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「脱 研修屋しない 宣言!」

09年7月31日(金)に、Learning Bar @ 東大

「脱 研修屋 宣言!?」に参加してきました。

(一参加者の視点はこちら ↓

 http://learn-well.com/blogsekine/2009/07/learning_bar.html )

今までにたまっていたモヤモヤ感のおかげで、帰りの電車の中で、
いくつもの考えが浮かんできました。


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まず、中原先生のラーニングBarは「1〜2歩先行く問題提起」なのでしょう。


「企業内人材育成」あるいは幅広く見て「社会に出た大人の学習」という観点から

・今後の方向性を示し

・“研修業界”に、凝り固まった頭をほぐし、刺激を与える

役割を担っているとも考えられます。


それは、大学の役割、公的な貢献という観点もあるのでしょう。

一研修講師の立場から見ると「特定のお客様がいない強さかも」と思う面もあります。


一研修講師、あるいは、研修ベンダーの立場から見ると、
お金を出して下さるお客様のことを忘れるわけにはいきません。


ドラッカー流にいえば「顧客の創造と維持」こそが企業の目的であり、
ランチェスター戦略流にいえば「顧客こそ粗利益の源泉」である。

簡単にいえば、「お客様にお金を出してもらわなければ、おまんまのくいあげ」
という状態にいるのが、民間研修会社だからです。


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私の場合、優先順位は次のようになっています。

1)家族 (彼女たちにとって、私の代わりはいないので)

2)お客様 (家族が生活できるのも、お客様あってのことなので)


つまり何かを考えるときに、この2つは外せないのです。

そう考えると、私はお客様に「1〜2歩先の問題提起」をするというよりも
お客様と「並走する」というのが、よりイメージに近いと思います。


「1〜2歩先の問題提起」は意識しながらも、
 お客様の状況を見ながら一緒に「並走」する。


それが、現時点での私の立ち位置なのかと思います。


逆に、聞きかじった「1〜2歩先の問題提起」で、お客様をへんに
躍らせることがないよう、地に足のついた提案をしていきたいと思っています。


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前段が長くなりましたが、本論の「脱 研修屋 しない 宣言!」に入ります。


これは、起業家としての自分のひねくれ根性かもしれませんが、

「皆が、脱研修屋を目指すなら、俺は“研修屋”を目指す」と考えます。


皆が目指す方向は横目で見ながら、自分独自の立ち位置を考える。

これは、まだ偉そうに言えないのですが、
起業家として生き残る際の一つの考え方だと思っています。


そもそも「研修屋」として確固たるものができていないのに
「脱 研修屋」で、脱ぎ捨てることはできないという面もあります。


まずは、研修という手法に磨きをかける。

まずは、「研修屋」として、徹底する。

これが、今時点での私の考えです。


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ただ、研修はあくまで「問題解決の手段」です。

手法の一つでしかありません。

今回のラーニングBarで取り上げられたように「問題定義」は重要です。

その「問題定義」に、人事教育担当そして、
我々外部教育ベンダーが関わることは必要です。


それが無い状態で「解決手段としての研修ありき」では、
確かにただの「研修屋」です。


しかし、問題定義がなされ、その解決手段として研修が選択されたときに、
しっかりとした研修ができないようでは、それも困ります。


その時に必要になるのが、真の「研修屋」なのでしょう。


もちろん、問題定義からからみ、解決手段として研修にもってくるという
やり方もあります。

(余談ですが、多くの研修ベンダーは、この道を選び、

 リサーチ→コンサルティング→トレーニング
 →リサーチ→コンサルティング→トレーニング 

 と、サイクルが回り続けるようツールを開発しています。)

以前、研修会社で仕事をさせて頂いていたときに、あるクライアント様の案件で、
コンサルティング会社のM社と組んだことがありました。


リサーチ、コンサルティングを、M社が担当し、出てきた問題に対して、
解決手段の一つとして、トレーニング(研修)があがりました。

そのとき「研修ベンダー」として選ばれたのが、当時属していた会社でした。

当時、M社には「研修屋」としてのノウハウは無かったのです。


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本来は「問題定義も支援できる研修屋」が、望ましい姿なのかもしれません。


なぜ、自分がそれほど「研修屋」にこだわるのか?


この業界に約10年いて、頭が「研修」という考えに
凝り固まっているのかもしれません。

研修が楽しく、好きだという面もあるでしょう。

もうひとつ、私自身は「研修はなくならない」と思っているからです。


良く出される話に

「eラーニングが出てきたときに、集合研修は必要性がなくなったと言われるが、
 そんなことはなかった」

という「集合研修 生き残り楽観論」のようなものもあります。


私自身は、「研修」の本質的な機能は、次の3点だと思っています。


1)与える場/もらえる場 (場=空間・時間・人間)

2)離れる場

3)集まる場


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1)与える場/もらえる場 


これは、昔からある研修のイメージかもしれません。

・何か新しい知識が得られる場が、研修

・講師からいろんな話が聞ける場が、研修

・会社が伝えたいメッセージが伝えられる場が、研修


研修嫌いの参加者でも、何か「もらえる」のは嬉しいようです。

・目からうろこ

・知らなかった知識が得られた

・他社事例やほかの人の考えが聞けて良かった

良くアンケートに書かれる意見です。


それに対して

・知っている内容ばかりだった

・得るものがなかった

・現場で使えない

という意見は、逆にいえば「何かもらえる場」と思って参加したのに、
もらえなかった不満と捉えることもできます。


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2)離れる場


これは、通常業務を「離れる場」としての研修です。

いわゆる「Off−JT:Off the job training」仕事を離れての研修という
位置づけです。


通常業務を離れるということですから、休憩時間以外は、

・電話がかかってこない

・メールを見る必要がない

・上司や同僚から声をかけられることがない

という状況になります。


こういうい状態の参加者にとって、「離れる場としての研修」は、
「落ち着いてじっくり考える時間を作る場」としての活用ができます。


普段仕事に追われて、じっくり考えられないようなことを考える。

・経験の整理

・内省、ふり返り

・今後の計画作り


普段、Doに追われているビジネスパーソンが、じっくりと
Check、Act、そして、Planを考えられる場、

それが「離れる場」としての研修です。


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3)集まる場


これは、参加者が「集まる場」としての研修です。

私自身は、前述した二つの機能「与える場・もらえる場」「離れる場」は、
もしかしたら、研修でなくても代替できると考えています。


・与える場/もらえる場 → eラーニングや書籍等の知識獲得手段

・離れる場 → 会議やアクションラーニング等、現場で行う活動
        (現場をあえて“離れない”ことに意義を見出す)


3つ目の機能「集まる場」としての研修は、
その強みを今後も発揮するのではないかと考えています。


集合研修という場で、人が集まることによって

・他者の話を聞いて「そういう見方もあるのかー」と自分の見方に変化が生じる

・他者に自分が話をすることで「俺、こんなこと考えていたんだ」と気づく


「変容学習」「経験学習」「批判的省察」「学習棄却」「対話」「協調学習」

集まる場だからこそ、行われる学習も多くあるでしょう。

集まる場としての研修で、講師は何をしているのか?

それは、「多数」に対する働きかけでしょう。

集まった人それぞれに、何らかの学習価値を提供できるのが、
真の「研修屋」ではないでしょうか。

「研修屋」は、

・人を集める 

・集まった人を満足させる


堤さんや、中原先生の言葉を借りれば

・人を集める (手配師初級、中級  事務局)

・集まった人を満足させる (手配師上級  教師)

ということなのかもしれません。


そして、この「真の研修屋」は、研修「前」と「後」にも関われる。

これは、言ってみれば「脱 研修屋」なのかもしれませんが、

「真の研修屋」を目指すのならば、逆に「前と後」は外せなくなります。


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ところで、「人が集まる場」を作っている人たちは、どんな人たちなのでしょう。

・会議の招集をかける各部門マネジャー

・社員旅行、懇親会を呼び掛ける総務部

・そして、研修を主催する教育部


「人が集まる場」を、大義名分と共に作れるのが、
教育部門の強みなのかもしれません。


そして「人が集まる場」は、人が仕事をしていく上で
なくなることはないでしょう。


・いくら、IT化が進み

・在宅勤務が進んでも


人が集まる場は求められるでしょう。

そして「人が集まる学びの場」は、研修という形ではないことも多いでしょう。

・学びのサードプレース

・会議

・カフェ

・オフサイトミーティング

・飲み会

ただ、研修が「集まる場」としての形態を重視するならば、
生き残っていく可能性は高くなるかもしれません。


それだけ「人が集まること」それ自体に魅力があるからです。


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と、書きましたが「集まる場」は、前述したように研修以外にもあります。


先日(7月30日)リクルートエージェント社 事業戦略支援ユニット「ちゑや」

の店主と女将さんにお会いしました。


「ちゑや」の活動

http://japan.zdnet.com/sp/feature/09company/story/0,3800092607,20395872,00.htm


昼食時や、夕方以降の1〜2時間を使い、様々な趣向を凝らして、
人が集まる場を作っています。


研修部門以外の部署が「集まる場」を作っている好例です。

(08年のラーニングフォーラムでテーマとなっていた教育部門以外の部署に
 よる教育的活動とも近いですね 

  http://learn-well.com/blogsekine/2008/10/post_120.html )


社内コミュニケーション円滑化のために、このような部署が立ちあげられ、
実際に「人が集まる場」を作っている。


「集まる場」は、研修の強みと書きましたが、
そうとも言っていられなくなるかもしれませんね。


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それでも、自分はまず「研修屋」を目指し、その次の段階で「真の研修屋」

つまり問題定義も支援でき、解決手段としての研修も適切に行い、
かつ、実施後のフォローもできる。

そんな「研修屋」を目指します。


それが「脱 研修屋」につながるのかもしれません。

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