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2009年08月31日

「誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論」

「誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論」

  D.A.ノーマン著 野島久雄訳


○Sense of Humorあふれる本。読みながら笑ってしまう。
 と同時にデザインに関する問題意識を高めてくれる。


(・引用/要約 ○関根の独り言)


・この本の目的はデザインの問題に対する読者の意識を高めることにある。
 ものを改善することに興味を持ってほしい。

・人がエラーをするのは、その物がよく考えられていなかったり、
 デザインが悪かったりするときなのである。

・道具を使いこなせないと、人は自分を責めるが、デザインの誤りの問題もある。

・日常生活に関する知識の多くは、頭の中ではなく外界の中にある。

・知識と情報の区別はあまりはっきりしたものではない。

・たくさんの情報がつまっているのは、頭の中ではなく、世界の中。

○これは面白いなー。やっぱりアフォーダンスの考え方なのか。


●毎日使う道具の精神病理学

・どう操作したらよいのか目に見える手がかりがある。

・自然に伝えるシグナル。特別意識しなくても自然に解釈される。
 それが自然なデザイン。

・可視性があり、したいこととできそうなことの対応づけが容易なもの


・材料、道具の心理学の出発点となる研究は「アフォーダンス」である。

・アフォーダンスとは、そのものをどのように使うことができるのかを
 決定するもっとも基礎的な特徴のこと

・ものがどのように機能するかについての手がかりは、目に見える構造から
 得られる。とりわけ、アフォーダンスと制約と対応づけからだ。

・概念モデルは、メンタルモデルの一部

 デザインモデル→システムイメージ→ユーザモデル

・使いやすい、ユーザが学習しやすいデザインは、可視性があり、
 対応づけがよく、自然にわかる。

○現場OJTで、新人がたとえば機械の扱いがなかなかできないとき、
 その原因はいままで新人の物覚えの悪さにおかれてきたが、
 機械のデザインという側面もあるのかもしれないな。


・フィードバック ユーザが行った動作が適切に行われたのかがわかる。 
 押すとなるとか。


●日常場面における行為の心理学

・自分をせめてしまうという誤り。悪いのはデザイン。

・説明好きな人間

 メンタルモデルは、ものごとの説明を作り上げようという人の持つ傾向
 から生まれる。

○確かに、人は意味を求めるし、それを他者に説明しようとするな。
 他の動物とは違う特徴なのか。


・自分を責めるというのは「学習された無力感(learned helplessness)」
 と呼ばれる現象で説明できる。

・「教えられた無力感(taught helplessness)」もあるのでは。数学嫌いなど。


・人はどのように作業するか「行為の7段階理論」

 ゴールの形成→意図の形成→行為の詳細化→行為の実行→
 外界の状況の知覚→外界の状況の解釈→結果の評価

・よいデザインの原則

 「可視性」「よい概念モデル」「よい対応づけ」「フィードバック」

○この本は、ぜひ物をつくるデザイナーには読んでほしいよなー。
 確かに格好はよくても、使いづらいものって多いもんな。

●頭の中の知識と外界にある知識

・知識が不正閣であっても正確な行動ができる理由として、
1)情報は外界にある
2)極度の精密さは必要ではない
3)自然な制約が存在する
4)文化的な制約が存在する

・外界に知識を保存しておくための様々な製品

○ブログもそうかも。検索しやすい、外界に知識を保存しておく道具


●何をするかを知る

・アフォーダンスは重要。それはどのように使え、行為でき、
 機能しうるかに関するメッセージを伝える。

・アフォーダンスと制約の両者をよく考えてデザインに利用すれば、
 ユーザが適切な行為を行うことができる。

・4種類の制約「物理的」「意味的」「文化的」「論理的」

・単純な道具にたった一語であっても利用マニュアルをつけなくては
 ならないとしたら、それはデザインが悪い。


●誤るは人の常

・エラーの基本的な形態として「スリップ slip」と
 「ミステーク mistake」がある。

・スリップが生じる前にそれを防止することと、起こってしまったときに
 見つけだし修正する。この2つをふまえてデザインを考える。

・認知科学という発展途上の分野では、人間の記憶や認知に関して、
 2つの異なる見解がある。

 1)思考は合理的で論理的で秩序だったものととらえ、
   記憶のメカニズムとしてスキーマ理論を発展させてきた立場の人たち

 2)脳の働きそのものに基づいた「コネクショニズム connectionism」
  という立場の人たち 思考の大部分は、パターンマッチングシステムから
  生まれるとする。記憶の中にものを放り込んで積み重ねていくととらえる。

・意識的でない思考は、これまでの経験から現在の経験にいちばんマッチ
 するものを見つけることによって機能しているのではないか。

○ノーマン先生も、コネクショニズムの考え方?


・誰でもエラーを犯す。デザイナーはエラーを考慮しないという過ちを犯す。

・必要とされる知識は、外界においておくこと。必要なものすべてを
 頭の中に入れておくことを要求してはならない。

○これは、新人へのOJTでも当てはまるかも。
 実際「メモを取らせて、ノートを作らせる」のは、外界に知識を
 おいておく一つのやり方なのかも。


●デザインという困難な課題

・qwertyキーボードで、F.マグリンが、ブラインドタッチをした。
 そこから広がった。

 英語でよく現れる文字の対は、両手が分担して受け持つようになった。
 (i e など)


・デザイナーは、道具に習熟してしまう。
 ユーザは、その道具を使って行おうとする作業に習熟する。

・一度失われてしまった初心は、簡単には取り戻せない。

○これは確かにそうだよなー。疑問に思わない、当たり前と思ってしまう。
 こういう状態は、自分で意識して「初心を取り戻す努力」が必要になるかも。

 ランチェスター経営の竹田さんの言葉では、経営者も7年間は初心を
 保てるが、10年たったら忘れておごってくる。

 俺は5年たった。まだ初心を忘れていないつもりだが、気をつけないと。


・デザイナーを脅かす誘惑「なしくずしの機能追加主義」と
 「複雑さをありがたがる信奉」

・よいデザインの原則

 可視性、制約、アフォーダンス、自然な対応づけ、フィードバック


●ユーザ中心のデザイン

・ユーザが何をしたらよいかわかるようにしておくこと、
 何が起きているのかをユーザにわかるようにしておくこと、この二つを確実に守る

・対象を目に見えるようにして、実行のへだたりと評価のへだたりに橋を架ける 
 これこそ本書のテーマ


○三宅なほみ先生や佐伯先生(仮名 田中さん)の話もでてきた。

 佐伯先生は、アフォーダンスの考え方を、佐々木先生に紹介した方。
 やっぱりすごいなー。


「アフォーダンス 新しい認知の理論」


「アフォーダンス 新しい認知の理論」


  佐々木正人

○自分の外に情報は実在している。それを発見するのが知覚。
 なんとなくわかったようなわからないような。
 人にわかってもらうのが難しそうな考え方。


(・引用/要約 ○関根の独り言)


・人間は「フレーム問題」に悩まない

・現代の知覚理論は、17Cのデカルトのアイデアに多くを負っている。

・デカルトの「こころ」とは、感覚刺激を統合し、判断し、推論し、
 意味を作り出すメカニズムである。いわゆる「中枢」


●ギブソンの歩み

・ギブソンは、どの著作も10年以上の歳月をかけて構想し、
 執拗に書き直したという。

 どの本も文章はあくまでやさしく、内容はきわめて難解である。
 とてつもない内容がふつうの言葉でかかれている。

 「生涯をかけて一つのことだけを考え続けた人」

○そういう一つを見つけ出せるのは幸せだよなー。
 本の執筆に対して、俺はそこまでの執拗さがなかったよなー。


・「像」ではなく「動き」こそが重要。「形」にではなく「変化」に意味がある。

・「知覚の刺激」の本質は、環境の中で、動き回って、何かを見ようと
 している観察者がその全身の動きとともに発見するものである。


●情報は光の中にある

・「網膜」から視覚を説明することを否定するラジカルな発見が
 間違っていないことを、ギブソンに確信させたのは、ウォールズとの出会い。


●エコロジカルリアリズム

・我々が知覚しているのは「変形」と「不変」である。
 世界の「持続」と「変化」という性質である。
 環境に満ちているのは「持続と変化」である。

・ギブソンの理論は「生態学的認識論」
 これは「情報処理モデル」とまっこうから対立している。

 初期の認知科学は「情報処理モデル」を中心理論としてきた。
 人間は環境から刺激を入力し、それを中枢で加工することで
 意味のあるものにすると考える。

 「情報」は刺激が頭の中で加工された結果と考えられてきた。

 ギブソンの「生態学的認識論」では、情報は人間の内部にではなく、
 人間の周囲にあると考える。知覚は情報を直接手に入れる活動であり、
 脳の中で情報を観察的に作り出すことではない。

○この考え方は面白いよなー。人を取り巻く周囲の環境に、情報が宿っている、
 と考えていいのかな。

 アニミズム信仰がある日本人だと、なんとなく受け入れやすいのかな。
 ものや自然に霊が宿る。


・アフォーダンスとは、環境が動物に提供する「価値」のことである。

○動物がいないと、意味がない。周囲にあるはずの意味を探し出せない?
 「環境が動物に提供する価値」価値を提供できなければ環境に存在意義はない?


・アフォーダンスは、刺激ではなく情報である。
 動物は情報に反応するのではなく、情報を探索しピックアップしているのである。

 アフォーダンスは刺激のように押しつけられるのではなく、
 知覚者が「獲得し」「発見する」ものなのである。


●知覚するシステム

・手を振ることで、形を知覚できる。

○これも面白いよなー。人間は視覚に頼りすぎるが、
 他の感覚も大事にしたほうがよいのかも。

 そういえば、ダイアローグ・イン・ザ・ダークだっけ、
 暗闇でのワークショップもあるなー。


・五感というが、それは「感覚器官」の種類の数ではなく、
 「環境への注意のモード」の種類と考えるべき。

○人は、目、耳、鼻、舌、手足などで、環境を探る、ということか。


・見るシステムが得ていた情報のかなりの部分は、他のシステムに
 よってもピックアップ可能である。

・我々の一人一人は、かけがえのない「わざ」を可能にしている
 知覚システムの束なのである。

○その知覚システムが、鈍感になっているのかも。
 環境に注意を払っていないからか。頭で考えすぎているのか。


●共鳴・同調の原理

・我々は「感覚されたものが脳で処理されて運動を制御する」という説明図式に
 なれ親しんでいるが、これだとあてはまらない知覚と行為の関係もある。

 脳で処理できるスピードをこえているもの

・行為が環境に発見する情報は「未来」に起こることを特定する。
 それは行為の「結果」についての情報になっているので「予見的」情報とよばれる。

○アフォーダンスも「分散認知」の一つの考え方ととらえてもよいのか。

 我々が知るべき情報は、他者の頭の中や道具の中に分かちもたれている。
 それを発見するのが知覚活動?


・D.ノーマンは「誰のためのデザイン?」で、道具はそれを使って
 どのような行為を行うことができるのかがわかるようにデザインしておくこと、
 コンピューターによる設計もそれが何をアフォードしているのかが
 よく「見えるように」しておくことを提案している。

 「物」ではなく「リアリティー」を、「形」ではなく「アフォーダンス」を
 デザインすべきだということ。

○「誰の〜」この本も中原先生の推薦図書にあったな。早速読んでみよう。


・精神を広く世界に観察しようとする。精神は人の身体の一部(頭や脳)に
 局在しているわけではない。

・目の前にある現実にどれだけ忠実になれるか。

・情報は環境に実在して、人が発見するのを待っている。


「アフォーダンス入門」


「アフォーダンス入門」

 佐々木正人


○自分の理解不足だが、まだわかったようなわからないような
「アフォーダンス」。でも刺激的。ダーウィンに対する見方も変わる。


(・引用/要約 ○関根の独り言)


●サンゴ礁の心理学

・跡は、行為が場所と深く関係して行われているということを示している。

・生き物のするあらゆることは、それだけ独立してあるわけではない。
 行為があるところには、必ず行為を取り囲むことがある。
 まわりがあって生き物の振る舞いがある。

・生き物の行為とその周囲とはどうやら2つで一つのこと。


●生き物はこのようにはふるまわない

・ミミズはダーウィンが予想した以上にすごい力で「大地をかき混ぜている」

・自然は、ミミズという土を食べ、大地をかき回し、その表面を糞で
 肥沃な土地にかえる動物をうみだした。

○今自宅で小さな自然農法の畑をやっている。農薬、肥料を使わずに、
 土の力で野菜を育てるやり方だ。土さえよければ、野菜は育つということらしい。
 初めてやった2009年の春〜夏は、最初に入れてもらった土がよかったのか、
 何とか収穫できた(トマト、なす、二十日大根、赤かぶ、すいか)

 そのときは「山が落ち葉を栄養にして、土を肥やしていくようにしろ」
 と教えてくれる近所の友人から聞いた。

 そのとき「ミミズが住めるような環境を作れ」ともいわれた。

 畑でミミズを見つけると、以前は気持ち悪かったが、今は宝物のように見える。
 ミミズが住んでくれる畑になった。

 今回の話で、ミミズの偉大さが少しわかった。
 ダーウィンが観察していたとは知らなかった。


・ダーウィンの進化論は、「変化(進化)には目的も方向もない」

○そうだったのが、スペンサー?だっけ、社会進化論という形で、
 進化の方向(欧米白人文化が先進)がつけられたのか。


・ヒトは下等と呼ばれる動物の行為に対して、つい「刺激ー反射」という
 図式をあてはめてしまう。

・ダーウィンは、動物の行為を機械の動きにあてはめることが大嫌いだった。

・ダーウィンは「ミミズは体制こそは下等であるけれども、
 ある程度の知能をもっている」と結論づけた。

●「まわり」に潜んでいる意味ーアフォーダンス

・ミミズの穴ふさぎ行為のように、限りない柔軟性、多様性と環境にあって、
 今進行中の行為に利用できそうなことを、偶然にではなく、ちゃんと
 見つけ出せるというのは、確かに「知的」といわれている人間の行為の特徴。

・人間も動物も、今している行為が利用できることを、回りに探し続けている、
 そういう存在。

・我々を取り囲むところには、行為が利用できることが無限に存在している。
 これら環境にあって、行為が利用していることを
 「行為だけが発見することができる意味」と呼ぶ。

・ヒトは、取り囲んでいる多様な意味を柔軟に捜し求めている。
 そこには行為だけが知っている意味がある。


・ギブソンは、アフォーダンスという名前をつけた。
 環境にあって、行為が発見している意味に対して、


・アフォードは「与える、提供する」などを意味する。

 アフォーダンス Affordanceは造語。
 「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの」

 我々を取り囲んでいるところに存在している意味。

○周りにあるものの意味を、行為を通して探す。
 行為がなければ、意味は発見されない。

 動くものとしての動物がいてこその、意味=情報?


・珊瑚やミミズがしていることは、その周りに起こっていることと
 一つのこととしてとらえなければわからない。


・19世紀からの伝統的な知覚のモデルは、感覚器(死角)からの入力を
 脳が処理して「意味」にすると説明してきた。

 つまり「意味」を作り上げるための特別な仕組みが
 動物の「内部」にあると考えた。

・ギブソンは、世界にある意味をそのまま利用する
 「情報ピックアップ(抽出)」理論として、アフォーダンス理論を立ち上げた。

 ヒトは世界を「直接知覚」していると言い、世界にはそのまま意味に
 なることがあるとし、知覚とはそれを探す活動だと言った。

・経験が誰か一人のことで、それは他者とは分かちもたれないという説を
 独我論という

・ヒトが環境の中を動き回ってそこに現れる情報を探ることだとしたら、
 他者といつでも知覚を共有する可能性が鋸される。


○人は他者がみているものを、同じように見ることができるということか。

 同じ風景を夫婦で見ていても、感じるところは違う。同じものを見ていても、
 同じようには見ていない。と思っていたが、そうではない可能性もあるのか。

 マンガ「マスターキートン」でもこのテーマの話があったなー。

●知覚する全身のネットワーク

・機械をモデルにして、動物の行為について説明することはナンセンス。

・身体を制御するためには、筋も骨もいつも休みなく動き続けて
 いなければならない。

・多くの要素が完全にリンクした、全身のネットワークのやっている
 止むことのない調整のことを、ベルシュタインは、
 「協調(コーディネーション)」とよんだ。

・光学的情報との遭遇によっても身体は協調のあり方を変化させる。
 人の動きを変えるのにいつも力がいるわけではない。情報があればよい。

○人が見ている風景に変化を与えることで、人の動きに影響を与える?


・行為は、環境にある意味、つまりアフォーダンスに動機付けられて始まる。

・生きて動くものが生きている限り、アフォーダンスは探し続けられる。

○探し続ければ、いつかは見つかるということか。
 情報(=答え?)が環境の中にあるとすれば。


●運動のオリジナル

・あらゆる植物のあらゆる部分は、発達のどの時期にもどちらかの方向に
 少しずつ回っている。

○これは面白いなー。植物も動いている。


・生き物の運動が、まずはオリジナルな無垢な動きとしてこの環境に
 あらわれるということ。そして現れた瞬間から環境にあることのすべてに
 出会うこと。周囲のすべてのことと関係してオリジナルから変わった
 一つの運動が現れるということ。

・ピアジェは、自分の子供たち3名の発達を克明に記録した日誌をもとに、
 大きな著作を残した。

○自分の子供を詳細に観察する。それは面白いけど、第三者的な
 観察者のみにはなりたくないなー。やっぱり親は当事者として子供に
 関わる必要があるだろう。


・ありのままを見る。理論を媒介にして観察しない。

○「きっと、こうだろう」「こうなるはず」と考えてものを見ないということか。


・我々が行為に観察できることは「はじまり」と「まわり」と
 「はじまりからの変化」しかない。

 ブルートファクツは変化の「たね」である。

・ダーウィンは、Evolution(進化)という用語の使用を
 はじめは避け、後にも慎重だった。

●多数からの創造

・環境を知るということは、自己を知るということ。
 知覚情報には「外部」についての情報と、自分の身体についての
 情報という2つのことが切り離せない形で共在している。


・我々が行為をするときには、アフォーダンスを利用している。
 アフォーダンスを言葉で表現することは本当に難しい。

○確かにそうだよなー。本を読んでも、わかったような、わからないような、
 感じがするのが正直なところ。


・アフォーダンスは、主観的ー客観的の二分法の範囲を越えている。

・「語る前に見よ」観察を重ねて、少しは「見える」ことにしてから
 議論する必要がある。


●解説

・アフォーダンスとは、それをしようとしなければ出現しない利用可能な
 環境の中の情報である。

・人間は個々別々の知覚しかできないという独我論が、アフォーダンス理論を
 その一部とするエコロジカルサイコロジーによって乗りこえられる。


「こころの情報学」

「こころの情報学」

  西垣通


○情報と心の関係。特に神話の意義と、オートポイエーシス理論と
 アフォーダンス理論の関係の話が面白い。


(・引用/要約 ○関根の独り言)


●情報から心を見る

・情報という概念に着目することで、これまでの既存の学問の枠内では
 隠蔽されていた部分に光が当たった。

・本書では情報と心の関係に着目

・心を情報処理機械と等値するという見方が情報化社会では支持されつつある

・情報とは「どれが起きたかを教えてくれるもの」

・意味内容を無視した情報を「機械情報」と呼ぶ

・最広義の情報は「パターン(差異)」である
 広義の情報は「生命現象に関わるパターン」

・狭義の情報には、認知、指令、評価の3つの機能がある。

・パターンすなわち「形」に着目することが、情報を学問的に語る第一歩

・情報は生命とともに誕生した

・生物の特徴として「自分で自分をつくる」オートポイエーシスがある。

○オートポイエーシスについて説明せよ、というのが
 東大大学院の小論文試験ででていたな。

 西垣先生の本を読んでおいてよかった。Nさんのおかげ。
 ありがとうございます。


・情報の本質的特徴は、歴史性、時間的累積性である。

・生物は、環境世界との相互作用の中で時々刻々、せっせと情報系を
 作りかえている、いわば「情報変換体」のような存在なのである。

・生物にとって、意味のあるパターンこそ、情報。

・言語情報の織りなすプロセスが、心。

・情報化社会は、記号の意味作用の安定という条件の上に成立する社会。

○う〜ん、俺の理解不足だけど、よくわからないなー。
 いずれわかるようになるのかな。


・近代化情報技術を生んだ西洋文化の伝統においては、
 記号の意味作用の規範化は、キリスト教信仰と結びついている。
 「正しい言葉の意味」を与えるのは神なのです。

○このあたりは、アメリカ留学時代の経験や、聖書の勉強、
 文化人類学で学んだことから、何となくわかる。

 西垣先生の別の本でもでていたけれど、この情報と西洋文化の話は、
 おもしろいよなー。

●機械の心

・思考を行うとは「言葉をしゃべる」ことで外部表現される。

○その人が考えていることは、しゃべってもらうか、
 書いてもらうかしないと、わからない。


・コンピューターに文脈や状況を判断させようとすると
「フレーム問題」にぶちあたる。

・ヒトは自然に問題を構成できる。今問題となっていることは
 何かを一瞬に選びとれる。機械にはできない。

・人工知能研究者のウィノグラードは、人工知能の研究を続けても
 決して「言葉をしゃべる機械」など実現できないと主張。

○この人もすごいよな。自分が研究してきたことで、
 何ができないかの限界が見えてくる。当初は絶望的になったのでは。


・記号の普遍的な「意味」というものが天下りで(たとえば神によって)
 きちんと定められ、秩序づけられているという暗黙の前提があるのだと
 考えざるを得ない。

 こういった西洋の知の伝統をふまえて、最先端コンピュータ科学である
 人工知能研究はある。

●動物の心

・遺伝情報によって生物個体が生まれるのは、まぎれもなく情報の働きの一つです。

・脳の中に記憶されている情報と外界から入力された素情報(知覚への刺激)
 とが相互作用し、そこに意味のある情報が発現する

・動物学においては、動物に「意識」があるという議論は長い間タブーと
 されてきた。動物を研究するときは、あくまでもその「行動」に
 着目すべきであり、客観的に観察できない「意識」や「主観」などを
 扱うのは科学的でないという主張があった。これは行動主義と呼ばれる。

・認知心理学では、言語に着目している。
 ヒトの主観的内面は直接測定できないが、言語によって表現された内容は、
 一定の客観性をもつと考えられるから。

・カラスの車利用行動は、周囲に波紋のように伝播していった。

・動物も他者の行動から「もし自分だったら」という予測を働かせている。

・学習にはなにより「動機」が必要。

○動機がなければ、学ぼうとしない。確かにそうだよな。


・人類学者のダンバーは、類人猿の毛づくろいこそが、ヒトの言語誕生の
 源流にあると主張。

 群が大きくなる中で毛づくろいにかわるコミュニケーション手段として
 登場したのが「音声言語」だと。

 互いの親密さを確かめるための「ちょっとしたおしゃべりやゴシップ」を
 目的として音声言語は誕生。


●ヒトの心

・現実から離れた時空間での出来事については、聞き手が格や時制などを
 示す文法要素に頼って内容を解釈する度合いが高まる。

 複雑な文法をそなえたヒトの言語は、フィクションから生まれたといってよい。

○これはおもしろいなー。確かにそうなんだろうな。

 3才の娘が、家に帰ってきてから話す保育園の状況は、過去形と現在形が
 ごっちゃになる。6才の長女が「したってことでしょ」「するじゃないでしょ」
 と直すこともある。


・ヒトはなぜ神話のような複雑なフィクションを作り上げたのか。

・非力で虚弱な肉体をもったホモサピエンスの唯一の武器は、
「予測し計算する頭脳」であった。その能力は同時に「未来への不安」と
 いう副産物を生むことになった。

○ほんと、そうだよなー。暗闇を怖がるのは、暗闇の中に何かいるのでは、
 と考えてしまうところにあるんだろうしな。

 考えなければ、怖さも感じない。

 幽霊かと思ってみれば枯尾花 だっけ。


・歌や踊りを伴う儀式において、繰り返し朗唱される神話を通して、
 ヒトは情緒的一体感を手に入れる。神話の形成を通じて、ヒト特有の心が
 形成されていったのではないか。

○神話っておもしろいよなー。特に、世界各地の神話に共通する部分が
 あることがおもしろい。

 いざなぎといざなみの話で、桃や櫛を使って逃げるところ。
 英雄が赤子のときに川に流されて運ばれてくるところ。

 他にもいろいろあるだろう。

 文化人類学「インドヨーロピアン」でシャン・ウィン先生が、
 首締めや水責めで殺されるモチーフを教えてくれた。

 共通するモチーフが、ヒトが大陸を移動することによって広がっていった。

 マンガの「宗像教授」の話も、日本と海外の神話の共通点を取り上げる
 ことが多いな。


・神話は土俗的共同体をまとめあげるフィクション。
 共同体の構成員が守るべき掟の根拠を与える。

○新入社員が職場の掟を学ぶ際の、神話やストーリーに注目してみても
 おもしろいかも。

 ヒトが共同体のルールを学ぶのは、神話を通してだとすれば。


・神話を語る資格があるのは、共同体の中の特別な人物。


・米国の心理学者ギブソンが提唱したアフォーダンス理論。
 「周囲の環境世界が動物に提供するもの」がアフォーダンス。

・あらゆる動物は、環境世界の中を動き回りながら生きている。

・本当に情報は外部の環境世界のなかに実在するのか。

・アフォーダンス理論とオートポイエーシス理論の対立。

・従来の知覚モデル(外部からの光刺激を情報処理して認知的行動がとられる)
 への批判から、上記2理論は生まれた。

・アフォーダンス理論は直接知覚(発見)オートポイエーシス理論は
 歴史的認知(発明)という正反対の結論に至った。

○アフォーダンスでは、外部環境世界にある情報に、動物が気づくという考え方。
 オートポイエーシスは、動物が知覚刺激を元に自分で意味を作り出す。
 そう考えていいのか。


・アフォーダンス理論は、オートポイエーシス理論の弱点を補強する。

・オートポイエーシス理論は、動物の認知行動の時間的側面、
 アフォーダンス理論は、空間的側面に着目。両者は補完しあう。


・ただ、ギブソンは「環境世界にあらかじめ情報が実在し、
 その一部を知覚(抽出)すれば意味が入手できる」という誤解を招いてしまった。


○このあたりの話はおもしろいなー。両理論をしっかり理解できていないけれど。

 まずはアフォーダンス関連の本を読んでみよう!


・アンダーソンは、近代国民国家(アメリカ合衆国)は、
 いわば印刷物(新聞)のつくりあげた「想像の共同体」にすぎないと看過した。


・行動の文脈から切り離された抽象的、論理的思考は、近代化以前の人々には
 単に「不必要なもの」だった。


●サイバーな心

・「身体性の復権」こそが、近代工業化社会から、情報化社会をわかつ最大の特徴。

・マクルーハンが予言したように、マルチメディア・インターネットへの
 コンピューター工学の流行の推移は、身体性への復権が生じたといえる。


・情報化社会とは、端的には「情報が商品となる社会」

○そうなったからこそ、俺は研修講師として情報を提供することで、
 商売ができているのかも。


・バーチャルリアリティーは、アフォーダンスの観点から見ると、異常な世界。

・ヒトの脳神経系は、環境世界のアフォーダンスと密接に協調している。
 仮想現実システムは、通常のアフォーダンスを与えない環境世界を
 人工的に作り出すことで、ヒトの脳神経系をかき乱す可能性もある。

・イメージ情報を扱う技術は貴重。ただそれを安易に「身体性の回復」に
 結び付けると誤解を招く危険性がある。

○任天堂のWiiとかはどうなのかな。

 身体を使って、バーチャルリアリティーの世界で遊ぶ?


・「サイバーな心」は、主として今の子供や若者に宿るものと考えられる。
 中高年はすでに心の基本的部分ができあがっている。

・機械情報が集中するのは、若者や子供たち、つまり市場の中の誘導しやすい
 消費者に他ならない。

○企業が善と信じて市場開拓をしようとする中で、こういう弊害が起こってくる。
 こういうことに気づかせるのも、研究者の役割なんだろうな。

 企業活動をしている中の人間だと、こういう批判的なものの見方が
 できなくなるかも。


・動物は本来、環境世界から整合的なアフォーダンスを受け取りながら、
 少しずつオートポイエティックに自己を形成し成長していくもの。

・現在我々を取り巻く機械情報の量は、ヒトの処理できるレベルをとっくに
 こえている。そんな中で子供たちは一種の「思考停止」という手段で
 自己防衛しているようだ。

○これは怖いよなー。テレビ、ネット、雑誌等からあふれでてくる情報。
 情報を遮断しておくことも大事なのかも。

 なるべく自然環境の豊かなところで子供たちを育てたいと、
 「プチ田舎」ときがわ町に引っ越してきたけど、それはやっぱりよかったのかも。


・一部の若者や子供たちがふたたび「聖なる身体」を求め始めている。


・周縁的な要素が社会を活性化する。

・周縁という概念が、規範化された機械情報の洪水による窒息状態からの
 解放を示唆する。


・情報とは「事務的、機械的」に処理するものであって、
 我々の生活に深みを与えてくれるものとは受け止められていない。
 知恵とちがって。

「ウェブ社会をどう生きるか」

「ウェブ社会をどう生きるか」

  西垣通
 


○立ち止まって「ちょっと待てよ」と考える大事さを教えてくれる。
 東洋人からみた西洋人。


(・引用/要約 ○関根の独り言)


●まえがき

・IT革命とは、中央集権的な近代社会から、
 分権的なウェブ社会へと移行すること

・IT革命後の社会では、一般ユーザーが主役となる。

・米国からのウェブ2.0を手放しで礼賛しない。


●そもそも情報は伝わらない

・ウェブ2.0によって、インターネットは
 真の双方向メディアへの第一歩を踏み出したととらえてよい。

・大げさに騒ぎ立てる人もいるが、立ち止まり考えてみる必要がある。

○こうやって、世間に流されず「ちょっと待てよ」と
 立ち止まって考えられるのが、こういう研究者の方々のすごいところだよな。

 情報、メディアリテラシーがあるということかな。

 俺には、まだまだないなー。


・果たしてウェブ2.0関連企業の検索結果を信頼することは、
 従来のマスメディアを信頼することと本質的にどう異なるのか?

○これは言われてみればそうだよなー。グーグルがどうやって
 検索結果を出しているのか、本当のところはわからない。

 意図的にやっていることだって十分考えられる。

 グーグルのトップページに検索されなくても、
 重要な情報はあるかもしれない。


 あるいは、情報発信者側が「グーグル様」に選んでいただこうと、
 グーグルに好まれる情報内容やだし方をすることもある。現に今そうだ。

 グーグルが、神のような存在になる?


・基本的なアイデアというものは、ある量のまとまった情報に
 ふれることで次第に熟成され、やがて自分の内奥からわきだしてくるもの。

○こういう言葉は勇気がわいてくるよなー。
 この8月はまとまった時間をとって、本を読んでいるが、
 これが後の血肉になり、わき出るもととなることを願いたい。


・自分で悩みながら大きな疑問に取り組み、
 そこから重量感のある言葉を紡ぎだしたような構想力のあるレポートは少ない。

○こういうのが書けるようになりたいなー。

 自分の身体からわき出てくる、頭の奥底から絞りでてくるような文章。


・人間の心は、情報という実体を「入力」されるのではなく、
 刺激を受けて「変容」するだけなのです。

○この辺は「学習」をどうとらえるか(獲得、変化)とも
 関連してくるのかも。


・量子力学では、観察者という存在があらためて問われるようになった。
 不確定性原理。

・情報とは、生物が世界と関係することで出現するものであり、
 生物が生きる上で「意味のあるパターン」ということ。

 情報とは生物にとって意味のあるもの、すなわち「生命情報」となる。

○生物がいなければ、情報は存在しないといってよい?


・「そもそも情報は伝わらない」情報は小包のように
 伝達されるものではない。

・生命情報は変化する。
 機械情報は変化しない。

・ウェブ社会では、この機械情報があふれかえることにより、
 日々変化する人間の思考が柔軟性を失い固定されてしまう。

・人間は変わるのに、情報は変わらない。

・情報や知識を小包のような実体として蓄積、検索できるものと
 とらえる旧来の思考が、ウェブ礼賛論でも貫かれている。

●いまウェブで何がおきているか

・本来の放送と通信の融合が達成されれば、全国に散在する
 一般視聴者が、相互に映像を含む多様な情報を発信し交換しあう
 ことになると期待される。

・日本は世界一のネットインフラ大国になったといってもよい。

・多種多様の関連商品をまとめあげ、総合的なサービスを
 提供する企業が成功する。

・ウェブ2.0の最大の特徴は「ユーザー参加型であること」

・ウェブ閲覧ソフトの上で、多様なアプリケーションサービスを
 提供しようとする。

○今のクラウドコンピューティングにつながる?


・ポータルサイト経由ではなく、
 キーワード入力から検索することが一般に浸透

○この本が書かれたのは、2007年春。
 2009年夏の現在において、キーワード入力は一般化している。


・アドセンスは、ブログを書いているユーザーにとっては
 ちょっとしたアルバイトになる。

○俺は、ブログでアドセンスはやらない。

 だいたい読者としてもブログ記事を読んで、広告をクリックしては見にいかない。
 あるいはクリックして広告を見にいかれたら、自分のブログから
 でていってしまうということ。

 それなら自分のブログをしっかり読んでほしい。

・Gメールを使ってメールを送受信していると、
 広告が文面に張り付いてくる。

○こわいよなー。グーグルが何でも俺たちの行動を見ている。
 Big Brotherみたいな感じになっていくのかな。


・無料サービスは、善意のボランティアというよりも、
 広範な一般ユーザーから巧みに情報を入手するための仕組み

・ライフログをグーグルのデータベースの一部とするならば、
 自分の過去がまるごとビジネスに利用されることを覚悟しないといけない。

○俺らが便利さを追い求めていると、
 いつかそこから逃げ出せなくなる、支配される。


・ウェブ2.0の本質とは何か?それは、IT業界の中の権力闘争に
 ほかならない。マイクロソフト、インテル vs グーグル、アマゾン

○こうやって考えるのはおもしろいなー。


・グーグルで検索した時に現れるのは、概して有名人のブログなど
 アクセス数の多いサイト。一方大多数のサイトは、情報の大海に
 飲み込まれてしまい、浮かび上がるのは容易ではない。

 これを平等主義といえるのか?

○これに関連した問題が、東大大学院2008年の過去問ででていたな。

・検索のメカニズムの精査もせずに、強大な権限を手放しで
 米国の一企業にゆだねるならば、いったいこれを民主主義といえるのか。


・ウェブ集合知を主張するあまり、急速に知の堕落が生じつつ
 あるのではないか。量産される膨大な知識断片の海の中で、
 真に大切な情報が呑み込まれ忘れられてしまうのでは。

・人々の意見交換からすぐれた知的活動が生まれるよう、
 学問の場では厳正な手続きが重んじられる。

 アカデミックな学会における論文査読(blind refereeing)はその典型。

○これがあるから、先行研究が信頼されるものとして、
 次の人たちの引用に使われていくんだろうな。

 いわゆる「ビジネス書」「ノウハウ業」「研修業界」「情報起業」と
 いった分野だと、こういう厳正な手続きはないよな。

 皆勝手に「これがノウハウ」といった形で提示している。俺もそのうちの一人。

 だからこそアカデミックな世界でもまれたい、鍛えられたいと考えている。
 それをビジネスの世界にも持ち込みたい。


●英語の情報がグローバルに動く

・グーグルのページランクの考え方は
 「正のフィードバックのかかるシステム」であり、
 そこでは「強者はますます強くなり、弱者はますます弱くなる」という性質。

○これはあるよなー。


・西洋人はなぜ人工知能(AI)を作りたがるのか。
 それは「一神教の呪縛」から。

 コンピューターは宇宙の森羅万象を論理的に秩序づける機械。
 正しい真理(知識)を論理的、機械的に組み合わせて、人々の問いに
 答えるというのは、一神教の伝統に則った正しい行為。

○こういう見方はおもしろいなー。
 ただ、西洋人は、人型のロボットには抵抗感を示すよなー。神へのおそれ?


・米国は、「ウェブ空間というフロンティア」を開拓し、
 支配して富を得ようとしている。

・フランスのジャヌネは、Google and the Myth of Universal Knowledgeで、
 2つの問題を指摘。

○この人の文章が、小論文問題ででていた。


・英語は事実上の国際共通語ではあるが、これを母語として話す人口は、
 3億5千万ぐらいで、なんとか通じる人口をあわせても10数億ぐらい。

・ウェブの中で英語以外に流通するかもしれない国際共通語、
 その一つは「漢字」である。母語人口では中国語は、10億以上で
 圧倒的1位。アジアでは漢字は通じる。


●生きる意味を検索できるか

・ウェブから情報を検索し、それをもとに知の秩序を自動形成していく
 という発想は基本的に「情報小包論」に基づいている。

・シャノンの情報理論は、機械情報のこと。
 我々が通常情報と呼ぶのは、社会情報のこと。

 しかし、社会情報の「伝達」をシャノンのモデルを使って
 議論することが流行した。

・オートポイエーシス理論は、機械と生物を分かつ考え方としてもっとも有力。

 生物はオートポイエティックシステムであり、それは、
 自分で自分を作ることと、閉鎖していることからなる。

・心もオートポイエティックシステムである。

 心が閉鎖系である以上、情報が小包のように送信者から受信者に
 送り届けられるということはあり得ない。

 情報という刺激を受け取ると、それを自分なりに都合よく解釈して
 自分を変えていくというだけ。


・情報学的には客観的世界は存在しない。

・多元的世界を主張したユクスキュルは、観察者の位置に気づいた。

○このあたりで書いてあることは、正直よくわからない。

 生物、観察者 

 量子力学でも観察者の存在がでてきていたよな。


・あらゆる情報や知識を網羅的、一元的に集め、それを体系化して
 コンピューターにより検索できるようにするといった一神教的な野心は
 捨てた方が賢い。

・真のアイデアを練るには、情報は少ない方がいい

・知恵というのは、数人から数十人くらいの間での対話から生まれやすい。
 メゾレベルコミュニケーション。


●ウェブ社会で格差をなくすには

・東西文化の相違は、教育方法の違いにも現れる。

 渡部信一は「しみ込み型」「教え込み型」とする。

 「しみ込み型」は、日本の伝統芸道における「わざ」の習得過程で
 用いられるもの。学習環境とお手本を重視する。場の中で模倣しながら学んでいく。

 「教え込み型」は、言語化された明示的な知識体系を前提とし、
 細かい要素に分解した知識を学習者の頭脳に計画的に注入していく。

○「しみ込み型」は、時間がかかる。けど、だからこそ学習効果が
 高いともいえる。身になる。

 スピードを求めるビジネスの世界では「教え込み型」が好まれる。
 実際、OJT研修で伝えているのは、どちらかといえば、こちらのやり方。

 TWI、JIのように、作業を要素に分解し、それを示していく。

 ただ、しみこみ型の良さをもっと活かしたやり方もできるのでは。
 西洋的なOJT指導方法に反発を覚える日本的職人さんたちは、
 この「しみこみ型」をよくわかっているのでは。


・新入社員が職場に入った当初は、職場の様々なルールや非明示的な慣習が
 いちいち面倒な制約となって活動を拘束され、不自由に感じる。

 この制約を制約としてあまり意識しなくなることが「学習」である。


・地域SNSは、住民の帰属意識を高め、郷土愛をはぐくむ。

・自分たちの人間関係情報は、自分たちで所有し管理しようという
 地域SNSの発想は、グーグルの無料サービスを利用する代わりに、
 すべての情報をグーグルに提供するというグローバリズムに対抗する
 ローかリズムの好例。


○いろいろ考えさせられるなー。幅広い。

2009年08月29日

「SPトランプ」事例研究会に参加してきました。

09年8月29日(土)10時〜17時 @ 横浜

「SPトランプ」事例研究会に参加してきました。


差しさわりのない範囲で、今後のために、メモを残しておきます。

(・引用 ○関根の独り言)

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・「ジョハリの窓」を使って、SPの意義を説明。「未知の窓」を狭くする。

○これは使える!


・トランプの名前と記号を書いておいて、丸をつけてもらう。

○時間短縮につながる。


・解説に「4つのタイプ」の特徴を、例示とともに伝える。


・資格試験直前に、マイナスに働くSPと、プラスに働くSPをあげておく。

○これは、東大大学院二次試験の前にやってみよう。

(実際、やってみました。

 SPトランプの良いところは、客観的な自己分析ができるところですね。
 試験前に緊張している自分自身を冷静に見ることができました。)


・「人に対するものの見方」に影響を与える。

 「内的コントロール vs 外的コントロール」 選択理論に基づいて

 人は内的コントロールができる自律型の存在であると思えれば、
 リードマネジメントが実現する。

 人は外的コントロールができる依存型の存在であると思えば、
 ボスマネジメントとなる。

 まずは、人の「人に対するものの見方=マインドセット=OS」に働きかけないと、
 どんなスキル研修を行っても意味がない。すぐもとに戻る。

○これは確かにそうだよなー。

 ただ、その分、人の根幹にかかわる部分だからこそ、
 影響を与えるのが難しくなるのかも。

 事例でもあったように、常なる働きかけ「アクションラーニング」が
 カギなんだろうな。

 「アクションラーニング=質問会議?」については、
 まだ不勉強だから、勉強しよう。


・成功体験時に、どんなSPを発揮していたのかを思い出す。

 「今日はどんな日か?」→「今日は、トランジッションの日」

○これはいいなー。キャリア研修にぴったり。その日の意義を明確にする。


・自分にとって「最後の切り札」となるSPを知っていると、落ち着いて対応できる。

○俺は、あえて1枚選べば「チャレンジャー」だな。

 どんなときも、「チャレンジする」「チャレンジできる」のは、俺の強み。


・クラブは、研修に参加していることそれ自体が、自己開示している状態。

 言葉を発しないからといって、参加していないわけではない。
 あまりハートが追い詰めない。

・ニートには、ダイヤが多い。ひきこもりは、クラブが多い。
 職場では、左側の人を、どう能動的にするかが問題にされる。

○ニートとひきこもりは、本当にそうなのかな?


・52枚から、10枚選ぶと、158億パターンある。
 9枚だと、40億パターン。

 地球人口を。60億とすると、10枚選ぶと、
 まったく同じパターンになる確率は低い。

 9枚ならば、1人はそういう人がいる可能性もある。


・今後「育てたいSP」という質問をして、トランプを選ばせると、
 「会社のカラー」が出てくる。

 T社:ダンドリ屋、チャレンジャー、几帳面
 P社:チャレンジャー、実践家、信念さん
 D社:チャレンジャー、実践家、情熱家

○会社が期待していることを、従業員も感じているからか。
 
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今回も色々な気づきがありました。

SPトランプは、やっぱり奥が深く、活用可能性が高いです。

これからも上手に使っていきたいと思います。

(当社では主に「OJT研修」の「相互理解」のパートと、
 「ペア研修」で、SPトランプを使っています。)


(八尾先生、小橋さん、ありがとうございました!)

2009年08月28日

東大大学院 一次試験 合格発表

09年8月28日(金)14時ごろから、合格発表が行われるとのことで、
東大 本郷キャンパスに行ってきました。


電車の中では、あまり合否について考えないようにしました。

「もし落ちていたら・・・」そう思うと、胸が痛くなってきます。

なるべく普段通り、新聞、雑誌、本を読むことで、
この先のことを考えないようにします。


東大につきました。

合格発表は、掲示板にされているそうです。


あの建物です。

CALIQ48F.jpg

確かに、掲示板ぽいのが出ています。

CAZXFJTC.jpg

不安で見たくない反面、早く見たい気持ちがわきあがってきます。

CA3C5E9J.jpg

「25・・・」

受験番号を探します。

「25・・・」

(あるのか・・・)


「あった!」


ありました。


2次試験の日時も出ています。

ここで、もう一度受験票を取り出して、番号を確認します。


(あってるよな)


再度確認し、念のため、と写真を撮ります。

(あった・・・! よっしゃ!)

叫びたくなるのをこらえながら、冷静に写真をとります。

番号が飛んでいるということは、不合格だった方も当然いらっしゃいます。


あまり喜びすぎず・・・


まだ一次試験を突破しただけです。次は、二次試験、口頭面接です。


8月31日(月)の夕方、試験があります。

今日は、8月28日(金)


できることをやります。


応援してくださった皆さん、ありがとうございました。

(Yさん、推薦文、本当にありがとうございました。
 Nさん、小論文対策、ありがとうございました。


 奥さん、色々と気遣ってくれてありがとう。次が本番です。

 二次試験の合格発表は、奥さんの誕生日と一緒です。
 奥さんによい知らせができるよう、やれるだけのことをやります。)

2009年08月24日

東大大学院入試 一次試験(小論文)を受けてきました。

09年8月24日(月)14時〜16時

東京大学大学院 入試一次試験(小論文)を受けてきました。

090824_1159~01.jpg

前回のTOEFLと同じ会場です。緊張感が高まります。


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12時、早めに着いたので、息抜きも兼ねて東大キャンパスを散歩します。

天気が良くて、風もさわやかで、気持ちよい天気です。

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安田講堂のそばにある三四郎池

090824_1317~01.jpg

カメを発見!けっこう大きいのもいます。

090824_1317~03.jpg

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散歩しながら思ったのですが、もし東大大学院に入れたら、

「東大見学ツアー」をやってみたいと思っています。


うちの隣の子が今小6なのですが、中学校1〜2年生になったら、
声をかけて、東大の見学に連れてこようと思います。

(できれば、地元の中学生を1クラスぐらい連れてきたいですね。)


東大キャンパスの中には、歴史的にゆかりのあるものが多いので、
歴史の勉強にもなるでしょう。

江戸時代〜近代にかけて、前田家との関わりから学生運動。
そして、最近であれば「ドラゴン桜」まで。


事前に調べてきてもらうのと、キャンパスを実際に歩き回って発見したものを、
メンバーと共有するのもいいでしょう。


今後、彼らが高校受験、大学受験と関わっていく中で、一応日本の頂点と
言われる大学を見ておくことは、きっと何らかの刺激になるでしょう。


私が、東大の学部生や院生と友達になれたら、
彼らと中学生が話せる機会も作りたいです。

学食で中学生と食事してもらうのも面白いかもしれません。


と、勝手な想像を膨らませながら、散歩をしていました。


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13時30分、いよいよ会場に入ります。


14時、小論文の問題と解答用紙(25文字×34行)4枚
+メモ用紙1枚が配られます。

(すべて回収されます。)

詳細は、今回の過去問が公開されるまでは書きませんが、
今までの過去問とは傾向が変わっていました。予想外でした。


2時間、頭を絞って、なんとか書きあげました。

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今、パソコンを打っていても、右手が震えています。

普段書きなれない手書きで集中して書いたからでしょうか。


なんにしても終わりました。

(サポートしてくださったNさん、院試塾の畑中先生、コーチの多賀さん、

 そして、気遣ってくれた奥さん、ありがとうございます!)

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一次試験の合格発表は、8月28日(金)14時 @ 東大 です。

もし通っていれば、二次試験(口述)が、8月31日か9月1日にあります。


二次試験に進めるといいのですが・・・

2009年08月11日

東大大学院入試 一次試験(小論文)はこんな感じです。

09年8月24日(月)14時〜16時

東大大学院入試 一次試験は、小論文3つを、2時間で書くというものです。


過去問としてウェブで公開されているもの

2007年度 
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/candidate/pdf/masters_oldies/2007/2007_L.pdf

2008年度 
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/candidate/pdf/masters_oldies/2008/2008-L.pdf

2009年度 
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/candidate/pdf/masters_oldies/2009/2009-L.pdf

6つの設問から3つ選んで、時間内に書きあげます。


初めて見たときは

「何をどうやって書けばいいの。しかも手書きで。2時間以内に。」

と、途方にくれました。


でも、やるしかないので、頑張ります。

試験対策で色々本を読み、文章を書く練習もするので、
いい勉強になると思います。

せっかくなので、楽しみながら、ついでに色々学びます。

東大大学院入試 TOEFLを受けてきました。

09年8月10日(月)14時〜16時30分

東京大学大学院入試 TOEFL−ITPを受けてきました。

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激しい雨が降る東大 本郷キャンパス

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試験会場

緊張感が高まります。

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少し時間があったので、建物の中を散策しました。


地下一階にある学生食堂「メトロ」

DSCN71870001.JPG

レトロな雰囲気です。

学食の向かいにある生協では、様々な事務用品が販売されています。

(「ゲリラ豪雨」による雨漏りを、ビニールで防いでいました。
 歴史ある建物だから仕方が無いのかもしれませんね。)


同じ地下一階には、過去問(小論文)を取り扱うお店もありました。

ウェブで公開されていないH18年度以前の過去問を購入しようとしたのですが、
H18年度版は絶版となっていたので、H17年度版のみ買いました。


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13時35分、試験会場に入ります。

数百名は入るであろう大教室に、受験番号が割り振られています。

現役東大生とおぼしき受験生もいます。
私の斜め後ろの席に仲間同士で集まり、話をしています。

「(学部試験も)この教室で受けたよ。懐かしいなー。なんか受かる気がしてきたよ」


斜め前を見ると、気持ちを落ち着けるためか、ピアノを弾くような仕草をしている
若い受験生もいます。

私の席の隣は、感じの良い女性の方でした。社会人でしょうか。

私の席の後ろには、年配の男性が座りました。

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試験が始まりました。

・リスニング 35分
・文法 25分
・リーディング 55分

休憩なしで一挙にいきます。


アメリカの大学に留学していた頃、卒業直後(97年1月)に受けたTOEFLの
点数は、623点でした。

10年以上前のことなので、テスト対策として、
市販されているTOEFLの模試を複数回受けてきました。

幸いなことに、各回とも600点以上取れていたので
「ま、なんとかなるかな」と思っていました。


ところが、今回の試験は、模試以上に難しく感じました。

模試では、5分ぐらい前には終わり、見直し時間が取れるのですが、
今回はその時間が取れませんでした。

本番の試験という緊張感もあったのかもしれませんが、
やはり手ごわかったです。

とはいっても、終ったことですので、
次は「小論文」に挑みます!


2009年08月07日

「パフォーマンス・コンサルティング〜研修作りから成果創造」に参加してきました。

09年8月6日(木)17時30分〜21時30分

慶応MCC ラーニングイノベーション論 セッション9

「パフォーマンス・コンサルティング〜研修作りから成果創造」

に参加してきました。


(・講演内容 ○関根の独り言)

=================================

●鹿野先生によるセッション


・パフォーマンスは、行動だけではなく、その結果である成果も含む
 成果を改善するためには、行動を変える必要がある。

○行動→期待される結果(成果)。直線的な「因果関係」を前提。


・何を改善すれば、社員の業績は高まりますか?
 何があれば、社員は期待される行動を発揮しますか?

・「行動エンジニアリングモデル」による
 「環境:期待成果(上司によるInformation)職場(Resource)評価(Incentives)」
 「個人:知識/スキル(Knowledge/Skill)能力(Capacity)動機(Motives)」

○環境要因が多くでてくる。まずは職場環境や上司によるマネジメントの影響が強い。


・社員の行動を変えるためには、いろいろな要因への働きかけが必要。
 研修だけだと難しいともいえる。

○そもそも人材開発部門にとって、業績は何を指すのか?
 その業績を達成するために、とるべき行動は?

 人材開発部門の存在意義を、どう説明するか?

 経営陣が、人材開発部門を「研修部門」と見ていた場合、
 やはり研修実施数等は評価の対象とならざるを得ないのでは。

 研修実施以外に「ちゃんと仕事していますよ」とアピールする方法には
 何があるのか。

 この辺りが、書籍の最後で「人材開発部門のミッションを考える」とも
 つながってくるのかな。


・PMCの売りは「現状分析」

・現状分析のためのモデル(考える枠組み)
 「4つのニーズ」
 「パフォーマンスモデル」
 「パフォーマンス相互関係マップ(GAPS)」
 「トレーニングニーズマトリックス」

○事業ニーズを達成するには、パフォーマンスが必要という前提。
 何らかの行動の結果が、事業ニーズの達成という成果につながる。

○事業ニーズ達成につながる「パフォーマンス」をあげるのが難しい。

 こここそ、現場で優秀なパフォーマーにインタビューして、
 一緒に作っていく部分なのだろう。

○演習で「OJT担当者による新入社員の育成」というテーマで考えてみた。
 「事業ニーズ」としては、

 「新入社員の早期戦力化」
 「従業員の(将来的な)負担減」
 「生産性の向上」
 「職場の活性化」
 「(OJT指導員の)能力開発(将来のマネジメント力向上)」など。

 事業ニーズの把握が、まだ甘い。ここが課題かも。


・研修企画担当としては、受講者の満足度を重視して、学習施策を企画してきた。
 来てくれた人に満足してもらうことを重視する。 ←参加者からでた意見

○外部講師としても、今後は「事業ニーズの把握」
「期待される成果につながるパフォーマンスの明確化(研修目標の設定)」
「職場環境への働きかけ」が必要になるな。

=================================

●質疑応答


・優秀なパフォーマーに対するインタビューで出てきた
 「パフォーマンス=ベストプラクティス」が、一般従業員の場合はどうか、
 サーベイ調査をする。その上で、トレーニングニーズマトリックスに落としこみ
 研修企画を立てる。

○このサーベイをしっかりやっているのが、先日(7月31日)の
 ベーリンガーインゲルハイムさんの事例なんだろうな。


・職種ごとに、求められるパフォーマンスは違う。全社的にやろうとしても、
 各職種まで深く入り込んで作っていく必要がある。かなり手間はかかる。

・パフォーマンスを定義しにくい仕事(ナレッジワーカー)もある。
 そういう場合は、定義しやすい仕事から始めるの一策。


=================================

●中原先生によるラップアップ


・導管モデルでよいのか?という問い

・「問題定式化(Problem Shaping)」「問題解決(Problem Solving)」

・今は両方が求められている。人材開発部門の仕事が増えてきている。

・HRとしては、どこまでコミットすべきか?

・求められているのは間違いない。でもどうするか?

・研修ベンダーは、クライアントが「パフォーマンス相互関係マップ」を
 もって話をしてきたとき、どう対応するか? 

 今後は間違いなく、そういう方向に変わってくる。


○俺自身はどうか?

 今、優秀なパフォーマーとマネジャーに対するインタビューは、
 研修企画前に実施している。それを基に、研修の学習目標を設定し
 「OJT指導員のあるべき姿」として提示している。

 ただ、それも「優秀なOJT指導員がOJTにおいて行っていること」を
 整理しただけのもの。事業成果にどうつながっているのかまで、
 しっかり検証できていない。

 また、その「ベストプラクティス」を、一般従業員に対して
 サーベイ調査まで行っていない。そこまでの手間を、HRに対して求め切れて
 いないのかも。あるいは、すでに研修対象者が決まっているから
 「あるべき姿」の提示のみで終わっているのかも。

 研修内で、参加者自身に自分の現状と照らし併せてどうか考えてもらうことで
 簡易サーベイはできるかも。おそらく弱い部分が出てくる。


○PMCは、本もそうだったが、今回のセッションからも多くの学びを得た。 


(鹿野先生、中原先生、参加者の皆さん、事務局の皆さん、
 ありがとうございました。)


2009年08月06日

ブログ記事に対するメール

ブログ記事

「キレイにまとめる研修とモヤモヤ感」&「脱 研修屋 しない宣言!」

に対してメールをいくつか頂戴しましたので、ご紹介します。

(ご本人の許可を頂いて転載)


=================================

◆総務部企画担当の方


近況報告のメール、ありがとうございました。
情報収集を大義名分に、仕事そっちのけで興味深く読ませていただきました。

特に、この2つについて。

> ●「キレイにまとめる研修」と「モヤモヤ感」
>    http://learn-well.com/blogsekine/2009/08/post_246.html
>
> ●「脱 研修屋 しない宣言!」
>    http://learn-well.com/blogsekine/2009/08/post_247.html

私見です。

以前より、外部研修に参加してもすっきりせず、
まさに「もやもや」したまま帰路につくことが多々ありました。

そのたびに、「研修って何なの?」「お金と時間の無駄だった・・・」と
感じていました。

私の外部研修への参加目的は「現在進行形で抱えている課題、
疑問点の解決法又は解決のヒントを教えてもらう」ことです。

我々ビジネスマンは研究者ではありません。

もやもやを解決するために貴重な時間を割いて研修に参加しているのであって、
もやもやしに行くわけではありません。

地方から参加するには、1回10万円を超える費用がかかっています。
(受講費・交通費・宿泊費)

思考の場を提供していただくだけであれば、
そのお金で関連書籍を買ったほうがマシです。

一応、十分に成熟したオトナですので、正しい答えがないことも、
思考することの重要性も分かっていて参加しています。

いずれが正しいということもないでしょうが、
私は関根様のスタイルを支持します。


=================================

◆NPO法人 企業内コーチ育成協会 代表理事 正田 佐与さま

         http://c-c-a.jp/

>  このほか「モヤモヤ」に関する記事、も興味ぶかく拝見しました。
>  関西での傾向か、
>  むしろ企業内研修では、具体的な変化を起こすような研修が
>  むずかしく、「モヤモヤ」だけを残す研修が好まれるような
>  気もするのですが…、


=================================

◆企業内研修講師の方 Fさま


> ○「キレイにまとめる研修」と「モヤモヤ感」
>  企業の中ではどちらの研修も必要なものですね。

>  弊社の例で云えば、

>   ゝ蚕儷軌蕕離轡好謄犒呂筌瓮鵐謄淵鵐昂呂賄えがハッキリしていない
>    と現場で役に立ちませんので、「キレイにまとめる研修」に属します。
>    というか、キレイにまとめスッキリさせないと研修をやった意味があり
>    ません。講師はしっかりテーチングする必要があります。

>   体験学習のように”気づき”を得させる研修の場合は、答えが一つと
>    は限らないので、人によっては「モヤモヤ感」が残るでしょうね。
>    私も受講生から「Fさんの研修はいつも答えがないですね」と言わ
>    れたことがあります。

>    日本の学校教育は正解を得させるものが多いので、受講生は何でも
>    手っ取り早く「答」を欲しがる傾向があります。

>    講師が言葉で教えても身に付かない(頭では理解しても)から体験す
>    る中で得心してもらうのが狙いですからね。
>    講師はラーニングさせる必要があります。

>    以前、ファシリティートレーニングで私もとても良い経験をしたことが
>    あります。この気づきは何十年経っても心の中に残っており、その時
>    の情景までがハッキリと記憶されています。

>    
> ○「脱 研修屋 しない宣言!」

>    関根さんの考えに共感を覚えます。
>    私のミッションは「人が私の研修を受けて喜び成長する姿を見て楽し
>    む」ことです。

>    講師として「これ以外に何の楽しみがあろうか」の思いで取り組んで
>    います。
>    私が実施している定型的研修(例:LM蠅痢屮僉璽愁淵襯好織ぅ觚
>    修」やTM研究所の「問題解決研修」)でも毎回何らかの工夫をして
>    います。
>    (関根さんの場合はオリジナル研修ですから余計そうだと思います)
>    
>    どの研修であれ、受講生とは一期一絵です。
>    今の時代の背景やニーズ、受講生の関心等に関連づけて、教材を
>    工夫したり、内容も対応も変えていくことで講師も進化いるのかな
>    と思います。    


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◆研修担当から現場MRに異動されたIさま


> 私も一大決心して本社を飛び出して、MRに戻り4ヶ月が経過しました。
> 実に17年振りの現場なので新鮮な気持ちで毎日走り回っています。
>
> 先生やその他の医療関係者の方々との面談に関しては、何の違和感も
> なく行えるのですが、営業管理システムが、私がかつてMRを行っていた
> 時と比べ、ガラッと変わってしまい(勿論、その間の変遷はあったのですが)、
> 浦島太郎状態です。周りの若いメンバーに聞きながら悪戦苦闘しらがら
> 内勤業務を行っています。
>
> また、赴任早々チームリーダーに任命され、予算管理や実績管理の仕事
> もあり、目まぐるしい日々が続いております。
>
> 実績は、何とか意地で伸ばしておりますが、担当交代後のお決まりのライバル
> 他社からのちょっかいも出されており、やられているところもあります。
>
> 自分としましては、目先の実績に踊らされずに、じっくりと先生方1人1人と
> 信頼関係を構築し、揺ぎ無い地盤を作っていこうと考えております。
>
> また、自分が正しいと思って研修課時代に続けてきたOPSも意識して活用して
> います。時間はかかりますが、やってきたことは間違いないことを証明したいと
> 思いますし、実践することによって得られる新たな気付きもこれからも吸収して
> いきたいです。
>
> そして、私の所属している支店のフロアには、私の所属営業所を含め
> 全部で5つの営業所があるのですが、約50名いるMRのうち、半数以上の者が、
> 私が研修で教えてきたメンバーです(いや〜びっくり!!)。
> しかも、私の営業所は私以外全員研修で教えてきたメンバーなので、日々プレッ
> シャーです(お手本のロールプレイやプレゼンは、先生方の前でやるより緊張しま
> す!)
>
> 正直、「しんどいなあ〜」と感じることもありますが、仲良くなった他社のMRからは、
> 「Iさん、いつも会うと楽しそうな顔してますよね。」とか、チームのメンバーから
> は「Iさんが来て、チームの雰囲気が変わりました。」などと言われております。
>
> そのような周りの皆さんの声を支えに、頑張っていこうと鞭打っています!!!


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◆リクルートエージェント 「ちゑや」女将 中嶋 由美様


> 真の研修屋の下りとても興味深く拝見致しました。
> 私たちの活動は、研修という言葉ではなく
> 全てLIVEと呼んでいますが、真の研修屋に込められた意味は
> とても共感出来るものがありました。
>
> 一緒に考えながら、結局は自ら乗り越えて行ってもらう
> そのための気づきや繋がりを少しでも多く生み出していけたらと思っています。


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◆企業内人材育成担当 T様


> 4月の送別会に参加した際、リーダー格の研修を受講した人の
> 言葉が忘れられません。

> 「Tさんの研修で人生が変わりました。本当にありがとうございました。」
> 歳のせいか涙もろくなってしまい、涙腺緩みっぱなしです。。。。。。

> 教育最高!研修万歳!ですね。
> 今後とも宜しくお願い致します。

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メールを下さった皆さん、ありがとうございました!

2009年08月02日

「脱 研修屋しない 宣言!」

09年7月31日(金)に、Learning Bar @ 東大

「脱 研修屋 宣言!?」に参加してきました。

(一参加者の視点はこちら ↓

 http://learn-well.com/blogsekine/2009/07/learning_bar.html )

今までにたまっていたモヤモヤ感のおかげで、帰りの電車の中で、
いくつもの考えが浮かんできました。


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まず、中原先生のラーニングBarは「1〜2歩先行く問題提起」なのでしょう。


「企業内人材育成」あるいは幅広く見て「社会に出た大人の学習」という観点から

・今後の方向性を示し

・“研修業界”に、凝り固まった頭をほぐし、刺激を与える

役割を担っているとも考えられます。


それは、大学の役割、公的な貢献という観点もあるのでしょう。

一研修講師の立場から見ると「特定のお客様がいない強さかも」と思う面もあります。


一研修講師、あるいは、研修ベンダーの立場から見ると、
お金を出して下さるお客様のことを忘れるわけにはいきません。


ドラッカー流にいえば「顧客の創造と維持」こそが企業の目的であり、
ランチェスター戦略流にいえば「顧客こそ粗利益の源泉」である。

簡単にいえば、「お客様にお金を出してもらわなければ、おまんまのくいあげ」
という状態にいるのが、民間研修会社だからです。


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私の場合、優先順位は次のようになっています。

1)家族 (彼女たちにとって、私の代わりはいないので)

2)お客様 (家族が生活できるのも、お客様あってのことなので)


つまり何かを考えるときに、この2つは外せないのです。

そう考えると、私はお客様に「1〜2歩先の問題提起」をするというよりも
お客様と「並走する」というのが、よりイメージに近いと思います。


「1〜2歩先の問題提起」は意識しながらも、
 お客様の状況を見ながら一緒に「並走」する。


それが、現時点での私の立ち位置なのかと思います。


逆に、聞きかじった「1〜2歩先の問題提起」で、お客様をへんに
躍らせることがないよう、地に足のついた提案をしていきたいと思っています。


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前段が長くなりましたが、本論の「脱 研修屋 しない 宣言!」に入ります。


これは、起業家としての自分のひねくれ根性かもしれませんが、

「皆が、脱研修屋を目指すなら、俺は“研修屋”を目指す」と考えます。


皆が目指す方向は横目で見ながら、自分独自の立ち位置を考える。

これは、まだ偉そうに言えないのですが、
起業家として生き残る際の一つの考え方だと思っています。


そもそも「研修屋」として確固たるものができていないのに
「脱 研修屋」で、脱ぎ捨てることはできないという面もあります。


まずは、研修という手法に磨きをかける。

まずは、「研修屋」として、徹底する。

これが、今時点での私の考えです。


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ただ、研修はあくまで「問題解決の手段」です。

手法の一つでしかありません。

今回のラーニングBarで取り上げられたように「問題定義」は重要です。

その「問題定義」に、人事教育担当そして、
我々外部教育ベンダーが関わることは必要です。


それが無い状態で「解決手段としての研修ありき」では、
確かにただの「研修屋」です。


しかし、問題定義がなされ、その解決手段として研修が選択されたときに、
しっかりとした研修ができないようでは、それも困ります。


その時に必要になるのが、真の「研修屋」なのでしょう。


もちろん、問題定義からからみ、解決手段として研修にもってくるという
やり方もあります。

(余談ですが、多くの研修ベンダーは、この道を選び、

 リサーチ→コンサルティング→トレーニング
 →リサーチ→コンサルティング→トレーニング 

 と、サイクルが回り続けるようツールを開発しています。)

以前、研修会社で仕事をさせて頂いていたときに、あるクライアント様の案件で、
コンサルティング会社のM社と組んだことがありました。


リサーチ、コンサルティングを、M社が担当し、出てきた問題に対して、
解決手段の一つとして、トレーニング(研修)があがりました。

そのとき「研修ベンダー」として選ばれたのが、当時属していた会社でした。

当時、M社には「研修屋」としてのノウハウは無かったのです。


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本来は「問題定義も支援できる研修屋」が、望ましい姿なのかもしれません。


なぜ、自分がそれほど「研修屋」にこだわるのか?


この業界に約10年いて、頭が「研修」という考えに
凝り固まっているのかもしれません。

研修が楽しく、好きだという面もあるでしょう。

もうひとつ、私自身は「研修はなくならない」と思っているからです。


良く出される話に

「eラーニングが出てきたときに、集合研修は必要性がなくなったと言われるが、
 そんなことはなかった」

という「集合研修 生き残り楽観論」のようなものもあります。


私自身は、「研修」の本質的な機能は、次の3点だと思っています。


1)与える場/もらえる場 (場=空間・時間・人間)

2)離れる場

3)集まる場


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1)与える場/もらえる場 


これは、昔からある研修のイメージかもしれません。

・何か新しい知識が得られる場が、研修

・講師からいろんな話が聞ける場が、研修

・会社が伝えたいメッセージが伝えられる場が、研修


研修嫌いの参加者でも、何か「もらえる」のは嬉しいようです。

・目からうろこ

・知らなかった知識が得られた

・他社事例やほかの人の考えが聞けて良かった

良くアンケートに書かれる意見です。


それに対して

・知っている内容ばかりだった

・得るものがなかった

・現場で使えない

という意見は、逆にいえば「何かもらえる場」と思って参加したのに、
もらえなかった不満と捉えることもできます。


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2)離れる場


これは、通常業務を「離れる場」としての研修です。

いわゆる「Off−JT:Off the job training」仕事を離れての研修という
位置づけです。


通常業務を離れるということですから、休憩時間以外は、

・電話がかかってこない

・メールを見る必要がない

・上司や同僚から声をかけられることがない

という状況になります。


こういうい状態の参加者にとって、「離れる場としての研修」は、
「落ち着いてじっくり考える時間を作る場」としての活用ができます。


普段仕事に追われて、じっくり考えられないようなことを考える。

・経験の整理

・内省、ふり返り

・今後の計画作り


普段、Doに追われているビジネスパーソンが、じっくりと
Check、Act、そして、Planを考えられる場、

それが「離れる場」としての研修です。


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3)集まる場


これは、参加者が「集まる場」としての研修です。

私自身は、前述した二つの機能「与える場・もらえる場」「離れる場」は、
もしかしたら、研修でなくても代替できると考えています。


・与える場/もらえる場 → eラーニングや書籍等の知識獲得手段

・離れる場 → 会議やアクションラーニング等、現場で行う活動
        (現場をあえて“離れない”ことに意義を見出す)


3つ目の機能「集まる場」としての研修は、
その強みを今後も発揮するのではないかと考えています。


集合研修という場で、人が集まることによって

・他者の話を聞いて「そういう見方もあるのかー」と自分の見方に変化が生じる

・他者に自分が話をすることで「俺、こんなこと考えていたんだ」と気づく


「変容学習」「経験学習」「批判的省察」「学習棄却」「対話」「協調学習」

集まる場だからこそ、行われる学習も多くあるでしょう。

集まる場としての研修で、講師は何をしているのか?

それは、「多数」に対する働きかけでしょう。

集まった人それぞれに、何らかの学習価値を提供できるのが、
真の「研修屋」ではないでしょうか。

「研修屋」は、

・人を集める 

・集まった人を満足させる


堤さんや、中原先生の言葉を借りれば

・人を集める (手配師初級、中級  事務局)

・集まった人を満足させる (手配師上級  教師)

ということなのかもしれません。


そして、この「真の研修屋」は、研修「前」と「後」にも関われる。

これは、言ってみれば「脱 研修屋」なのかもしれませんが、

「真の研修屋」を目指すのならば、逆に「前と後」は外せなくなります。


==================================


ところで、「人が集まる場」を作っている人たちは、どんな人たちなのでしょう。

・会議の招集をかける各部門マネジャー

・社員旅行、懇親会を呼び掛ける総務部

・そして、研修を主催する教育部


「人が集まる場」を、大義名分と共に作れるのが、
教育部門の強みなのかもしれません。


そして「人が集まる場」は、人が仕事をしていく上で
なくなることはないでしょう。


・いくら、IT化が進み

・在宅勤務が進んでも


人が集まる場は求められるでしょう。

そして「人が集まる学びの場」は、研修という形ではないことも多いでしょう。

・学びのサードプレース

・会議

・カフェ

・オフサイトミーティング

・飲み会

ただ、研修が「集まる場」としての形態を重視するならば、
生き残っていく可能性は高くなるかもしれません。


それだけ「人が集まること」それ自体に魅力があるからです。


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と、書きましたが「集まる場」は、前述したように研修以外にもあります。


先日(7月30日)リクルートエージェント社 事業戦略支援ユニット「ちゑや」

の店主と女将さんにお会いしました。


「ちゑや」の活動

http://japan.zdnet.com/sp/feature/09company/story/0,3800092607,20395872,00.htm


昼食時や、夕方以降の1〜2時間を使い、様々な趣向を凝らして、
人が集まる場を作っています。


研修部門以外の部署が「集まる場」を作っている好例です。

(08年のラーニングフォーラムでテーマとなっていた教育部門以外の部署に
 よる教育的活動とも近いですね 

  http://learn-well.com/blogsekine/2008/10/post_120.html )


社内コミュニケーション円滑化のために、このような部署が立ちあげられ、
実際に「人が集まる場」を作っている。


「集まる場」は、研修の強みと書きましたが、
そうとも言っていられなくなるかもしれませんね。


==================================


それでも、自分はまず「研修屋」を目指し、その次の段階で「真の研修屋」

つまり問題定義も支援でき、解決手段としての研修も適切に行い、
かつ、実施後のフォローもできる。

そんな「研修屋」を目指します。


それが「脱 研修屋」につながるのかもしれません。

2009年08月01日

「キレイにまとめる研修」と「モヤモヤ感」

中原先生のブログ記事(09年7月24日)「キレイにまとめる研修」

 http://www.nakahara-lab.net/blog/2009/07/post_1548.html

で出てくる研修講師は、おそらく私のことだと思います。

(どちらかというとネガティブな話なので、先生がご配慮くださっていますが)


先生が記事内で表現された講師ですと、

・この講師は、「導管モデル」を前提としている。

・「正しい答え」を、参加者に注入しようとしている。


しかし、先生の疑問として

・そもそも「正しい答え」が存在するのか?

・それを与えられた参加者の行動変容につながるのか?

・そもそも学びを促していない研修で、参加者満足度のアンケートをとっても
 意味がないのではないか?


読んだ当初は、正直ショックを受けました。


と同時に「言われてみれば、確かにそうかも」と思う点と、

「ちょっと誤解して伝わってしまったかな」と思う点もありますので、

先生が書かれた内容に関して、少し補足説明をさせて頂ければと思います。

=================================


私が関わる範囲内でのことかもしれませんが

企業内研修においては「モヤモヤさせない」ことが、重視されていると思います。


「モヤモヤさせない」というのは、例えば、

「あれもあって、これもあって、それもあって・・・」という講師の説明で、

参加者が「じゃー、一体なんなの!?」と思われる状態です。

この「モヤモヤ感」が、Good Learning であるということを、

慶應MCC 守島基博先生のセッション(09年6月18日)で学び、

私が担当させて頂いたセッション(09年7月9日)でも意図的にやってみました。

「意図的にやってみた」というのは、
今までの研修ではやっていないことだったからです。


かといって、それは研修中に参加者に「正しい答え」を
与えているという意味ではありません。


私も、ただ一つの「正しい答え」が存在するとは思っていません。


では、研修で伝えていること、モヤモヤ感を出さないようにするとは、
どういうことなのか?

それは

1)参加者/企画者が「言ってほしいこと」を言う

2)現場で実践すればおそらく「上手くいく確率の高いこと」を言う

3)最大公約数的に、多くの参加者が「納得できること」を言う


ということではないかと思います。


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1)参加者/企画者が「言ってほしいこと」を言う


まず、企業内研修においては、「目的と目標」があります。

・何のためにやる研修なのか?
 (そこには企画者が伝えたい意図がある)

・何を目指してやる研修なのか?
 (そこには参加者に到達してほしいと企画者が意図する状況がある)


その達成を目指して、我々外部講師は、研修を企画し、
例えば1日間の研修を運営します。

ですから、企画者の「意図」を踏まえ、彼らが「言ってほしいこと」を
代弁しようと努力します。

次に、参加者の立場から見ても「言ってほしいこと」があります。

例えば、

・皆、悩んでいること、不安に感じていることは一緒

・こういう風にやれば、だいたい上手くいく

・他社では、〜で上手くいっている。〜で上手くいっていない。


つまり、研修に参加している参加者の不安を解消し、
安心感を与えるという役割です。


「こうも言える。ああも言える」と「拡散」だけで終わらせるのではなく
何らかの形で「収束」を図ろうとする。

その収束の行きつく先が、企画段階で立てた「目的・目標」である、
ということでしょうか。


==================================

2)現場で実践すればおそらく「上手くいく確率の高いこと」を言う


「正しい答え」に関連して、今、小1の娘の宿題を手伝っていて、
感じることがあります。


学校時代の「答え」は、おそらく「結果」のこと、つまり、Whatである。

例)

 ・1+1=□

 ・□+3=10 

 ・誰が、言いましたか? □
 
  
  □にあてはまるものは何か?

それに対して、社会人が求める「答え」は、「解決方法」つまり、Howである。

 ・どうやれば上手くいくのか?

 ・どうすれば効率よくできるのか?

 ・どうすれば結果がでるのか?


その「解決方法」に、たったひとつの「正しい答え=正しいやり方」はない。

中原先生が、別のブログに書かれているように、

 http://www.nakahara-lab.net/blog/2009/07/post_1540.html

一般的なビジネス書は、その「答え」を提示しようとし
考えさせるビジネス書は「モヤモヤ感」がある。

研修においては「上手くいく確率の高いこと」=「いくつかの解決方法」という
提示の仕方をしています。


・理論的裏付けがあり

・他社でも実績が上がっていて

・伝えている講師自身の経験からも


「これを、現場で実践すれば、おそらく上手くいきますよ」という趣旨で伝えます。


==================================

3)最大公約数的に、多くの参加者が「納得できること」を言う

「モヤモヤ感」を起こさせないという点に関しての3つ目。


「集合研修」ですから、多数の参加者がいる中で、多くの参加者にとって
「納得できること」を言う努力をしています。

「確かに言われてみればそうだよね。」

「自分の経験に照らし合わせてみても、そうだ。」

「あるある!そういうこと」


それが「モヤモヤ感」を防ぐことにつながっていると思います。


逆に、

「いやー、なんか納得いかないなー。」

「そんなのうちの会社にはあてはまらないよ。講師の一般論じゃないの。」

「ないよ、そんなこと!」

と、参加者に思われたら、研修内容そのものに対する信頼性が失われます。


多くの参加者に納得して頂ける内容を伝える。これも講師の役割だと思います。


==================================


・・・と、ここまで、研修で「モヤモヤ感」を出さない、ということについて、

私が考えていることを述べました。

ただ、これも長岡先生の言う「企業側の視点」
「経営学の視点」なのかもしれません。

http://learn-well.com/blogsekine/2009/07/post_245.html


お金を出して、外部講師を使う企業側の教育担当者を
擁護しているのかもしれません。

それは、ひいては、外部講師の自分自身を正当化しているのかもしれません。


半面、「学習者の視点」ではどうか?

「モヤモヤ感」がないことが、本当に参加者にとってよいことなのか?


・慶應MCCで、参加者としての自分が感じたように「モヤモヤ感」があった方が
 実は、考えさせられること、学ぶことが多いのではないか。

・ラーニングBarに参加した後、電車の中で、どんどん言葉が浮かんでくる状態。
 これは「モヤモヤ感」があるからこそ、できることではないのか?

・慶應MCCで、自分のセッションで初めて「モヤモヤ感」を取り込んだ時、
 自分自身が感じた興奮、参加者の反応は何だったのか?

 同じことを同じように繰り返す研修ではなく、講師側にも刺激がある、
 あの形態が、本当の学びではないのか?

長岡先生が「研究者は常にモヤモヤしている」ということをおっしゃっていた。

きっとそうなのだろう。


ビジネスパーソンは「モヤモヤ」を好まない人が多いように思う。

・時間がない

・常に結果を出すことを求められている

・常に何かと競争している


そんなビジネスパーソンにとっては「モヤモヤ感」は知的刺激にはなるけれど

「結局、何なの?」「つまり、何?」「要するに、どういうこと?」「で?」

と、結論を急ぎたくなる人も多いのではないか?

そんなビジネスパーソンを相手にした企業内研修だから「モヤモヤ感」よりも

「言ってほしいこと・上手くいく確率が高いこと・納得できること」を

重視してしまっているのではないか?

でも、それが、参加者の「学び」を妨害しているとも考えられる。


他にも色々な選択肢があるかもしれないのに、
講師が伝えるいくつかの選択肢のみになってしまっているのかもしれない。

今でてくるまとめとしては、

・学習者として、私自身は「モヤモヤ感」を歓迎する

・企業研修講師として、研修内に「モヤモヤ感」を入れることは、
 一部においてはOKでも、まだどう入れていいのか分からない。

というのが正直な気持ちですね。

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余談ですが、

「上手くいく確率の高いこと」を研修で伝える。


正直、これは、講師にとっては楽なことです。

大変なのは、そこで伝えた内容を、実際に現場でやってみて上手くいかなかった
そういう状態で行う「フォロー研修」は、講師にとってきついのです。


つまり、大体のネタは、初期の研修で伝えている。
そのネタを使って、参加者が現場で実践して上手くいかなかったとする。


(上手くいかない原因は色々あると思います。

 ・使い方が悪かった

 ・使う相手、状況が、不適切だった

 ・たった1回の失敗で、あきらめてしまった

 これは、カークパトリックの4レベルで言うと「レベル3」の「実践度」に
 関する問題と関わってきます。)


そうすると「フォロー研修」では、そのやり方を伝えた講師に対する不信感から
始まるケースもあるのです。

「やっぱり研修で学んだことなんか、現場で使えない」

そういうネガティブな状態から、研修がスタートすることもありえるのです。


そういう意味で、講師にとって「フォロー研修」はタフですが、
やりがいもあります。


参加者のレベル3「実践」を支援するためにも、

例えばスキル系であれば「正しいスキルの使い方」を再点検する機会があると

より望ましいのかもしれません。


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(中原先生、色々と考えるきっかけを下さりありがとうございました!)