲のほとんどが行く学校に行くことを通して同化していく。

 そこで与えられる価値観に染まっていく。

 マトリックスのように、だんだん気づけなくなるのか。

 でも、そんなに否定的に見ることもないのかな。


・ウィリスは、学校文化に反攻する生徒たちの生活誌の様態を分析し、彼らが
 支配的な文化への反逆を通して皮肉にも労働者階級の最下層に組み込まれていく
 過程を描き出している。

○20代前半に、ガテン系のバイトをしていた。その時に感じたことに近いのかも。

 腕っ節が強い、喧嘩口調が怖い、馬鹿話が面白い・・・

 こういう人は、その社会に溶け込んでいる。

 
 考えることをやめてしまうと、抜け出せなくなる。

 だからといって、抜け出すことが善とも言えない。


 ただ、自分は常に考えたい。


●教師像

・1980年代半ばまでは、教師は中央の機関や専門の研究者が開発するカリキュラムを
 教室への流し込む「導管(パイプ)」以上の役割をもっていなかった。

・1980年代以降、教師に対する官僚的統制が強化され、世論を動員した教師の
 「スケープゴート化」が進行している。

○官僚のやることは注意して見ておかないといけないな。


・現実の教師は「専門家」としてではなく「公僕 public servant」として存在。
 
 教育法規や行政の文書では「教師」ではなく「教員」という用語が使用されている。


・「反省的実践家」をモデルとする教師たちは、個別具体的な実践の中の
 「出来事」を「語りの様式」で記録し交流し合う方法で「無能化」に対応。

 リトルは、専門家としての同僚間の連帯という要素(同僚性)が、学校教育の
 成功を決定づけるもっとも大きな要因として機能していることを報告。

○今、自分が考えている「地域住民(外側)による学校(内側)支援」は
 実際むずかしいのかも。

 独自の文化をもつ先生たちにとって、外からの関わりは迷惑なのかも。
 
 保育園時代の父ちゃん仲間に高校の先生がいた。
 彼ですら外部からの関わりには否定的だった。


 逆に、同じ文化内の同僚同士の連帯の方が効果的。

 そうすると、学校の外側にいる親として何ができるのか。


 元杉並区立和田中学校 藤原校長の事例がある。


 できることはきっとあるはず。


・教師の成長の契機となっているのは、まず教室の内側の自らの実践に対する
 反省と批評であり、次に学校内部の研修の機会であり、そして教師相互の
 インフォーマルな実践の交流である。

○外の人間が学校内部をかき回すことにより、中での話し合いや交流が
 生まれるかも。

 いわゆるモンスターペアレントにより、教師間の相互交流が活発になるとか。


・社会から隔絶して「教え」の制度として君臨してきた学校は再定義を
 迫られているのである。

「フィールドワーク」 


「フィールドワーク 増訂版 〜書を持って街へ出よう」

  佐藤郁哉著

○フィールドワーク(質的研究法)を実行する際におさえておくべき注意点と
 具体的な方法を、自身の体験と幅広い文献から紹介してくれる本。

 これを読むと、フィールドワークをしたくなる。

(・引用 ○関根の独り言)

・フィールドワーカーは、自国と調査地の両方の社会にとって
 「異人(ストレンジャー)」になる。

 「居心地の悪さ」「よそ者意識」を感じることこそが
 文化を知るためには、最良の方法。

○どっぷりつかってしまうと見えないことも多い。

・異文化理解の体験を通して、自分自身の育ってきた社会や文化さえも
 相対化して眺めることができたときにこそ、真の意味での「第三の目」を
 獲得できたといえる。

・自分が現場で見たり聞いたりしたこと、体験したことだけを
 「絶対的な真実」とするのは非常に狭いものの見方。

 フィールドワークに特有の「恥知らずの折衷主義」は、
 「トライアンギュレーション(方法論的複眼)」あるいは
 「マルチメソッド(多元的方法)」に近い。

・サーベイ(統計的・定量的)とフィールドワーク(事例・定性的)は、
 互いに補いあうべきアプローチ。

・フィールドワークを行う時には、折にふれて次のようなことを
 チェックし、それを記録に残しておく必要がある。

1)「調べようと思っている問題は、いま、どの程度明らかになったのか?」

2)「明らかになったことは、はじめの予想と同じだったか?
   違っていたとしたら? 思いもよらなかったような発見は?」

3)「まだ分かっていないことはどんなことなのか?
   それを明らかにするには、どのようなデータを
   どのような手順で集めればよいのか?
   そうした場合、どんな結果が出ると予測できるのか?」

・読みやすくまた分かりやすい民族誌というのは、著者が明らかにしようと
 思っている「本質的な問い」がどのようなものであり、その問に対して
 著者が「提示する答え」がどのように対応しているか、という点が
 読者にも明確に読み取れるものになっている。


・民族誌というモノグラフを書く作業を通してフィールドワーカーが目指して
 いるのは、その土地の社会と文化の全体的骨組を大づかみにして把握し
 理解できるような「モデル」を作ること。

・科学的調査 信頼性と妥当性を区別する。

 フィールドワークは、信頼性では他の方法に比べると劣るが、
 妥当性では群を抜いて優れている。

○アメリカの大学で人類学を学んでいたころ
 「科学的とは再現性があるもの」という話が出たことがある。

 そういう意味で、人類学のフィールドワークでは、
 Aさんが描くC文化の民族誌と、Bさんが描くC文化は違うものになることから
 人類学は科学的とは言いづらいという話になった気がする。

 でも、妥当性は優れているということだったんだ。

・成功例ばかりを参考にすると、無用なあせりが生じやすい。
 むしろ失敗例やその体験談を参考にした方が精神衛生上は得策。

・関与しながらも距離をたもち、身内でいるようでいて実は部外者の目で
 観察もしている。参与観察者はしばしば自分を一種のスパイのような存在として
 感じてしまうことがある。

○これはあるだろうなー。

・フィールワーカーはいつかは調査結果を何らかの形で公表するということを
 折にふれてインフォーマントに明らかにし、結局は「友だち」という立場を
 悪用し相手を搾取してしまったということがないようつとめるべき。

○別の本(組織と文化)の事例として出ていた「洗脳するマネジメント」の
 記述で感じたのが、これ。

 ああいう形で公表したら、もうああいった形で調査はできなくなるのでは。
 企業からの信用も失って。

 まだ読んでいないから、読んでみて再度考えてみよう。


・フィールドワーカーは、調査の対象となる人々に対して自分が与える 
 2種類の影響に関して義務と倫理的責任を負っていることを十分わきまえて
 おかなければならない。
 
 ひとつは、現地で調査活動をおこなっている最中に、自分が現地の生活に
 対して与える影響であり、もう一つは、その調査活動の成果を民族誌として
 発表するときに、その出版がもたらす影響である。

○おそらく著者の佐藤先生自身が様々な状況に出会い、悩んだのだろう。

・フォーマルなインタビューが「聞き出す」あるいは「情報を収集する」
 という性格をもつものだとしたら、
 フィールドワークのインフォーマルインタビューの場合は「教えてもらう」
 あるいは「アドバイスを受ける」という表現がふさわしい。

・「分類の誘惑のワナ」

 既存の枠組みで自分を縛ることになり、それ以降の
 新たな発見の芽をつみとってしまう。

 (手持ちの情報だけで)あるレベル以上のレポートをまとめられそうな
 見込みが立つと、その範囲を超えてまで調査の範囲や視野を広げるのは
 ひどく億劫になる。

○これも気をつけないと。

 自分に都合の良いデータだけ、自分の仮説に合うデータだけしか
 使わないということがないようにしないと。


・「分類」が独特の枠組みをもとにして物事を振り分けていくのに対し、
 「配列」はごく一般的な基準(数字の大小や時間の前後)で対象を並べていく。

 配列の原理を活用することで、自分の枠組みにとって都合のよいデータも
 都合の悪いデータも一緒にリストアップできる。


・フィールドノーツの作成というシンドイ作業は、長期にわたる
 フィールドワークを通して得られる新たな発見や現地に根差した理論という
 実りを約束してくれる、現場(フィールド)におけるもっとも大切な
 仕事(ワーク)の一つ。


・テーマと筋立てを見つけ出していく「定性的コーディング」の作業を通して
 仮設あるいは理論がボトムアップ的に立ち上げられていく。


・「自己目的化したファイリング」「整理のための整理」のワナに陥らないよう
 にするために、折にふれて中間的なテクスト(構成案、下書き、ラフスケッチ)
 を作っておく。


・テープ起こしよりは、インタビューの最中にとったメモをもとに記憶を
 たどりながら話の内容をフィールドノーツにまとめる方がはるかに効果的。

 証言について考察をめぐらす仕事をおろそかにしないように。


・内省的な記録としての日記は、しばしば現地で味わったカルチャーショックから
 くるストレスに対する自己治癒の手段となる。

 異文化の中における調査者の位置づけを確認する自己点検の手段としても重要。

・(自分に対して驚くほど正直であり続けるマリノフスキーのように)
 カルチャーショックの中で自己を厳しく見つめ直す努力こそが
 フィールドワークの真髄。

「研究計画書の考え方」


「研究計画書の考え方 〜大学院を目指す人のために」

  妹尾堅一郎著


○社会人大学院生になる厳しさと楽しさを教えてくれる本。

(・引用 ○関根の独り言)

●大学院で学ぶ

・社会人経験者は「あなたは何をクラスに貢献できるか?
 自分のキャリアをどう研究にプラスさせようとしているか?」
 この質問に答えてほしい。

「私を採ればこれだけ研究上得です」と言えるものがあることが望ましい。

・大学院は「教わりたい人」ではなく、「学びたい人」に学習(研究)環境を
 与えるところ。

・先行研究をしっかり踏まえ、なおかつ、そこに新しいオリジナルな知見を
 加える。つまり、「勉強」と「研究」のバランスをとることが必要。

・「他人の積み重ねの上に何かオリジナルな貢献をする」ことが
 学術研究と呼ばれるものの基本

○ここが、研修会社時代の自分に足りなかったこと。

 研修に都合のよい「理論」ぽいものを、さも学術的な裏付けが
 あるかのように伝えていた。

 ここを何とかしたい。


・大学院生に必要なのは「学問の方法」を修得すること

・大学院レベルの学問を修得したと言えるようになるためには、
 該当分野の基本概念と手法を自分のものにする必要がある。
 「体得」ということだ。

・研究プロジェクトを通じて、様々な人や組織と交流する。
 そのときに出会ったものが、将来の人的ネットワークづくりに大いに
 役立つものとなる。

・大学院生は、プロの専門家として、実は一万チャンクの「定石ノウハウ」
 と「そのはずし方」を身につけることが要求されているのだ。

●研究

・研究の3要素
 1)研究の概念的フレームワーク
 2)研究のアプローチないしは方法論
 3)研究対象領域

 どんなコンセプトで、どんな方法論を使って、どんな領域を
 研究するか、を明示することが研究計画にとって重要。

・3要素のうち、どれか一つが新しければいい。

○私の場合は、確立したコンセプトと方法論を使って、
 新しい対象領域を研究する形かな。


・「今ある結論を言うために研究をする」のではなく、
 「今獏然と面白そうだというテーマについて、ひとつずつ事実を
  確かめながら、何が見えてくるかを探しにいく」

・研究計画書といいながら、実は、研究構想書であればよい。
 研究の方向性を示した構想を「明確に」示せれば充分。「詳細に」ではない。

・研究のタイプいろいろ「仮説検証研究」「実態研究」「アクションリサーチ」

・研究プロジェクトでは必ず「調べ尽くす、考え抜く、紡ぎ出す」

・学問の体系: 理系(理学、工学)文系(哲学、実学)

・演繹法(Deduction) 定義→公理→推論→定理→理論的仮説 (数学/論理学)
 帰納法(Induction) 観察→記録・測定→推論→(因果/相関)法則→経験的仮説(統計学)

・「XX学」は、確立した学問 「YY論」は、発展途上の研究領域

・「研究の望ましさ(Desirability)」と「研究の実行可能性(Feasibility)」
 この2つのバランスをとることが大事。

・研究の「意味づけ、意義づけ、位置づけ」をしっかり考える

 「あなたの研究には、どんな意味がありますか」
 「あなたの研究は、社会的/学術的にどんな意義があると思いますか」
 「あなたはこの研究を、学問上、どこに位置づけますか」

 この研究はどうして重要なのかについて、明確に相手を
 納得させられるものでなければならない。


○自分はこの質問に答えられるか?


 「あなたの研究は?」

  OJT担当者による新人の人脈構築支援と
  新人の成長との相関関係の有無(仮)


 「あなたの研究には、どんな意味がありますか」

  →

 「あなたの研究は、社会的/学術的にどんな意義があると思いますか」

  →この研究結果が明確になれば、

    

 「あなたはこの研究を、学問上、どこに位置づけますか」

  →

 
 ・・・まだ明確な言葉にできない。まだまだだな・・・。


・研究ミッションに仕立てるための3つの質問

 1)この研究は具体的に何をするのか?(活動 What)
 2)この研究の狙いは何か?(目的 Why)
 3)この研究はどうやってやるのか? (手段 How)

 「この研究は、ZZを目的として、YYをすることにより、
  XXをする活動である」と言い表す。

○この質問にも答えられるようにならないと・・・


・アカデミックワークは、どこまでがちゃんと調べられたり
 研究されたりした点なのか、このことについては誰がいついかなるところで、
 言ったことなのか等々について、厳密に証拠立てをしながら
 進めなくてはならない。

●研究計画

・研究計画では「いい答え」を出す前に「いい質問(疑問)」を
 提示するようなものがより評価される。

・テーマ名を具体的に分かりやすく

・ヘッジング(塀で囲む)を活用
 研究範囲の可能性をいったん拓いてから、
 この研究でやる範囲はここだ、と絞り込む。

 修士の一年間でできる研究分量にする。

・調査から研究への道筋をつける。
 調査結果をもとにして、どんな考察をどのように進め、
 何を紡ぎ出すのか。

「研究計画書デザイン」

「研究計画書デザイン 〜大学院入試から修士論文完成まで」

   細川英雄著


○大学院に入ってどのように研究していけばよいのか
 おおまかな流れがイメージできる本。


(・引用 ○関根の独り言)

●研究

・研究とはものを考えることと同じ。
・「研究」は、常に自分以外の他者とのインターアクションの中で醸成される
・「研究」とは自己表現であると同時に、他者との協働において新しい
 ものごとを創造する行為


●志望動機

・「なぜ学ぶのか」大学院進学の問題意識

○「なぜ大学院なのか?」

 -より深い専門知識の獲得(教育工学の分野)
 -データの蓄積と分析 
  (せっかく研修を通して研究対象者と接点があるが、
   データ収集と分析の方法が不十分なので)
 -アカデミックな研究方法の習得
  (次世代につながる知見を残したい)
 -人脈の拡大
 -顧客からの更なる信頼獲得

 といったところかな。

・指導教員を逆指名する。
・研究室のメンバーが相互に助け合う

○私自身が、中原先生の研究室に貢献できることは何か?

 -企業側担当者との接点作り
 -社会人経験            ・・・ぐらいかな
 
 
・大学院に進んで、教育研究を深めるということは、逆にいえば
 進路の可能性をより狭くすることでもある。
 
 専門性を身につけるということは、専門以外のことはできなく(できにくく)
 なるということも意味している。


●研究計画書

・研究計画書が重要なのは、受け入れる側にとって、その人が2年間で
 修士論文を書けるかどうかを判断する指標になるから。

・対象となるデータのイメージが具体的になっているほど受入側は安心する。

・その人にとって、なぜその研究なのかという動機が肝心。


○私が、中期的(〜2017年3月末ぐらいまで:45歳)に研究したいことは、

 「新人が育つ職場では何が起こっているのか?」という現実調査だ。

 (新人=大卒新入社員 
  職場=従業員数1000名以上の大企業における新入社員の初期配属先)

 それが分かれば、企業での新人育成において有益な情報となり、
 お客様である人事教育担当者の役に立つ仕事ができる。


 その最初の一歩としての今回の大学院修士課程
 (2010年4月〜2012年3月末:40歳)においては、

 -OJT担当者の存在 
 -周囲の協力=新人の人脈構築
 
 といった点から、新人が育つ職場で起こっていることを明らかにしたい。


 07年から各社様で「OJT研修」「新人研修」を実施して感じているのは、

 「OJT担当者が新人指導を一人で抱え込まず、周囲の協力を得ながら
  新人指導を行っている職場では、新人の成長度が高い」

 という点だ。

 しかし、これも研修内の参加者の声の集約や私の感覚でしかない。
 新人の成長度もあくまで主観だ。


 ただ、周囲の協力を得ているOJT担当者は、

 -OJTに対する負担感が低い(楽しんでやっているようにも見える)

 -新人の満足度が高い
 (職場内外の人たちとの接点をOJT担当者が作ってくれるので、
  「放置されている感」がなく、周囲との人間関係も良好)

 のは目に見えて感じられる。


 実際そういうOJT担当者のもとにいる新人が「成長」しているのかどうかは

 -新人自身の成長実感(過去の自分に比べてどれだけ成長したと感じられるのか)
 -OJT担当者から見た評価(当初立てた育成目標にどれだけ近づいているのか)
 -上司や職場メンバーから見た評価(今までの他の新人と比べてどうか)

 といった観点から測る必要はあるかもしれない。


 今現在の「仮説」として、

 「周囲の協力を得て新人指導を進めている
  OJT担当者の元にいる新人は成長している」と考えている。

 これが本当にそうなのかを、修士論文を通して明らかにしたい。


 この研究に関連する先行研究としては、

 -他者とのかかわり(ゼロックス社と中原先生達の共同研究)
 -わかちもたれた知能
 -メンタリング、関係の布置
 -

 などがあるだろう。

 (ただ、ここが私の弱いところだ。どんな先行研究があるかわかっていない。
  それを、大学院入学前と入学後に勉強したい。)

・研究計画には、5つの項目を含む
 1)研究テーマ 2)研究目的 3)研究内容 4)研究方法・計画
 5)研究成果に期待されるもの


・問題意識から研究計画へ

 問題意識(仮説)
 ↓
 インターアクションの活用
  1)データの収集と検討 2)先行研究とのすり合わせ 3)他者との議論
 ↓
 問題提起(結論の見通し)


・自分が社会人であり、十分な職業経験があるという意識は、ひとつの面では
 自信につながるが、別な見方をすると、固定的な考え方にこだわってしまう
 危険もある。

○気をつけないと。謙虚さを大事に。

●研究論文

・具体的なデータの中に、おもしろさ、オリジナリティーを発見すること。

○ビジョナリーカンパニーのJ.コリンズが、同じようなことを言っていた。

 「自分はデータおたくで、データを見ているだけで幸せになる」


・都合のいいデータだけでは説得力がない。
・論文執筆の基本は、周囲にある情報や自分自身の体験を批判的に考えること。

○ここがアカデミックな人の強みであり、
 一般の人からは敬遠される部分なのかも。


・書くことで目指すのは、その人にしか書けない「固有性」と
 他者とのインターアクションによる「共有性」である。

2009年03月15日

事務所移転


【事務所移転のご連絡】


取り急ぎのご連絡で失礼ですが、事務所を移転することにしました。


「お、ついに東京に出てくるか」

と思われた方もいるかもしれませんが、すみません、埼玉県内です。


現在住んでいる寄居町から、車で20分ほどの所にある

埼玉県比企郡「ときがわ町」という所に、引っ越すことになりました。


この町も自然が多く気に入っています。

http://tokigawa-machi.seesaa.net/article/115543708.html

(家の前で遊ぶ長女と次女)


東京には少し近くなりました。

最寄駅(といっても、両方とも車で15分ほどかかりますが)は、
小川町と武蔵嵐山です。池袋まで1時間ぐらいで出られます。

(今までは池袋から東武東上線の終点である小川町から更に乗り継いで、
 男衾駅(おぶすま)というところまで行っていました。)


これからもフットワーク軽く、東京に出ていきたいと思いますので、
どうぞよろしくお願いします。

新事務所での仕事は、3月18日(水)から始めます。

3月16日〜17日で引っ越しをします。

本が多いので大変ですが、頑張ります!


=================================

●新事務所のご連絡先は以下のとおりです。
 (変わったのは住所とファックスだけです)


〒355−0343 埼玉県比企郡ときがわ町大字五明1083−1


メール:info@learn-well.com & m.sekine@m3.dion.ne.jp(以前と同じです)

電話:090−8113−7269 (携帯も変わりありません)

ファックス:0493−65−5700

(郵便物はしばらくの間、転送されますので、
 旧住所に送ってくださっても大丈夫です。)


移転日となる 3月18日(水)以降は、
メールの署名欄等で新住所を明記します。

=================================

事務所移転に伴いご迷惑をおかけすることがないよう
迅速に対応していきます。今後ともどうぞよろしくお願いします。

2009年03月13日

2010年4月に東大大学院に入ります(予定)


2010年4月に、

東京大学大学院 学際情報学府 学際情報学 文化・人間情報学コース 

中原淳准教授の研究室 入学を目指して、準備を進めています。

(ついに公言してしまいました!)


まずは中原先生から頂戴した「お勧め本リスト」の本を、毎月5冊読み、
ブログに掲載しています。

・09年1月の5冊

 「企業内人材育成入門」「仕事の経済学」など

  http://learn-well.com/blogsekine/2009/01/

・09年2月の5冊

 「ダイアローグ 対話する組織」「メンタリング」など

  http://learn-well.com/blogsekine/2009/02/


大学院での学習についていけるよう基本的な事柄は
学んできてほしいとの御言葉からです。


読めば読むほど、自分の知識の無さを実感します。


同時に、少しずつ増えていく知識により、研修内での情報提供も
より精度の高いものになってきているようです。

おかげさまで、09年目標の一つでもある
「質的向上:参加者満足度の向上」も、少しずつ実現できています。

大学院に入学するためには、

・一次試験(筆記 専門科目とTOEFL)
・二次試験(口述 研究計画を基に)

が必要となります。

過去問を見ましたが、かなり難しそうで、へこみます。


しかし、自身の今後のため、質の高いサービス提供のため、
頑張ります!