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2009年10月31日

「リーディングス・ネットワーク論〜家族・コミュニティ・社会関係資本」


「リーディングス・ネットワーク論〜家族・コミュニティ・社会関係資本」

野沢 慎司

○著名なネットワーク論文がいっぺんに読める。
 ネットワーク論って、面白い!


(・引用/要約 ○関根の独り言)


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●序 ネットワーク現象としての社会


・ネットワークが、科学の新しい理論展開を導く重要概念として大きな注目を
 集めている。

 科学のパラダイム転換にとって、世界を「ネットワーク」という観点から
 眺めることが決定的に重要。

○新入社員の成長も、ネットワークという概念で説明できるかも。


・ネットワーク分析は、面白そうだけど、小難しくて近づきにくいとみなされ
 敬遠されてきた。

・本書に出てくる7つの論文を通読するだけで、ネットワーク論が開拓してきた
 新しい視界とその展開をざっくりと捉えることができる。

○こういう本の存在はありがたいよなー。他の学問分野にもあればよいのに。
 「レビュー論文」というのがそれにあたるのかな。


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●ノルウェーの一島内教区における階級と委員会

  J.A.バーンズ


・集団の一員であるということは、様々な時と場所において、その人がどう
 行動するかを規定している。

・社会的な場のことを「ネットワーク」と呼ぶのが便利と考える。

・(この地域での)社会的ネットワークは、お互いを社会的にほぼ対等だと
 みなしている二人の人間の間にある紐帯によって構成されるシステム。

・(本論文では)階級差がほとんどない、ほぼ対等な地位にある二者間の
 関係ネットワークという観点から、社会階級を捉えてみたい。

・(この地域では)親族、友人、知人関係に目を向けると見えてくる二者間の
 社会的紐帯からなるネットワークが存在すると言える。

・ヒエラルキー的に組織された外部システムが存在すると同時に、内部システム
 の方は、友人や知人によるネットワークで構成されていると言える。

・この地域には、島の首長と呼びうるような人物がいない。
 (その代わりに)「委員会による統治」が行われている。


・バーンズのこの論文で「ネットワーク」という概念が明確に定義づけられ
 社会構造、社会階級、政治過程を記述し分析する道具として初めて使用された。

・ネットワーク=関係の配置状況

・集団や組織という従来の概念ではとらえられない関係構造を発見

・この島に見られた独自の「背後からのリーダーシップ」は、日本の町内会などに
 特徴的な政治文化をほうふつとさせる。

○日経春秋のいつかに、日本の民俗学者?が、村の意思決定の様子を、
 3日3晩の話し合いで行っていると報告した内容があった。

 全員による合意形成、和を尊ぶ、
 目立ち過ぎない、名士の顔をつぶさない(特に田舎だと)

 日本社会に固有なネットワーク形態もあるのかな。


 「閉鎖的」だからこそ「隙間」をつなぐ人間が重宝がられる。
 あるいは、村の調和を乱す異分子として、排斥される(村八分?)

 地域を変えるのは「若者、よそ者、バカ者」

 今いる地域のネットワークと、俺が関わるネットワークをつなぐことができれば。
 何かできるかも。


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●都市の家族 〜夫婦役割と社会的ネットワーク

  エリザベス・ボット


・夫婦役割分離度における差異という点がこの論文の中心テーマ

・合同的な夫婦役割関係と分離的な夫婦役割関係

○うちの夫婦はどっちかなー。

 自営業だし一緒に活動することは多いけど、家庭内の役割は分化している。
 両方の要素がありそうだけどなー。


・家族が外部に持っている友人、知人などとの実際の関係に注目した。

 それは組織化された集団(organized group)ではなく、ネットワーク(network)
 という形態をとっているように見えた。

○ネットワークという概念は、組織との比較から生まれたのかな。
 組織では説明できない人の関係図。


・ネットワークの結合度(connectedness)には多様性が見られた。

・夫婦役割の分離度は、ネットワークの結合度と関連していることが明らかになった。
 分離的な夫婦は、高度に結合したネットワークをもっていた。
 合同的な夫婦は、分散したネットワークをもっていた。

・データ収集の方法は、フィールドワーク法と事例研究法とを組み合わせたもの。
 統計的な手続きは使用していない。


・近所の人と関係をもつことを拒絶すれば変な人だと思われ、次第に孤立する。
 うわさ話の無いところに、仲間はいない。

○高度に結合したネットワークだと、お互い相手をよく知っているからこそ、
 安心して分離した活動が夫婦でとれるのかな。
 
 「あいつがどこに行って誰と話しているか、俺はよく分かっている」という状態。


・分散したネットワークと結びついた合同的な夫婦役割関係

・転居を経験、近所の人とは一定の距離

○この辺は、うちの夫婦にも当てはまる。


・自分は気が進まないのに、相手からは色々と好意的な配慮を受けるという
 わずらわしさに巻き込まれるリスク

○これはあるよなー。ロンドンでも一緒なんだなー。


・子供に縛られていると感じており、子育てにつきものの面倒な仕事のくり返しから
 逃れられないことにうんざりしていた。

 ほとんどの妻たちが、孤立感、倦怠感、疲労感を訴えていた。

○これはあるよなー。日本の多くのお母さんたちも同じような状況にある?
 周りは助けてくれない。自分だけが抱え込む。


・夫婦の役割分離度は、職業階層だけでは説明できない。

○これがこの著者にとっての「仮想敵」だったんだろうな。

 俺の論文の場合は? 指導員の指導力のみが、新人の成長と関係があるとする論調?
 
 指導員の周囲の協力の度合いが、新人の成長と正の関係を持つ。
 これを明らかにしたい。


・(都市の夫婦にとって)外部関係は、空間と時間の両面において非連続的。
 連続性があるとすれば、夫婦相互の関係にある。

○これはうちの夫婦にあてはまるなー。

 18歳で付き合い始め、色々な場所を転々としながら、一緒に暮らしてきた。
 外部関係は色々と変わってきたけれど、夫婦関係は連続している。

・家族の外部には、頼りになる物質的、情緒的援助源が存在しない。


・都市の家族を「孤立した」ものとして描き出すのは間違っている。しかし
 都市の家族は組織化された集団に包括されているのではない、というのは正しい。

・都市の家族は、より閉鎖的なコミュニティ(高度に結合したネットワーク)の家族
 に比べて、より高度に個化している(more highly individuated)と言える。

 高度に結合したネットワークをもつ家族は、個化の程度が少ない。


・ネットワーク結合度は、部分的には夫の職業に依存している。

○確かにそうだよなー。地元に勤めれば、高度に結合したネットワークに
 取りこまれるだろう。

 俺は、東京のお客さんを対象に仕事をしているから
 ネットワークは分散したものとなりやすい。


・社会移動の激しい家族はネットワーク結合度は低くなるが、それは物理的に移動
 するからというだけでなく、古い社会的紐帯を切り捨て新たな関係を築きやすいから。

○「古い社会的紐帯を切り捨て」これに対する罪悪感みたいなものを、俺はもってるのかも。

 自分の付き合う人が変わっていくたびに、以前の人たちとの関係が薄まっていく。

 高校時代、留学時代、1社目、2社目、起業初期、現在、今後(大学院入学後)

 でもそれは仕方ないのかなー。
 新しい環境、新しい関係の中でもがいているうちに、どうしても疎遠になってしまう

・ボットは、夫婦関係を孤立した世帯内で形成されるものではなく、それを取り巻く
 ネットワークから影響を受け変化するものであることを発見した。

○そういえば、この論文を読んだ後に、ちょっと夫婦喧嘩をしたっけな。


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●小さな世界問題 

  スタンレー・ミルグラム


・It's a small world. 小さな世界だね。

○世間は狭い。


・世界中の人間の中から、XさんとZさんという二人を取りだしたとき、両者を
 媒介する知人を何人連結すれば、この二人がつながるか

・人は誰でも500人の人間を知っていると仮定できる。
 MITの大学院生であったマイケル・グレビッチ博士が調べた結果。

・5人の媒介者 二人をつなぐ 「6次の隔たり six degrees of separation」

○神田昌典さんは、起業時には「6人」の協力者が現れると書いていたっけな。


・私たちは誰もが「小さな世界」の構造に埋め込まれている。

・広範囲の社会領域と接触しようとするときに、他の人よりも特に役立つ知人という
 ものが存在する。

○これはあるかも「顔の広い知人」
 この人に聞けば、より広いネットワークにつなげてくれる。


・鍵を握る連結。外部世界との間の主要な媒介点となる人物。
 特に人気を集める一部の経路を通じて連鎖が伝達される。


・日本でも追試実験が行われ、ミルグラムの実験と似たような結果を導いている。


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●弱い紐帯の強さ

  マーク・S・グラノヴェター


・たいていのネットワークモデルは「強い紐帯」を扱うことを暗黙の前提としている。

○これがこの論文の「仮想敵」かな。

・「弱い紐帯」に着目すれば、集団間の関係をについて論じたり、第一次集団とは
 言い難い部分を分析できるようになる。


・小規模な相互作用の一側面である個人間の紐帯(interpersonal ties)の強さ 
 だけに、視野を限定する。


・三者関係(triad)を検討。

 AさんとBさん、AさんとCさんの間に、強い紐帯があれば、
 BさんとCさんの間にも紐帯が常に存在すると仮定する。

 BさんとCさんの間に、紐帯がないという関係はあり得ない。→禁じられた三者関係


・もともと人気がなかったイノベーションが、弱い紐帯を持たない人々に広められて
 しまうと、少数のクリーク内に留まり、いわば死産となる。

○他に伝播していかない。弱い紐帯が、別の集団との間をつなぐもの?
 強い紐帯は、高度に結合したネットワークとなる為、範囲が狭まってしまう?


・黒人と白人という異人種間の弱い紐帯は、社会的距離を乗り越えて橋渡しをする
 上でより効果的と思われる。

・より多くの人にたどり着くには、弱い紐帯の方が有利という筆者の主張。

・弱い紐帯に連結している人々は、自分自身の交際圏とは異なる交際圏に参入している
 可能性が高く、それゆえ自分が入手している情報とは異なる情報に接している。

・弱い紐帯は社会移動の機会をもたらす重要な資源。

○有利な転職をするためには、弱い紐帯を持つ人の情報を重視するという話は
 ここから来るのかな。


・業界内の様々な小会合や大会議によって弱い紐帯を維持することができる。


・人々がマスメディアの情報に反応して行動するのは、その情報が個人的な
 紐帯からも伝わってきたような場合に限られる(Katz and Lazarsfeld 1962)

○口コミの信頼性?


・特定の集団内部に集中する傾向にある強い紐帯よりも、弱い紐帯の方が
 異なる小集団の成員同士を連結する可能性が高い。

○きっと、かといって、弱い紐帯しかもっていない人は弱いんだろうな。

 自分が強い紐帯をもつ集団にもしっかり属しながら、外の異集団とも接点がある。
 それがないと、どっちつかずになるのかも。

 中原先生のゼロックス社との調査にも似たような結果があったかも。
 外部との関係を重視し、社内のかかわりが薄い社員のモラールは下がる。


・弱い紐帯は、個人が機会を手に入れる上で、またその個人がコミュニティに統合
 される上で、不可欠のもの。

 強い紐帯は、局所的に凝縮した部分を生み出すがゆえに、全体を見渡せば
 断片化をもたらす。


・転職者に、現在の職について教えてくれたのは友達かと尋ねると「友人じゃない、
 知り合いだ」と言われることが多かった。それがこの論文を書くきっかけとなった。

・グラノヴェターの理論は、社会一般に受け入れられている。
 
 社会統合には、弱い紐帯の方が機能的優位性を持つ。

 強い紐帯はクリークを形成しやすく、集団間をつなぐ最短経路である
 「局所ブリッジ」になれない。

 分化した社会の統合においては、弱い紐帯が大きな役割を果たす。

・日本では「強い紐帯」が転職に効果を及ぼすことがわかった。

○これはあるかもなー。村社会の日本だからかな。

 全くの異分野での転職(強い紐帯がない状態)は難しいのかな。
 今度、リクルートエージェントさんとの飲み会で聞いてみよ。


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●コミュニティ問題 〜イースト・ヨーク住民の親密なネットワーク

  バリー・ウェルマン


・コミュニティ喪失論、存続論、解放論の3つの学説を検討する。

・本論文での調査結果は、解放論を支持する結果となった。

・地域を基盤とした連帯的な行動や感情がほとんど観察されない場合には、
 コミュニティは衰退しているのだと安易に想定された

・コミュニティ喪失論は、社会における分業体制が、コミュニティの連帯を
 衰弱させてきたと主張する。

・コミュニティ存続論は、そもそも人間は群れ集うことが好きで、どのような
 環境のもとでもコミュニティを組織しようとするのだと考える。

・コミュニティ解放論は、第一次紐帯が光に編まれた単一の連帯へと束ねられて
 いるのではなく、まばらに編まれ空間的に分散し、枝分かれした構造をもつと主張

・(イーストヨーク住民の)親密な関係はひと固まりの連帯をなしているのではなく
 分化したネットワークとなっている点で、コミュニティ解放論の主張にあてはまる

・相手から援助が得られるかどうかは、個々の関係の質に規定されるのであって、
 構造的な連帯の程度に影響されるのではない。

・近隣や同僚のような弱い紐帯には、あまり多くのことを頼るわけにはいかないのが
 普通だ。しかし弱い紐帯は、社会的な同質性に基づく強い紐帯に比べて、多様な
 資源に接近する間接的な回路となりやすい。

・都市に暮らす者にとっては、空間的、社会的に枝分かれしたネットワークを持つ
 ということは、連帯の中に保護されていては入手できない専門分化した多様な
 資源を手に入れるための有効な手法となっている。

○これはあるよなー。俺も独立前、独立後に出会ってきた人たちに
 メールでの報告、相談を行ってきて、それが今のネットワークにつながっている。

 何かあったら、相談できる関係を作れているのは大きいのかも。


・ネットワーク分析は、関係構造に焦点を定めた分析視角である。
 関係が構造化されているパターンに注目。

○この論文の注に出てくる質問は参考になりそう。


・本論文の最大の貢献は、それまでの都市コミュニティ研究分野における成果の蓄積
 を「コミュニティ問題」に対する3つの解答群として再定義した点。

・パーソナルネットワークという概念がコミュニティ解放論を導くための方法論的基盤

・現代人の住むコミュニティは、個人を中心に置き、その重要な人間関係
 (第一次的紐帯)の全体像をとらえることで、精確に捉えることができると主張。


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●人的資本の形成における社会関係資本

  ジェームス・S・コールマン


・社会関係資本(social capital)という概念を導入し説明する。

・社会的行為の記述に関する2つの知的潮流

 1)社会学者

   行為者は社会規範、規則、恩義によって社会化され、支配される

 2)経済学者

   行為者は独立し、功利性を最大化するという原則を持って行為する

・この2つの潮流に対する批判と修正の試みをまず概観する

・社会学的潮流では、行為者は「行為のエンジン」を持たない。
 行為が完全に環境の所産であるとする。

○ネットワーク分析で言われている考え方もこれなのかな。

 周囲が、俺の行動を、決めている?

 これは「まーそうかも」と思う反面「ほんとかな」とも思っている。


・ベーカーは、高度に合理化された先物取引市場でさえ、トレーダー間に関係が 
 発展し、それが維持され、取引に影響を与える様を示した。

○人間関係が、仕事に影響する?


・個人の資源としての社会関係資本

・ダイヤモンド卸商の観察から、親しい紐帯(close ties)は、市場における取引を
 促進するのに必要な保証を与えることが分かった。

 盗んだり裏切ったりすれば、コミュニティの紐帯を失うことになる。
 紐帯の強さによって、取引が可能になり、信頼が当たり前のこととされ、
 商売が容易に行える。

○これは確かにあるかもな。信頼している相手同士だから仕事がしやすい。

 法人企業との取引においても、長く付き合えるほど、他に替えなくなる。

 いわばスイッチングコストが高くなるということだが、これはまた新たな相手と
 信頼関係を築いていく時間と労力のコストも関わってくるのかも。


・アメリカの都会では存在しないような社会関係資本を、エルサレムでは利用できる。

○日本でも都会には存在しないけど、田舎には存在する親しい紐帯があるかも。

 ただ、閉鎖されたコミュニティだからこその大変さもある。
 この辺りは最後の論文でも触れられるところかもな。


・物的資本、人的資本が、生産活動を促進するように、社会関係資本も
 生産活動を促進する。

 信頼性(trustworthiness)や信頼(trust)が内部に多く偏在している集団は、
 そうでない集団よりもずっと多くのことを成し遂げる。

・アメリカにおいて職業移動を達成するためには、インフォーマルな社会的資源が、
 いかに役立っているかが、リンによって示された。

・個人にとって役に立つ資本的資源となりうる社会的関係とはいったい何であるのか。

・ゴッドファーザーは、様々な恩義を保有し貸しを作ってあるおんで、何かやって 
 もらいたいことがあれば、いつでも支払いを要求できる。


・閉鎖性が、社会構造への信頼性を生み出す。

・子供と親との関係が強くなければ、社会関係資本は不足することになる。

・子供の成長にとって価値ある社会関係資本は、家族の外部にも見出すことができる

・学校を取り巻く親たちのコミュニティが、子供たちの教育達成にとって重要


・社会関係資本には、公共財的な側面もある。

 ある家族がコミュニティから転居するのは、その家族にとっては正しくても、
 コミュニティにとっては大きな損失となる。

○これは、俺が後援会長をしていた保育園を引越でやめることにも言えるよなー。

 なるべく今もOBとしては関わってはいるけど、コミュニティは抜けた感じだもんな。


・社会関係資本の3形態
 1)恩義や期待 2)情報流通可能性 3)制裁を伴う規範


・コールマンは、社会構造の閉鎖性の役割を重視。

○閉鎖したコミュニティだからこそ、社会関係資本が生まれる、ということ?


・バートの構造的隙間論は、社会構造の開放性を重視する。


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●社会関係資本をもたらすものは構造的隙間かネットワーク閉鎖性か

  ロナルド・S・バート


・社会関係資本を創りだすと論じられてきた2種類のネットワーク構造を扱う

 1)ネットワーク閉鎖論

  社会関係資本は、相互に強く結合した要素間のネットワークから創出される

 2)構造的隙間論

  分離している部分間を唯一自分だけが仲介(broker)し結合できるような
  ネットワークによって社会関係資本が創出される

・構造的隙間(structual holes)が社会関係資本をもたらす

・ネットワーク閉鎖論と構造的隙間論の矛盾は解消可能。


・社会関係資本という概念は、何らかの優位な立場がもたらされた状態を
 比喩的に表現していると言ってよいだろう。

・人的資本(human capital)という考え方に基づいて不平等を説明すれば、
 成功する人は「有能な人」であるということになる。

・社会関係資本(Social capital)では、文脈を重視する。
 成功している人は、何らかの形で他の人々と「上手く結合している人」である。

○これは面白いなー。確かにそうかも。

 起業して上手くいっている仲間は、本人の能力もあるが、
 周囲の人に恵まれていると思う。


・コールマンは、社会関係資本を社会構造が優位な状態を生み出す機能と定義。

・よりよい結合をしている人たちは、多くの報酬を手にすることができる。


・「よりよい結合」とは何か? ここで意見が分かれ始める。

・情報は、集団間に流通するよりも前に、集団内部で流通する。

・構造的隙間論は、社会関係資本を、仲介者になる機会(broakerage opportunity)
 と捉える。

・社会組織上の交叉点に位置しており、各組織がどんな活動をしているのかについて
 いち早く知ることができる。

○こういう立場に立てると強いよな。

 周囲から見ると、嫌な言い方だけど「利用価値」がある人間となれるし、
 「付き合うと得する奴」と見られる。

 俺たち起業家も、意図的にこの位置を取ろうとするかも。
 今の俺は、研修業界、お客様企業、大学院、地域の交叉点に立とうとしている。


・構造的隙間は、制御という意味でも有利な位置にある。

・構造的隙間から制御利益を得るのは「漁夫の利」であり、他者間のつながりを
 仲介することによって利益を得ること。

・不確実性がもたらす緊張。

・構造的隙間に富んだ接触相手のネットワークをもった人というのは、高い報酬を
 得られる機会を良く知っており、それに手が届きやすくコントロールできる人。

・起業家とは、構造的隙間に個人間ブリッジを架けることに長けた人々。

○これはそう思う。集団と集団の間をつなぐ役割に立てると強い。
 双方の情報が入るのと、双方から重宝がられること。

 多くの研修会社はこのビジネス形態かも。企業と講師の間をつなぐ。

 怖いのは、中抜きされることかも。二つが直接結びつく。
 

・起業家は、お金のかからない解決の段取りを用意し、市場が分断されていて
 ブリッジをかける価値がある狭間を見つけて、それをつなぐ役割を果たす。


・閉鎖性のある緊密なネットワーク

・グラノヴェターは、共通の友人がいる人々同士は、制裁の恐れが生じるために、
 その間に信頼が生まれやすいと論じている。

・本研究で行った調査では、構造的隙間が、社会関係資本の源泉であると言える。


・しかし閉鎖性にも重要な役割が残っている。

・出力レベルが高いのは、研究者が多様で異質な人口集団から集められおり、
 かつユニット内部においても緊密なコミュニケーションネットワークが存在する場合

・構造的隙間を仲介することによってもたらされる社会関係資本は、集団内に
 ネットワーク閉鎖性が存在する集団にとって価値が高い。

○緊密でない集団にとって、他集団との結びつきはあまり意味がない?


・構造的隙間を橋渡しする外部ネットワークをもった集団は大きな成果をあげる
 ことを、最近の研究結果は示している。

・構造的隙間とネットワーク閉鎖性は、組み合わせることが可能。

○まずは、自集団内に緊密なネットワークを作り、まずは閉鎖性を保つ。
 その上で、外部集団とのネットワークを橋渡しする仲介者を活躍させる。

 そんな感じなのかな。

・構造的隙間が社会関係資本の恩恵をもたらす前提として、実は集団の凝集性、
 閉鎖性が重要。

・集団に連帯性がなければ、良い結果は出せない。しかし、その中にひきこもって
 外に目を向けなければ大きな飛躍は望めない。

○中原先生の「他者とのかかわり」研究や荒木先生の「越境」とも関連するのかも。


○バートさんの論文は、気持ちいいなー。批判しつつ活かす。


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「創造の方法学」

「創造の方法学」

  高根正昭



○研究の組立方。私のような初心者がまず読むべき本。
 早く研究を始めたくなる。


(・引用/要約 ○関根の独り言)

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●方法論への道〜知的創造とは何か


・組織的な読書を学生に要求するということは、教授にとっても、
 大きな努力を要求することになる。

・その分野における古典と、最新の文献とを含んだ選り抜きの
 文献目録でなければならない。

○今回、中原先生から「Yonda?リスト」をもらっているのは、幸せなことだよな。


・明治以来の日本の学問は、西洋における学問の成果の輸入を、
 主要な仕事としてきた。

・アメリカの学界では、何か新しい知識を既存の知識体系に、
 付け加えなければならない。

・組織的な読書とは、知的生産の基本的な準備に他ならない。

○今、リストの文献を読んでいるのは、まさにこの準備だな。

 近道はない。これが王道。千里の道も一歩から。
 まずは、巨人を知る。


・アメリカでは、模倣ではない独自の意見をもつことが求められる。


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●問題をどうたてるか〜原因を考え問題を整理する


・社会学では、どの現象が「原因」で、どれが「結果」であるか、
 実験のように明確に規定できない場合が多い。

・説明(explanation)の方が、記述(description)より、一段と高度な研究。

・「記述」に対して「説明」は、「なぜ」」という疑問を発して、「結果」として
 扱われる現象と、その「原因」となる現象とを、論理的に関係させようとする。

○新入社員の成長(何をもって成長をはかるか)という「結果」と、
 その「原因」としての「ネットワークの密度」

 他にも原因はあるかもしれないが、この関係について、
 まずは見ていきたい。


・研究の課題を「結果」としてとらえるところから出発して、
 その現象を生み出す「原因」にさかのぼり「原因」と
 「結果」との論理的な関係を設定するところに「仮説」 が成立する。

・仮説の複合体を「モデル」という。

 研究上のモデルは、現実の社会関係の特徴を示した模型

・まずは問題を設定する。次にその現象を引き起こす「原因」をかんがえる。

 問題に対する「原因」が明らかになったら「原因」と「結果」との間に、
 論理的な関係を設定する。

○俺の場合は、

 問題:新人が育つ職場と育たない職場の違い
 原因:職場メンバーのネットワーク密度
 関係:ネットワーク密度が薄いと、新人が育たない

 となるのかな。まだまだ考える必要があるで。


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●理論と経験とをつなぐ〜具体的証拠を集める


・人間が「頭の中にある映像」を手掛かりに「現実世界」を理解する過程は、
 概念を手掛かりに経験的世界を理解しようとする人間の認識過程と同じ。

・概念がなければ、事実もない。人間の認識の過程は、まことに
 主体的かつ積極的な過程。

○頭の中にある者でしか、現実世界を捉えきれないということ?
 概念を増やすことで、見えるものが増える?


・概念を具体化したのが「指標」

・デュルケムの「自殺」は、社会学の歴史を考える上で重要。

・仮説が経験的データの裏付けを獲得したとき、その背後にあった理論への
 信頼性が高まる

・普遍性の高い理論は、一見相互に何の関係もないように見える
 経験的事実を同一の原理で説明することができる。

・できるだけ多くの経験的事実を説明できるような理論を、
 構築しようとするのである。

○そういう理論を作ることが、研究者の夢なんだろうなー。


・息の長い経験と抽象との往復を繰り返すことによって、
 人間は骨の太い、広い視野を獲得することができるのでは。

○俺は、37歳から抽象的理論の世界に入ったのかも。


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●科学的説明とは何か〜イメージから論理へ


・「結果」は「従属変数 dependent variable」
 「原因」は「独立変数 independent variable」

・「因果法則 causal law」に関する二つの原則
 1)原因と結果の間に、時間的な順序がある
  「独立変数」における変化がまず生じて次に「従属変数」における変化が起こる
 2)二つの変数が共変(covariance)の関係にある

・因果関係の存在を確かめるために、もう一つ条件がある。

 それは、他のすべての変数に重大な変化がないという条件。

・実験者は、従属変数に影響を与える可能性をもつ他の変数の値が変化しないよう
 人工的にこれらの変数を統制(control)してやらなければならない。

 あるいは、他の条件が変化しないという仮定(assumption)して
 おかなければならない。

・人工的に変化しよう統制された変数、あるいは変化しないと仮定された変数を
 パラメター parameterと呼ぶ

・実験法が、ふつう使用するのは「実験群 experimental group」と
 「統制群 control group」という二つのできる限り等質な集団を作ること。

・もし二つの集団が「等質」であるならば、両集団における差は、
 独立変数の有無によると結論できる。


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●数量的研究の方法〜コンピュータを使う


・理論は、単純でなければならない

・単変量解析 と 多変量解析

・数学的操作の方法を使用して独立変数以外の第三の変数群を統制しようとする。

○この辺はよくわからない
 でも、p110の図で、何となくわかるかな。


・二変量解析の相関関係が消滅したということは、この二つの変数の関係が
 実は偽の関係(spurious relation)であったことを示している。

 マッカーシーの赤狩りのケースで言えば、教育水準という
 もっと重要な変数が、偽の関係(政治的寛容度とマッカーシーへの態度)の
 背後にあった。

・パス解析は、多数の独立変数群が、最終的な従属変数に影響を与える、
 その因果関係の道筋を明らかにする方法である。

・パス係数では、二つの変数が完全な相関関係にあるときはプラス1、
 全く関係ないときはゼロという数値になるように作られている。

・実験的方法は、実験群と統制群を人為的に作って
 第三の変数を統制しようとする。

 数量的方法は、概念的あるいは数学的操作によって、
 第三の変数群を統制して、因果関係の推測を行おうとする。


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●全体像をどうつかむか〜質的方法を求めて


・数量的方法と質的方法の対立
 
 質的研究者は、社会を丸ごと全体的につかもうとする。
 量的研究は、断片的解決法と見えた。

・カルヴァン主義に代表されるプロテスタント主義の倫理の発達が、
 合理的に利潤を追求しようとする近代資本主義発達の
 ひとつの重要な要因になったと、M.ヴェーバーは考えた。

・K.マルクスは、経済的要因を社会構造を説明するための要因、
 つまり独立変数と考えた。

 M.ヴェーバーは、宗教的要因が、経済的変化を説明する
 独立変数となり得るという理論を提示した。

・中国やインドでは、プロテスタント倫理に相当するような
 現世における経済活動を、積極的に肯定する宗教倫理がなく、
 従って資本主義も発達しなかったと考えた。

○社会的結合率の低いプロテスタントの方が、自殺が多い。


・日本の前近代社会に、プロテスタントの倫理に見合う
 宗教感が存在していたのではないか。

・パス解析風の因果関係モデルを構築することの利点は、
 数量をしようしない質的研究においては、ともすればあいまいに
 なりがちな主要変数を確定し、因果関係を明確化することにある。

・比較例証法は、因果関係の推論の原理を、質的方法の分野で
 実現するための方法。

・様々な課題に対して
 1)変数を確定し
 2)因果関係を明らかにし
 3)複数の事例を比較する
 という質的方法の原理を適用することができるのでは


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●現場の体験の生かし方〜体験から知的創造へ


・H.ブルーマー教授が関心を持っていたのは、直接観察する
 ことができる現実の人間関係だけであった

・現地には問題の所在について、きわめて深い洞察力をもって、
 事態を観察している人間がいるものであると述べた。
 
 このような人間を探し出して信頼関係を作り上げるのが、
 観察者にとってなによりも大切。

・参加観察(participant observation)

 通常外部にはわからない内部事情の自然な観察が可能になる。

・参加観察法で、因果関係の推論を行う
 説明的研究を行うことは困難。

・逸脱事例の参加観察とは、一つの社会において正常な行動を
 している人間が、逸脱行動をしている人々の集団に飛び込んで、
 自分達の行動と逸脱行動を比較すると言う方法。

・M.ミードは、自国文化と他国文化との差から出発して、
 外国の文化を研究するのが、文化人類学であると主張。


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●ジャーナリズムに学ぶ〜現実をどう理解するか


・社会学の方法論は、既成の理論や調査の結果を追い回すのではなく、
 自ら行う知的創造のための、基本的な手続きの議論

○この本は、その方法論を分かりやすく教えてくれているよなー。
 しかも著者の体験を時系列でふり返りながら。

 研究者として様々な方法論と出会い、自分のものにしていく過程。


・社会科学もジャーナリズムも、同じ科学の方法を用いて、
 経験の世界を理解する知的努力。

・ジャーナリズムの役割は、現代社会における情報のゲートキーパー。

・ジャーナリストも、科学的研究方法を駆使する経験的世界の研究者

・科学の方法は、抽象的な理論と経験的事実との
 緊張関係から成り立っている


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●方法論の一般理論へ


・日本の大学では、理論と方法の訓練が独立していない。

・日本の大学における教育は、教養主義の色濃いものではないか。
 アメリカの大学は、理論と方法における基本原理の学習を重視している。

・科学的思考法、科学的研究法の根本的原理を学ぶことこそが、
 今日の大学教育の根本的機能なのでは。

○俺が、大学院に入る準備として、
 今こうやって研究の方法論を学んでいるのが、それなのかな。


・「何を知るか」ではなく「いかにして知るか」という基本的方法の
 学習が大学教育の中心的機能とならなければならない。

・高学歴者として生き残る唯一の道は、科学的方法の訓練を
 身につける以外にはない。

・理論構築法で中心を占める原則が
 1)独立変数の先行 2)独立変数と従属変数の共変 
 3)他の変数の統制(パラメーターの確立)


・経験科学における研究過程のモデル(p190)

 理論→(理論の適用)→仮説→観察(経験的研究)→
 経験的一般化→(理論化)→(理論の構築)→理論


 仮説→仮説の検証→仮説の正否に関する判定→理論

・研究の過程とは、この図に従って、無限の循環を繰り返すもの。

○この図、大事だなー。シンプルだけど、奥深い。
 この流れにそってやっていきたい。


・新聞記者のリポートが程度の低いもので終わるならば、それは
 彼が現実を観察するための有効な理論を欠いているから。

 あるいは誤ったイデオロギーのために、現実の観察を誤っているから。

・方法論とは、科学の原理を実現するための文法。

・方法論は、自分自身の文章を書くための必要最低限のルール。
 科学における知的創造とは、自由に抽象と経験の間の循環を行う知的活動。


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「リフレクティブ・マネジャー」

「リフレクティブ・マネジャー」

  中原淳  金井 壽宏


○内省が人の成長を促す。教育学と経営学の橋渡し。
 集合研修の意義も見えてくる。


(・引用/要約 ○関根の独り言)

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●はじめに

・リフレクティブマネジャーとは、節目の内省が上手くできて、対話を重ね、
 節目だからこそ深い内省に支えられたアクションができて、その動きを
 部下たちと連動させることができるマネジャー

○うちの奥さんにとって「リフレクション?」は聞きなれない言葉だったようだ。
 確かに、一般にはあまり知られていない言葉かも。


・リフレクションしているからこそ、いっそう上手に
 プラクティスできる人こそ尊い。

・節目だけはしっかり考え、考え抜いて、自分の歩むべき方向を選んだら、
 あとはアクションに傾くこと。勢いに乗って進むことが大切。


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●「上司拒否。」という前に

・モティベーション、リーダーシップ、コーチングなどのソフトスキルは、
 20年ちょっと前までは管理職が学ぶべきものとは見られていなかった

・現在の課長は、あらゆる問題に対処すべき存在=「場当たり的な問題解決者」
 として位置づけられることが多くなっている。

・課長やマネジャーのやるべきことは限りなく広がり始めた。
 あらゆる問題は現場のマネジャーのせいにしておけばいいという
 「マネジャー落ち」

○これは研修の世界ではよくあるなー。

 現場の長であるマネジャーの責任。そこに全てが集約されてしまう。


・論文「学びの場から働きの場へ」の引用

 新人の適応感には、直属の上司の影響が大きいと結論づけ。


・今のマネジャーは、部下に組織に適応してもらうこと、部下をその気にさせる
 ことが求められ、カウンセラーとしての役割が重要性を増している。

○こうやって言われると、改めてマネジャーの仕事の大変さが伝わる。


・教育学者フィリップ・ジャクソンは、教える側が無意識かつ暗黙のうちに
 学習者に伝達してしまう価値観、行動様式、知識のことを
 「ヒドゥンカリキュラム hidden curriculum」と呼んだ。


・どういうマネジャーを育てたいのかをはっきりさせないまま
 研修を企画するのも奇妙

・教育ベンダーによるマネジャー研修があふれている

 「場当たり的な問題解決者」に位置づけられたマネジャーに、これらが
 短期的処方箋として提供されている。


・金井先生への問いかけ

○この流れは面白いなー。中原先生、金井先生による往復書簡のようなやりとり。

 いわゆる対談集とちがって、お1人の考えがまとまった範囲で話されてから、
 違う見方からの話がでるから、分かりやすく、ついていきやすい。


・H.ミンツバーグは、マネジャーの仕事の特徴を「断片化」と表現
 マネジャーは洋の東西を問わず多忙なもの。

・ジョンP.コッターは、マネジャーは忙しいから大きな絵が描けないのではなく、 
 絵が描けていないからひたすら振り回され忙しく感じるという。

○これはあるだろうなー。

 零細企業の経営者として、それなりにやっていっているのは、

 −将来の姿 
 −現在やること、やらないこと

 をある程度、絵に描けているからかもしれない。

 だから、それほど振り回されてはいないのかも。

 ただ、今後大学院にはいって慣れて行くまでは、振り回されるだろうなー。
 ま、仕方ない。


・有能なミドルは、以前より少ない人数で、以前の倍くらいの量の仕事をしている。


・ミドルに対する否定的な物言いが目立つようになったのは、ミドル達自身では 
 なく、やはり経営者は人事部門から。

・ミドルにイノベーションを期待するのは大事だが、その担い手になるには、
 エネルギーがいる。いつも飛び上がってばかりでは疲れてしまう。

・管理職になりたくない症候群
 1)まだここで一皮むけたくない 大変そう、担当者が気楽
 2)損をする 時間的、金銭的 
 3)現場にもっといたい 
 4)管理という言葉が  憂鬱
 5)仕事のできばえを他者に依存するのが不安 

・このような諸症状はどれも正当、ノーマルなこと

・部下の育成は、「世代継承性 generativity」という中年の発達課題を
 クリアするための実践となる。それによって次世代のケアという強みが加わる。

・プロジェクトXで取り上げられたヤマト運輸の事例

・ソロプレイヤーとして偉大な人だからこそ「自分1人が良ければいい」と
 閉じこもるのではなく、誰かに何かを伝授したいといつしか願うようになり、
 世代継承性に目覚めるのだと思いたい。


・人は「自分が援助しているか」「他者から援助されているか」のどちらかの
 立場しかない。

・2つの課題
 1)今のマネジャーに必要とされる行動特性は、いまだによくわかっていない。
   よくわかっていないのに「マネジャー研修」が存在しているのはおかしい。
   「今を生きるマネジャー」を対象とした実証研究が必要。
 
 2)現在のマネジャーを襲っている諸問題が、本当に「個人」がひとりで
   乗り越えられるものなのか、今一度考えることが必要。


・問題には「個人」の力で乗り越えられるものと、そうでないものがある。
 
 往々にして組織は「組織として取り組まなければならない課題」を 
 「個人が乗り越えなければならない課題」にすりかえがち。

○この辺りは、中原先生の「怒り」が見えてくるなー。


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●内省するマネジャー〜持論を持つ・持論を棄てる


・富士ゼロックス総合教育研究所との調査

・「他者とのかかわり」の成果は、本人の「成長感」で測った

 客観的な成長ではなく、主観である「成長感」としたのは、人が経験を通じて
 学習し、自己のキャリアを自律的に考えるには、成長しているかどうかを
 自分自身で確認できることが大事だから。

・教育の世界でいう「Learning by teaching」(教えることで学ぶ)

 できない部下、後輩の存在は、教える側の内省を引き出すきっかけになる。

 世阿弥の「上手は下手の手本、下手は上手の手本なり」

・若手中堅社員にとっては、職場における360度のかかわりが大切。

 上司1人が無理して担う必要はない。

 若手中堅の周りに、異なる人々が異なる支援を担うつながりがあれば、
 支援は十全になされると考えるべきかも

 人材育成はネットワークによって達成しうる

○この辺りは、新入社員の育成にも通じる。

 OJT指導員が1人で、新人指導を抱え込むのではなく、
 周囲の人々にからんでもらうことが大切。

 「ネットワーク型OJT」と中原先生が呼んだもの。

 
 「ネットワーク」という概念についてより深く学ぶことが、
 新人への効果的なOJTを考える際のヒントになるかも。

 新人へのOJTを、ネットワークという観点から説明する。


・「仕事ができること」と「成長すること」は微妙に違う。
 成長には「内省」が大きく貢献している。

・大切にしている「かかわり先」が職場と社外の両方にある方が、
 本人にとってプラス。

・職場のメンバー内で対話が行われることが、3つの支援のいずれにも
 結びついている。


・この調査結果は「働く大人は、周囲の人々とのかかわりを通して学ぶ」
 「人はけっして1人で一人前になれるわけではない」ことを教えてくれる

・「人間の学習には他者が必要である」と初めて主張したのは、
 心理学者のヴィゴッキー


・同僚による「精神的支援」と上司による「精神的支援」は性質が異なるのでは。

・「内省支援」が成長感に寄与することは、大変重要な発見。

・部下との接し方や部下の評価の仕方など、管理職として最低限しっておくべきこと、
 やってはいけないことを教えるのであれば、現場よりも研修が向いている

○これは確かにあるよなー。
 
 参加者が知りたいことも「現場でやってはいけないこと、知っておくべきこと」


・コッターは、マネジメントは複雑性に、リーダーシップは変革に関わると主張

・「裏マネジメント」は、企業の正規教育である研修では教えられない

・甲南大学経営学部准教授の尾形さんは、組織に新人が入ってきた際には、
 上司や先輩の働きかけが新人に影響を与えるだけでなく、新人も上司や先輩に
 対して影響を与えていることを明らかにした。

○この論文読もう!

 CiNiiで見つけた「新人の参入が、組織、職場、個人に与える影響」これかな?


・プレイングマネジャーこそ部下を育てられる。
 プレイしていなければ教えられない。

・社会学習理論のアルバート・バンデューラは、自分は直接経験しなくても、
 他人の行動や振舞(モデル)を間接的に見ることで成立する学習を
 「観察学習 observational learning」と呼び、それによって行動変容が起こる
 ことを「モデリング」と呼んだ。

・上司が部下に経験を語る際には、以下の4つを注意する
 1)タイミング
 2)失敗経験も
 3)プロセス(出来事の連鎖)を示す
 4)吟味や反論の可能性も


・MITで組織学習の研究をしていたドナルド・ショーンは
「行為の中の内省 reflection in action 」も重要だが
「行為の後の内省 reflection on action 」も重要と主張

・行為の後の内省は、時に痛みも伴う。

 葛藤を引き起こしたり、当たり前と信じてきた前提を問い直すこともある

 Unlearn(学びほぐし)


・大人の学びは、痛みを伴う

○これは、ショッキングな一言だよなー。言われてみればそうだけど。

 大人には経験がある。自分がよってたつ信念もある。
 それが学ぶことで崩される可能性があるわけだから。

 変に経験を積んでいない子供だと、そういう「痛み」はないのかなー。

 自分はどうだったろう。

 新しいことを積み重ねて行くだけ。
 知識を頭に入れて行く、覚える苦しみはあったとしても痛みはなかったかなー。

・二重ループ学習では、やり方はこれでいいのかという内省につながる
 フィードバックをする。

・過去のやり方を意図せず固守し続ける人達の態度を、クリス・アージリスは、
 「防衛的ルーチン」と呼んだ。

・「とにかく俺の言うとおりやれ」というベテランは、単一ループ学習を
 押し付けている。

 二重ループ学習の大切さがわかるベテラン、教育者として一流な人、は、
 このやり方で本当によいのかを内省しながら教えている。

・EQのダニエル・ゴールドマンが警告したように、人がえらくなっていくのは、
 フィードバックが減っていくプロセスである。

○これは本当にそうだよなー。

 経営者が特に気をつけないと。小さなお山の大将になりやすい。

・ディビッド・コルブが概念化した「行為の後の内省」は、80年代後半に
 ビジネス界で注目を集めた。

 学習とは「自らの経験から独自の知見(マイセオリー)を紡ぎだすこと」


・教育学者ジョン・デューイも「真実の教育はすべて経験を通して生じる」と
 述べる一方「何よりも重要なことは、もたれる経験の質にかかっている」という

 デューイは、リフレクションが確保されて初めて、経験の質を向上させることが
 できると説いた。

・リーダーシップ研究のモーガン・マッコールは「成人の能力開発の70%は、
 現場での経験による」と述べている。

・大切なのは「現場の経験」をしっかりとリフレクションする機会をもつこと、
 内省によって経験を知恵に結実させること。

 それらを現場で行うことが難しければ、研修室で行えばよい。

○ここに、集合研修の意義があるのかも!

 現場での経験を、現場を離れて(Off-JT)しっかりと内省する機会、

 しかもそれを他メンバーと対話しながら共有する機会、

 それが、集合研修のあるべき姿なのかも。


・日本の学校教育の歴史一覧

・1977年、学習指導要領改訂「ゆとりと充実」

○1972年生まれの自分が、6歳(1978年)になった時から、
 「経験重視」の「ゆとり教育」が始まっていたということか?

 
・持論や主観を語れる場所があるか

○これは確かにあまりなかったかも。2社勤めたけど。

 あえて言えば、飲みの席? 熱く語る。


・社員が高い心理的安全を感じながら「主観」を語れる場所が確保されている必要。
 
 研修を実施する本質的な意義は、そういう場所の確保にあるのかも。

○これも勇気がでる言葉だなー。

 逆に、研修が主観を語れる場であるように、人事教育担当者や講師が配慮しないと。


・リーダーシップ研修のロミンガー社が、経営幹部にリーダーシップを発揮できる
 ようになる上で有益だったことを尋ねると、7割が「仕事上の経験」
 2割が「上司や顧客など他者による薫陶」1割が「研修やセミナー」と出た。

・アメリカ企業は「7・2・1」の経験則を重視

・インパクトで言うと、経験が大、関係もしくは薫陶が中、研修が小と考える。

・日本では、他者からの薫陶の割合が、2割より多いように感じられる。

・経験がもたらした意味を内省するには、やはりオフ・ザ・ジョブの研修の場が
 ふさわしい。

○やはりここに研修の意義があるのかも。


・受講者それぞれの「一皮むけた経験」からグループ討議での対話を経て
 持論作りを進めていけば、自己陶酔的な持論はかなり修正される。

・会社の方で、良質な経験を系統立てて、社員にくぐらせることができれば、
 人材育成の上でも有意義。


・「学びほぐし」の無い持論は、ややもすれば「陳腐な格言」「おやじの説教」と化す

・30代は常に「終わりのない修羅場」に置かれている。

 「日常としての修羅場」を抜け出し、成長を遂げる可能性は
 「越境することによる学習」に見出せるのではないか。


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●働く大人の学び〜導管から対話へ


・キャロル・S・ドゥエックは、教育心理学で「固定的知能観」「拡張的知能観」
 の研究で知られる。

○この人の本「やればできる!の研究」には色々な気づきがあったなー。

 http://learn-well.com/blogsekine/2009/09/post_275.html

・マインドセット(心のありかた)

・人間を学ぼうとする人と、しない人に分ける。


○ドゥエックさんは、心理学だから個人を重視。
 構成主義やネットワーク分析だとそういう個人を作るのは周囲と考えるのかな。


・上田信行教授(プレイフルシンキング著者)は、「マインドセットを変えるなど、
 教育ではできない。変えたいと願う人たちの場を作ることぐらいでは」と。

○これは確かにそうなんだろうなー。教育の限界かも。


・「生涯発達」「成人教育」は、産業界のボキャブラリーとして
 市民権を得ていない。

・「正統的周辺参加」モデルにおいては、新人にとっての学習は、仕事の中の
 日常行為に埋め込まれたものであり「学習−仕事」という対立概念はない。

・宮大工の弟子は、先輩のかんなくずを見ながら、削りたくてたまらなくなる。
 その一瞬まで待つ。

○そっ啄同機なんだろうなー。

 これが教育の理想形かも。本人の必要なときに、必要な支援を行う。

 企業における集合研修だと、
 このタイミングが合っていないケースの方が多いのでは。

 現場で仕事を教える際もやっぱり新人を良く見ていないとできないことだよな。


・近年の学習研究者は、人々が効果的に学んでいる場では、あらゆるところで
 徒弟制が作動していると看破している。

・正統的周辺参加は、職人やブルーカラーの世界だけでなくホワイトカラーの
 世界でも見られる。

 人が良く育つと言われる組織では、1人の課長がぐいぐい引っ張るというよりは
 メンバーそれぞれの成長度合いに合うように仕事が上手く配列されていて、
 相互に助け合いの関係がある。

 そういう職場を作ることも「教育者」としてのマネジャーの役割。

○これは、新人の育成においても言える。

 やっぱり周囲の手助けが得やすい環境では、甘やかしと思われるかもしれないが
 新人は育ちやすい。仕事を覚える上での様々な資源(リソース)に
 手が届きやすいからとも言える。

 ネットワーク型OJTの有効性を、新人側から見た資源の活用という観点で
 見ても面白いのかも。


・「正統的周辺参加」は、誰かにやってもらわなければ困るけれども
 ど真ん中ではなくかつ、やれば必ず学べる仕事だから新人にやらせると
 いう意味合いの込められた言葉

・マネジャーは、1人で部下たちに手とり足とり教えるのではなく、部下たちの
 「学びの順序」を最適化し、メンバーが相互に先生役になれるような職場を
 作ること

・オールの調査結果は、知識共有が起きている場の意外性と、マニュアルや研修に
 頼りがちは正規教育の限界を物語っている。

・教育には学習者を「鋳型にはめる」面と学習者の「力を引き出す」面の
 両方がある。段階に応じて、前者から後者へと教え方のウェイトが移っていく。

○これは、OJTフォロー研修で使える話し。

 OJT研修、配属初期段階では、「型にはめる」
 数か月後からは、「力を引き出す」に移行していく。

 しかし、それも新人の成長度合い、発達度合いによるだろうなー。


・上司が職場の人間関係を上手く調整することで、協調学習の基盤が生まれ、
 職場メンバーが「内省支援」を得られる。

○職場の責任者ではないOJT指導員が、職場をそのような雰囲気にもっていく
 ために何ができるのか。やっぱりまずはマネジャーの理解を得ることか。

 マネジャーが非協力的であったら? 裏や影での活動か?


・ビジネスコミュニケーションは論理実証モードに偏る。
 対話の場では、ストーリーモードを意図的に差し込む。

・「奥様リフレクション」

○これは、俺もやっているなー。

 専務でもある妻に仕事の話をする。話すことで、こちらの考えが整理される。
 迷っている時、嫌がっている時、仕事を断ろうと思える。

 うちの奥さんは、聴き上手だよなー。

 あと、D社の元記者さん?も、話を聴くのが上手いよなー。
 黙っているから、ついついこちらから話し手しまう。


・マネジャーの教育者として役割は、人を育てることではなく、人が育ちやすい
 環境を作ること、職場における「学びのいざない人」になることではないか。

○これはその通りだよなー。

 ただ、企業の教育担当者はもしかすると

 「こうやって言われると、現場マネジャーは、人材育成の責任放棄をするかも」

 「俺は育てない。職場全体で育てる」とエクスキューズ(言い訳)にされること
 
 を恐れることもあるかもなー。
 
 

・職場内の人間のつながり、つまり社会ネットワークが発達していればいるほど、
 根回しが必要になり、組織の「重さ」が増すことが分かった。


==============================

●企業は「学び」をどう支えるのか


・社会に問題が生じているのは、すべて「教育のせい」にされかねないほど。
 私(中原先生)はそうした教育批判の全てに反論できる材料をもっている。

○この辺りの話は、ぜひ!聴きたいなー。


・「企業内人材育成入門」を書いたのは、「私の教育論」によって「企業の教育」
 がデザインされていることに強い危惧を覚えたから。

○俺もこの本で気づかされたよなー。大学院に入ろうと思ったきっかけかも。

 http://learn-well.com/blogsekine/2009/01/post_211.html


・真面目な人は良く勉強し、教育学の知識を身につけようと努力もする。
 もし人材育成に携わる上での安心感や納得感を得るために、つまり理論武装の
 ための教育学であれば、余計に「私の教育論」が強まる危険性がある。

○これは耳が痛いなー。俺はやっぱり企業内研修という仕事のために、
 教育学の知識を身につけようとしている面が強い。

 やはり大企業の教育担当者と相対するための理論武装という側面は強い。

 今後、研究者としての立場とビジネスパーソンとしての立場の
 バランスに苦労するのかも。


・教育観、学習観をつくりつつ壊す、確信しつつ疑う。
 このダイナミズムを生み出す源泉として、教育学の知識、
 アカデミズムの知恵を役立ててほしい。

○これがラーニングバー等で、俺が感じていることなんだろうなー。

 「今まで正しいと思ってやっていたことが、研究結果とか聞くと、違うのかも」

 と思える。

 「結局、何が正しいんだろう。どうすればいいんだろう。自分はどうする」

 というモヤモヤ感。

 悩み、まどい、苦しみながら、今自分はこれが一番正解に近いと信じながら、
 参加者に相対する。

 知らなければすんだことが、知ってしまったがために迷う。
 そういうこともあるのだろう。

 今回、中原研究室に参加したことで、この戸惑いはもっと増えるだろう。
 でもここでの煩悶がきっと、仕事にも役立つはず。


・一斉講義の学習効果には限界がある。
 5カ月後、講義内容は2.1%。キーワードでも29.1%しか思い出せない

・研修の良し悪しは、8割がた「分析」で決まる。ADDIEのA

・なぜ研修はきれいにまとめられるのか

○ここは、ブログに比べ、やわらかく書いてくれているのかも。


・研修で提供すべきは、1人1人のマネジャーが考えるための素材と、他者に
 開かれた内省の場ではないだろうか。

・OJTとOFF−JTという分類は、見落とすものが余りにも多い。

○確かに、OJTを上司による指導
 「職場において実施される、上位者と下位者の間での一対一の教育訓練」と
 考えるとそうなんだろうなー。

 ただ、OJTというと、言葉を知っている人からは
 「仕事をやらせながら覚えさせることでしょ」と答える人もいる。

 (確かに、そもそも「OJTとは何か」というのが、
  合意されていない現状もある)

 そう考えると、

 Off−JTは、仕事を離れての学びの場、
 OJTは、仕事をやりながら学ぶこと

 となると、見落としは少なくなるのでは。

 でも、これも自分がこの業界に長くいて「OJT」「Off−JT」という
 言葉に違和感なく染まっているからかな。

 OJT,Off−JTに替わる言葉の代表は
 やっぱり「ワークプレースラーニング」なのかな。


・企業研修の講師に大学の教員が多すぎる。研修は大学と現場を結ぶための
 だだの「導管」でしかなくなる。

○それ以外の場として、産学が集えるのが、ラーニングバーなのかな。


・座学の合間に、安全で発想もはずむフィジカルなエクササイズを取り入れる効果
 一橋大学のMBAが活用。


・アンプラグドラーニングは、今後きわめて重要な学習法になっていくのかも。


・子供時代の学びは「身体」を動かすこと。
 学びが「空間」によって分節化されていた。

 学校に通うようになると、学びを「時間」が支配し始める。
 「言葉」の役割が大きくなる。

○これは確かにそうだよなー。
 今、小1の長女と3歳の次女には、できるだけ身体を使って遊んでほしい。

 小1の長女も、塾や習い事をさせていない。
 本人がやりたがらないというのもあるけど。

 ただ、今後、彼女の世界(学校、学童、近所)を広げる一助として
 習い事は考えたい。身体を動かすもので。

 
==============================

●企業「外」人材育成


・ゆるいコミュニティーの方が、キャリア確立に寄与する。

・大人が視野を拡大にするには、何らかの外部性を必要とするのでは。

○確かにそうかも。

 今自分が開催している異業種の人事教育担当者の交流会に参加する人も、
 自分と違う世界の人たちと会うことで視野が広がるという話は良く聞く。

 (そうはいっても、仕事がほぼ同じだから、多様性は少ないのかな。)

 大人が、一つの組織、価値観の世界にずっといると、やはり視野が狭まる。

 それを広げるには、外の世界に行くことが必要なんだろうなー。


・ワークショップは、ジョン・デューイの理論、社会心理学者クルト・レビンの
 参加型学習の手法であり、近年の教育研究においても注目が集まっている。

 企業人材育成の領域にももっとワークショップ実践者、研究者の知恵が
 活かされてもよい。


・大人の学びには「面白さ」と共に「カッコよさ」が必要。

○これは確かにそうかも。
 これがカルチャーセンターとかにビジネスパーソンが行かない理由かも。


・教育学者のパウロ・フレイレは「学ぶとは、取り戻すこと、再創造すること、
 書き直すことだ」という名言を残している。

・学びのサードプレイス

○「ときがわ大学」も面白いかも。


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●あとがき(中原先生)


・自立した研究者として自分にしかできないこととして「働く大人の学び」
 を選んだ。「学校外の学習」

・「働く大人の学び」に関する学習研究、教育学の先行研究としては2つの流れ。
 
 1)限定的な狭いワークプレースに関する研究
 2)成人学習論の流れ

・企業に関する教育学の研究は極めて限られている。

○企業に関する研究はやはり
 経営学、産業組織心理学、とかそういう分野になるのかな。


・「企業人材育成のあり方」と「働く大人の学びのあり方」が
 時にコンフリクトを起こす。

 最終的に企業に利益をもたらさなければ、意味がない。

・「企業人材育成」を研究しているのか「働く大人の学び」を研究しているのか
 どちらの立ち位置にいるのか、時に分からなくなる。

○これは、正直な告白なんだろうなー。

 個人を応援する立場と、組織論理の側に立つ立場 と考えてもいいのかな。

 俺のビジネスにおいては「企業人材育成」組織論理の側だろう。

 ビジネスであれば、お客様の設定が重要になる。

 お客様を絞れば、あとは迷わない。そのお客様に役立つよう仕事をする。
 何故ならお金を出して下さる(粗利益の原泉)はお客様だからだ。

 研究だと「誰に対して」という設定が難しいのかな。
 
 でも、今後俺も研究の世界に入ったことで、立ち位置に悩むのかも。


・社内と社外の学びを還流させるような新たな学習デザインを、企業の中に
 作りだすための理論的整理を行うこと。

 働く大人が越境しつつ学べるような社会の仕組みの基礎的デザインを学問として
 描くこと。

○これは魅力的だなー。研究室生として、自分に協力できることがあればしたい。


・真の対話とは、違いを楽しむことにある。


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●あとがき(金井先生)


・経営学で組織行動や人材マネジメントを研究している人、人事担当、
 教育スタッフには、成人教育の分野をもっと知ってほしい。

・Developmentを開発ではなく、発達と訳す

 人材開発ではなく、人材発達支援


・経営学の組織行動論や人材マネジメント論、人材開発論の世界と、
 教育学における成人教育やWPLなどの世界とを、上手く架橋してほしい。

 社会人になって大学院に挑戦する人が増えることも望みたい。


==============================

「ネットワーク分析〜何が行為を決定するか」

「ネットワーク分析〜何が行為を決定するか」

  安田雪


○個人の行為を決定するのは、その人を取り囲むネットワーク。
 ネットワーク分析の基本的な考え方が分かる。


(・引用/要約 ○関根の独り言)

==========================

●はじめに

・個人の行為を決定するのは、その個人か、それとも取り巻く社会か?

・ネットワーク分析は、ネットワークがあなたを作り上げるという観点を支持する

・環境は個人よりも強し

・「行為者の行為を、個人的な属性からではなく、その行為者を取り囲む
  ネットワークによって説明する」のがネットワーク分析

・個人の意志や感情は、どこにいってしまうのか。
 個人の意志や信念は、全く否定されてしまうのか。

○ネットワークによって俺が作り上げられている。

 周囲や目の前にいる人との関係性で、俺の行為や振る舞い方が変わる?

 何となくわかるような、納得いかないような。

 俺の子供の振る舞いも、親である我々の前のものと、学校内、学童内、友達の前、
 保育園仲間間のものでは違う。それも本人の意志というよりも、ネットワーク、
 他者との関連性?

 そうだとすると、確かに個人の意志はどうなるのか?

 そのネットワークの中で、そう振る舞うこと、行為をすることを、
 本人が決めたとすれば、そこに個人の意志は反映される。そう考えてよいのか?

 何にしても、ネットワーク分析、おもしろそう。


==========================

●ネットワーク分析とは

・さまざま「関係」のパターンをネットワークと捉える

・「取り囲む他者の力」を重視することで、個々の資質を要因とする
 「属性主義」から自由になれる。

 それによって、自身、他人、社会現象に対する解釈の仕方に深みがでる。

・問題は、個人がどのような資質や特徴を内面に備えているかではなく、
 その人がどのような他者に囲まれているかなのだ。

○「朱に交われば赤くなる」って感じなのかな。

 起業する前は、なるべく既に起業している人と話せ、といわれた。
 考え方がぜんぜん違うからと。

 確かに、今は当たり前になった(かな)起業家、経営者的な考え方も、
 当時はついていけなかった。

 既に起業している人たちに囲まれ、かつ自分もその世界の一員になることで、
 行動が変わってきたのかも。

 「どのような他者に囲まれているか」これは確かに、その人自身を
 規定していくものなのかも。

・ネットワークは、道具にも資源にもなる。同時に、ネットワークは、
 制約でもあり拘束でもある。

・人々は社会の中で様々な人間関係に制約を受けている。

 その拘束のもとでは、個人がいくら望んでも、努力してもどうしようもない
 こともある。


・行為を決定するのは、行為者を取り囲む関係構造

・「巨人の肩の上で On the Shoulders of Giants」

 先人たちの積み重ねの上で、科学は発展していく

 より遠く広く深くを見られるのは、巨人の肩の上に
 自分が立っているから という謙虚な認識を持つ

○俺に必要なのは、巨人を知ること。巨人の肩の上に乗れるよう、
 先行研究を知ることだな。

 そこまで行かないと、スタートラインにたてない。


・企業がどのような企業と取引を行っているのか、その取引相手を調べる方が、
 その企業についてより重要な情報を与えてくれる場合もある。

○これは確かにそうだ。

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●ネットワークのデータとモデル

・グラフ理論は、点と線の結びつきの構造について、研究する学問。

・一見まったく異なって見えるネットワークが、実はグラフ理論的には
 同じ性質をもっていたりする。

・ネットワークの効用を過大評価することは、ある種の
 ロマンティックな「ネットワーク幻想」につながりかねない。

・「人脈を活用する」といったときに連想されるどこか冷徹で否定的で計算高い
 イメージが「ネットワークを活用する」と表現されることで、自由で明るく
 ポジティブに変わる。

・「バルネラビリティ vulnerability のパラドックス」

 ネットワーキングのプロセスにおいては、弱い者、他者の力や助けを
 必要とする者ほど、他者から力を引き出す可能性が高いという
 「弱者の強さ」という矛盾

○これはあるよなー。

 自分もそうだったけど、起業当初、先輩起業家の話を聞こうとする自分は
 「弱者の強さ」だった。

 強者の方は、俺から得られるものは少なかったはず。
 
 つまり「Win−Win」にはなっていない可能性。

 あえて言えば、後輩に教える楽しさ、将来の味方づくり、ぐらいしかないかな。

 今、俺のところにも、「独立したい、起業したい、会って話を」という依頼がある。
 (時間がとれないことが多いが)

 これも「バルネラビリティーパラドックス」だな。


・行為をおこなったまさにその結果として、自分をバルネラブル
 (傷つきやすい、攻撃を受けやすい)な立場においてしまうという
 2つめのパラドックス。

・情報を出せば出すほど、文句をつけられたり、
 非難されたり、面倒なことを頼まれたりする

○ブログでの情報発信にも、この要素はあるかもなー。


・紐帯の力=行為者間の関係の強さ

・調査であれ、フィールドワークであれ、既存のデータであれ、ネットワークの
 データを得ることができれば、ネットワーク構造の分析を始めることができる。

・ネットワークの境界の問題=ネットワークの大きさ、範囲を
 どのように限定するのかが難しい

・パーソナルネットワークを調査するというのは、それぞれの
 人と「社会」との関わりを調べること。

 一人の人にとっては、その人が直接接する「他者」がいわゆる「社会」との接点。

・密度の高い、低いネットワーク

○俺のネットワークは、密度は中くらいかなー。


・集団の中で中心的な人物は誰かという問いは、誰が権力を握っているかという
 問題と密接な関係にある

 中心人物は、もっとも権力をもっている


・似たもの同士は、クラスターとしてグループ分けする

・産業内で結束していない相手を取引相手に選ぶならば、
 バーゲニングパワーが自分に有利に働く。

○バラバラな相手の方が与しやすい。


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●ネットワーク分析の応用研究

・ネットワーク上で議論が極端に感情的になり、過激な内容をやりとりする
 ような論争は「フレーミング flaming」と呼ばれている。

○「炎上」と同じかな


・グラノベッターの調査では、強い紐帯よりも、弱い紐帯を使って獲得した情報に
 基づいて転職をした人の方が、より良い仕事についたという満足度が高い

 「弱い紐帯の力」

・自分がいる世界とまったくかけ離れた世界にいる人々は、自分とは異なる
 質や量の情報をもっている、そのために、彼らと自分を結ぶ「弱い紐帯」には、
 強い紐帯以上の情報収集力があるのだと、グラノベッターは論じた。

・日本では、強い紐帯が転職において重要な役割を果たすという調査結果がでた

・よい理論や仮説は、一つや二つの調査結果だけで、支持されたり、否定されたり
 するような性質のものではない。アイデアが、研究対象に投影され、具体的な
 作業仮説と概念化を伴って緻密に検証されていく。

○デュルケームの「自殺論」もそうなのかも。


・ボットは、ネットワークの密度が、夫婦の役割分担を決定するという仮説を提唱。

 ウェルマンは、世帯の中の課題の量が、ネットワークを限定するという
 競合する仮説を提唱。

・夫婦関係が世帯外ネットワークを規定する場合もあると同時に、 
 ネットワークが夫婦の関係を規定する場合も存在する。

・ウェルマンによる三種類の「コミュニティークエスチョン」
 1)コミュニティ崩壊論
 2)コミュニティ存続論
 3)コミュニティ解放論〜地域に限定せずに存在


・会社の内部と外部との接触の場、いわゆる「インターフェース」
 にいる人には特殊なネットワークの効果がある。

 インターフェース上の位置を占める人々に対しては、昇進速度
 に対するネットワークの効果が一層強く現れる。

○インターフェースは、新入社員が職場に入っていくときに、接する人たちのことか。

 ネットワークがもつ情報収集機能。

 ネットワークを作ることができた新人にはそれだけ情報が入ってくる。
 教えてもらえる人が増える。


・個人のもつネットワークを社会資源ととらえる


・産業にとってもっとも有利なネットワークのパターンは、
 企業の結束度が弱い産業を取引相手に多数もつこと。

・日本の六大企業集団


・国々の経済発展の違いは、何に起因しているのか。
 二つの理論がヒントになる
 1)従属論 dependency theory
 2)世界システム論 modern world system


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●ネットワークを支えるもの

・個人の行為を決定するのは、構造か、個人か。
 それがネットワーク分析の究極の問題。

・「構造」とは、行為者の間の関係がパターン化されたものが、
 時間的に見ても比較的長い間、安定して存在していることが重要

 「構造」とは、人々の行為が関係を形成し、形成された関係が安定したもの。

・本書では行為者の周囲の構造こそが、行為を決定する重要な要因であると
 述べてきた。

 ネットワーク分析の考え方は「構造主義」と密接な関わりがある。

・ひとつの現象を単体でとらえるのではなく、周囲の現象との関連でとらえる

・異なった領域の人々の間の対話を可能にするのが、統計学と数学

○やっぱり統計学と数学を知らないと、研究者の世界でやっていくのは
 難しいんだろうな


・何らかの特定の事象への問題意識や興味が存在し、ネットワーク
 分析を応用して、その関心ある対象を切っていくという研究者

○俺はこっちだろうな。

 新入社員の成長に、ネットワークが関連していると考えている。


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「仕事で一皮むける 〜関経連「一皮むけた経験」に学ぶ」

「仕事で一皮むける 〜関経連「一皮むけた経験」に学ぶ」

   金井 壽宏


○自分にとっての「一皮むけた経験」は何か?
 物語の重要性。


(・引用/要約 ○関根の独り言)

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●「一皮むける経験」が最大のキャリアチャンス

・C.G.ユングは、40歳間際を「人生の正午」と形容した。

○俺は、59歳で父が亡くなった32歳を「正午」と感じたのかも。

 60歳まで生きられるとしたら、もう半分を過ぎている。
 それが独立のきっかけにもなった。


・「器」を作る為にも、節目ごとに一皮むけ、自分なりの「物語」を紡ぐ

・Employability は、Employmentability ともつながっている。

 「能力のある自分をひきとめておけるほどの会社なのか」

・エンプロイアビリティの高い人に見合ったエンプロイメンタビリティを
 持っているかどうか、組織は検証する必要がある。

・いくつになっても一皮むける経験はある

・一皮むけた経験は、内面的な変化であり、上手くキャリアを歩めば
 繰り返し経験できる。

○これは勇気づけられる言葉だよなー。

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●「入社初期段階の配属・異動」で一皮むける

・キャリアとは「長い目で見た仕事生活のパターン」と捉えられる

・キャリアを考えるときは、E.シャインの3つの問いについて
 内省すると考える基盤となる。

 1)自分は何が得意か
 2)自分はいったい何をやりたいのか
 3)どのようなことをやっている自分なら、意味を感じ、
   社会に役立っていると実感できるのか

・仕事の仕組みを観察し、自分なりに把握できたことが、一皮むけた経験

・入社初期段階の配属経験は、その人のキャリアにとって重要

 若林、南教授によると、最初の上司との相性やつながりの良さが
 おおきなインパクトを持っていた事実が明らかになった。

○これは怖いよなー。新人側もそうだし、受け入れる上司の側も。

 俺が最初の上司になったあの子たちにとってはどうだったのか・・・


・D.フェルドマンによる2つのイニシエーション(加入儀礼)
 1)グループイニシエーション(職場集団への加入儀礼)
 2)タスクイニシエーション(職場の仕事上の課題面での加入儀礼)

 この両方ができて初めて一人前と認められる

・ミドルと新入社員は、キャリア研究においては合わせ鏡。


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●「初めての管理職」で一皮むける

・入社時に抱いたリアリティショックも、2つのイニシエーションを
 くぐっていく内に、数年で消えて行く。

・「覚悟と開き直り」は、キャリアを動かすエンジンとなる。
 厳しい状況を「一皮むけた経験」とするためにも。


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●「新規事業・新市場のゼロからの立ち上げ」で一皮むける

・一皮むけた経験は、ウォーストーリーズ war stories 

・問題に直面したら、お客様にも正直に事情を言うことで、
 解決の道が開けることがある。

○経験から教訓を得られる人、つまり一皮むけた経験とできる人と、
 そうでない人がいる。

 その違いはどこから来るのか

 やはり「周りのせいにしない」「自分にひきつけて考えられる」「前向きさ」
 とかが大事なんだろうなー。


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●「海外勤務」で一皮むける

・人は移行期と安定期を繰り返しながら成長を続けて行く。
 
 安定期とは、同じ部門に数年在籍し、仕事が空気のように感じられる時期。
 移行期とは、いったん上手くできるようになった仕事を離れ、更に大きなことに
 挑戦する時期。

○そう考えると、日本企業の中にいてローテーションがあるところであれば、
 この時期を適度に繰り返せるのかも。それが人材の育成にもつながってきた。

 でも、アメリカのように仕事内容で固定されている場合は、やっぱり会社を変わる
 ことで移行期を作るのか。

 日本でもローテーションが回っている企業は少なくなってきているようだから、
 安定期が続いてしまう人も多いのかも。

 同じ部門で仕事をしながらも、自分で意図的に移行期を作る為には?

 外部の勉強会に出て行く? 境界越え? プロジェクトに参加?


・サンフランシスコ州立大学のデービッド マツモト先生は、日本人留学生が、
 米国で上手くなじめるかの尺度を作っている。

 この尺度は、あらゆる節目の移行に役立つと考え、その応用を研究中。

○これは面白そう!

 マツモト教授のウェブサイトを見つけた。

 http://www.davidmatsumoto.com/index.php

 ここに、Intercultural Adjustment Potential Scale  として紹介されている。

 きっとこれのことだろう。

 http://www.davidmatsumoto.com/content/2006_08_20_ICAPS_Manual.pdf

 読んでみよう。


・CCLでは、一皮むけた経験につながるような仕事経験の特徴の一つを
 「ハードシップ(修羅場経験)」と表現している。


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●「悲惨な部門・業務の改善と再構築」で一皮むける

・語りの多くは、サクセスストーリーだった。

○成功しなかった場合、失敗した場合、
 それは、一皮むけた経験にはなりにくいのか?


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●「ラインからスタッフ部門・業務への配属」で一皮むける

・会社はまさに生涯発達を続ける場である

○会社以外の場だと、どうなのか?

 例えば、大学や小中高、役所などは?


 1人でビジネスをしていたり、中小零細企業に入ると、異動はほとんどない。

 ここに出てくるケースほど、多彩な一皮むける経験の機会は少ないのかも。

 自分で意図的に、一皮むける経験を作る、移行期を作る、ということかな。


・発達するということは、常に成長の痛みを伴う。
 現状にあまりにしっくりしすぎると、ズレや緊張がなくなる。

・カール ワイクの命題「適応は適応力を阻害する」
 過剰反応が招く新しい状況への適応力欠損。


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●「プロジェクトチームへの参画」で一皮むける

・中国の故事「幸せな物語」

 ことがなったときの3つのパターン
 1)ものすごい独裁者がやったので、みなは下を向いているだけ
 2)中心になった人がすばらしいから、みながほめたたえる
 3)みんなが、俺がやった、俺がやった、と自慢する

○3)がいいなー。そういう状況を作り出せたらなー。


・新人が「任される」状況から、「任せ方」の機微とタクソノミー(体系的分類枠組)
 の分析を試みたことがある。
 
 発見事実として

 −自律的な職務は、新人の情報の有用性認識の感度を高める
 −上司とメンター(師匠)が、新人にとっての情報フィードバック源
 −よりチャレンジングな職務についている新人ほど、少し年上の先輩を情報源として
  大切に思っている。上司や先輩との日常的接触の方が、同行外出のような
  特別な機会よりも重視されている 等

 詳細は「はげましの経営学」に

○この本買った


・ロッテ ベイリン教授は、「任せ方」に問題のある多くのケースを
 「戦略的自律性を求めている人に、戦術的自律性を与えているミスマッチ」と
 「戦術的自律性を求めている人に、戦略的自律性を授けてしまっているミスマッチ」
 で説明できると主張。

○どんなテーマを選ぶか、何をするかを自分で決めるのが、戦略的自律性?
 テーマは与えてほしいが、そのやり方は自分に任せてほしいのが、戦術的自律性?


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●「降格・左遷を含む困難な環境」に直面して一皮むける

・相手の話を聞けば聞くほど、吸い込まれてしまい、自分を見失う。

○こういうのってあるよなー。自分よりすごい人だと思えると、特にそう。

 昔に比べれば、今の方が、ある程度吸い込まれないかなー。
 やっぱり独立起業して仕事をしているのは、自分の自信につながっているのかも。


・マイケル アーサー氏の3つの問い

 1)自分ならではの強みはどこにあるのか(ノウハウ)
 2)それをしたいのはなぜか(ノウホワイ)
 3)自分はこれまで誰とつながり、その関係をどう生かしてきたか(ノウフーム)


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●「昇進・昇格による権限の拡大」で一皮むける

・若い時の経験に比べ、ベテランになってからの経験の方が、スケールや
 インパクトにおいて、見劣りするのは問題だ。

○これは悲しいもんなー。


・世代性の美徳(強み)は、世話(Care)

・世代性という課題をクリアーできる人は、よきメンター


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●「ほかのひとからの影響」で一皮むける

・CCLのマッコールがまとめたリーダーシップ開発の3つ
 1)ハードシップ
 2)ジョブアロケーション(配属)
 3)リレーションシップ(誰の下でやるか)


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●「その他の配属・異動・あるいは業務」で一皮むける

・会社における人の発達課題は、一皮むけた経験を通して、
 世代性とより若い世代に任せることを学び、大きな絵が描けるようになり、
 停滞や耽溺することなく、人を巻き込み続けらるかどうかという問いに関わってくる

・絵を描いて、人を巻き込める、人がついてくるというのは、
 リーダーシップそのもの。


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●「節目」に一皮むけ、キャリア発達を続けるために

・節目が感知できなければ、一皮むける機会ともならない

 「岐路に立っている、今が節目だ」とどのように自覚するか

○俺は、大学院に入学が決まった今が、節目の一つだな。

 これが後でふり返ったときに「一皮むけた経験」となるよう
 あらゆる機会を貪欲に活かしたい。


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●「一皮むけた経験」からリーダーシップ開発へ

・3つの時間軸で、リーダーシップを考える
 1)leadership moment
 2)leadership experience
 3)life span leadership credits

・J.A.コンガーが、リーダーシップ研修の研究をしている。

○これ面白そう learning to lead という本は多いけど、どれかな?

 http://www.amazon.co.jp/s/qid=1255401821/ref=a9_sc_1?ie=UTF8&search-alias=aps&field-keywords=learning%20to%20lead


・リンダ バイニ―は、自己を他の人々に物語ることは、次の4つの効果があるという
 1)アイデンティティー感の発展と維持
 2)自分らしく人生を生きるための指針
 3)人生のカオス、混乱期に対する秩序づけ
 4)聴き手が生じることによるエンパワーメント

・リーダーが、自分がリーダーシップを身に付けた物語とそこからの教訓を
 より若い世代に「適切な場で適切に語れば」、新しいリーダーを生みだすことに
 つながる。

○この「適切」が難しいんだろうなー。自慢話と捉えられるかもしれないし。

 聴き手が「聞きたい」と思っている、必要性が高まっているときの
 物語ならいいのかも。

 卒啄同機?


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「インターネットの子供たち」

「インターネットの子供たち」

  三宅なほみ

○ネットにより子供たちの学びが変わる可能性。
 学校の奇妙さにも目がいく。

(・引用/要約 ○関根の独り言)

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●インターネットがやってきた

・教育に関心をもつものの目から見ると、このようなデータが手に入るなら、
 ここから何がいえるのか、どのような授業ができるのかという問題が生じる。

・一つのデータからいくつもの授業が生まれる。

○ここに教師の力量がかかわってくるんだろうなー。

・数字や記号のやりとりで十分、国際協力できる。

・データの収集と集中、共有という図式は、ネットの強みが
 もっとも素直に生かされうる分野といえる。

・酸性雨のデータ集めに学校の子供たちが協力。

 こういう活動を通じて、学校で習うことと世の中で大人が大切だと
 思っていること、知りたいと思っている こととのつながりを
 感じ取ってもらうことができる。

・問いは勝手に湧いてくるものではない。ある程度のことが分かっていなければ
 何が分からないのか、あるいは何が分かれば嬉しいのかさえ自覚できない。

 よい問いを導くには、よいインタラクションが必要なはず。

・「教科の学び」が、「教科内容の学び」から教科内容を材料にして、
 教科とか学問とか人間の知といったものそのものについて考えることの
 学びにつながっていく。

・インターネットが学びに結びつくとき、こういう学びの変化が起きる。

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●インターネットで学びは変わる

・人間は「今、その場」の状況に大きく依存して、できること、やり方が
 変わってしまう。

・人は過去の経験を生かしつつ「今、ここ」の外の世界にあるもの(道具や他人)
 を上手に使うことができるから有能。

・外の世界にあるものを、その場の目的にあわせて上手に使うことが
 むしろ人間の知性の現れではないか。

○頭の中にため込み、それをひっぱりだせる、ことが有能さではない。

 暗記と再生、記憶力だけではない。

 その場の状況に合わせて、頭で考えることが、知恵を出すということなのかも。

 そうは言っても、ある程度の頭の中の知識も必要では。

 うちの娘(小1)は、ひらがなが読めるようになり、
 カタカナ、漢字も少しずつ覚え始めた。

 多少の蓄積(文字、計算)がないと、その場の状況にあわせて、
 道具や他人も上手に使えないのでは。


・学校では、創造性という能力はあまり身に付かない。

・場への適応力が、人間の有能さの本質

・今の認知研究、教育実践研究では、人の場への適応力の育成を目指すことが、
 インターネットの教育利用という発想を支えている。

○「場への適応力」を、身につけさせるにはどうしたら・・・


・今の教育に求められるのは、完成した知識をかみ砕いて
 子供たちの中に移植していくことではない。

・これから必要になる新しい知識を作り出すために、これまで積み上げられて
 きた知識をうまく活用する。そういうことのできる力が、これから益々必要になる。

○「巨人の肩に乗って」

 大学院に入って、研究者の世界をかいま見ている中で、印象に残っている言葉。

 そのために「巨人」の内容、今までの先行研究を知らないといけない。

 子供たちも、やはり基礎があって、考える土台ができるのでは。


・人が持っている知というものも、一人の頭の中に何がどれだけ詰め込まれて
 いるかで、その質が決まるのではなくて、いつどんな時にどれだけ引き出せるか、
 引き出してきた結果がどれだけ他の人と知と相互作用を起こして
 よりよく変われるかという側面が大事だということになってきた。


・ヴィゴッキーは、子供が発達するのには、発達の最近接領域があると考えた。

 自分一人でできること、それの上に発達の最近接領域として
 人に手助けしてもらえばできることの領域がある。

 最近接領域=その領域の中に含まれていることが、
 その子供が次にできるようになる可能性が高いことがら
 
○手助けしてできるようなことは、子供がいずれは一人でできるようになること? 


・学校とは奇妙な場所。大人の数と子供の数がアンバランス。

○確かにそうだよなー。一人の教師に、30数名の子供。

 子供集団で、はずれる子ができるのも当然かも。

・子供を見る目、手助けする手は、数が多い方がおもしろいのでは。

・子供一人一人の興味や関心に対応した質のよい最近接領域を確保するためには、
 その一つ一つの興味や関心に対応できるだけの大人の側のバリエーションが必要。

○俺が、地域のおせっかいとして「学校応援団」で絡んでいるのは、
 いいことなのかも。

 最近接領域のバリエーションを増やす。


・情報はどこかにある。問題は情報が多すぎること。

・ある短い時間に教えてもらったことを、ごく短いテスト時間の中で
 思い出せるかどうかで、子供の価値付けをするという習慣が続いていくとは思えない。

○確かにそうだよなー。この能力がいかせる場面は、社会にでると、少ないのでは。

 試験にでる範囲を覚えて、本番で記憶から引っ張り出す。


・情報はどこかにある。情報を探し出せることのほうが大事になる世の中が
 もうすぐくる。

○日経のHさんがよく言っていることだな。


・人間は、自分たちが生き延びるために、分かったことは人に伝えるという
 認知的な性質を、進化の過程で育ててきたと考えられる。

・人は新しいことを見つけて、周りの人に伝えて、みんなで得をしたいから
 学ぶともいえる。

○これはおもしろいなー。人間が生き残っていくために、他者と知識を
 分けあうために、伝えると得するために、学ぶ。

 こういう考え方をしたことはなかったなー。

・ヴィゴッキーの言葉をまじめに考えるなら、
 大人はもっといろいろなことを子供と一緒にやるようにしたほうがよいのでは。

○ときがわ町スポーツクラブのSさんは、まさにこれを意識して
 やっているんだろうなー。


・ネットを上手に使う大人が子供の周りにたくさんいる必要がある。

○この辺は、俺が手助けできる点かも。ネットのお陰で、独立も出来た。
 
 俺は、ネットによる情報発信という点で恩恵を受けてきたのかも。
 今までは素人が情報発信する手段が限られていて、しかも高額だった。


・情報集めと情報伝えの媒体としてインターネットをとらえる


・人の有能さは、今そこにあるものを上手に使って、その場で必要なことを
 なしとげ、他人から与えられる手助けをだんだん自分のものにして、
 知識や技能を膨らませていくところにある。

・人の有能さ、知というものの本質は、社会的なもの。


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●インターネットを教室へ 〜テクノロジーと環境の整備

・インターネットというシステム自体が変化していく。
 
 大人たちがネットにどう立ち向かっていくかという姿そのものを、
 子供たちに見せ、かつその努力の中に子供たちを巻き込むこともできる。

・ネットワークが教室で生きるためには、先生も生徒も今より少し暇になって
 「これから何がやりたいか」を考える余裕があることが一番大切なのかも。

○PCのセットとか、環境整備とかを、地域の大人たちがやることで、
 先生たちの負担を軽くすることには賛成。

 ただ、それだけだと関わる大人もつまらないだろう。

 子供たちの教育そのものにも関わっていきたい。

 専門家としての先生は尊重するが、授業開発や運営にも関わりたい。
 そう思う大人もいるのでは。
 
 少なくとも俺はそうなのかも。この分野にいるからか。

 経験に基づく教育論すべてにつきあうことはできないだろうが、
 それでもそういうことを先生たちと話せるとしたら、学校に関わる大人も
 より活気づくのかも。

 
・ネットワーク化されてどういうところがやりやすく、やりにくくなったのか、
 早くに導入された企業の事例などから学校の先生たちが学べることも多い。

・プライベートな空間と、みんなと一緒にものごとを考えていくための
 空間はわけておいて、しかも簡単に行き来できる方がよい。

・サンマイクロシステムズの事例
 講師が話している間に聞き手同士で意見交換する。

○これはおもしろいなー。

 参加者同士の意見交換を自然に誘発し、講師はそこでいったん話を止めて?、
 それを進むに任せる。
 
 そんな講義ができたらおもしろいのかも。

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●インターネットを教室へ 〜教育の常識を見直す

・先生に問われるのは、前もって準備をして子供たちに分かりやすく話をする
 能力ではなく、わけのわからない情報がたくさん教室の中に飛び込んできた
 ときに、それを整理して、その中から知っておいた便利そうなこと、
 分かって嬉しいことを抜き出してみせる、そんな能力になる。

○こういう能力を身につけさせるのは大変だろうな。

 実際、こういう力を身につけている人はどのくらいいるのだろう。

・これまでの教師教育では、こういった情報収集、整理、編集能力を
 身につけるための努力はあまり推奨されてこなかった

・先生たちを育てる教育の仕方が変わってくるのももうすぐ。

○この本が書かれた1997年から比べて、今の状況はどうなのか。
 そうなっているのかな?

・学ぶ順序を自分で決める。「みんなが同じことを学ばなくていい」という考え方。

・ネットワークを使って、自分で情報収集しながら学ぶことがいいことだと
 いうとき、それは極端にいうと、ある分野だけしっかりわかっているならば、
 その他の付け焼き刃的な一時的知識(大学入試)よりよっぽどましと
 いっているのと近い。

○これは難しいなー。

 ある分野には詳しいけど、ほかの一般的知識をもってない。

 一般的知識という土台があって、その上に専門知識、
 というのが理想なんだろうけど。

 その一般的知識を身につけることで精一杯になり、その上に
 「自ら問題を設定して学ぶ」という学び方ができなくなってしまうのかも。

 土台の基礎知識を身につけながらも、学ぶ意欲を持続させられたら。

 大学入試までで燃え尽きてしまうということか。

 俺は、大学入試、受験勉強をせずに、アメリカの大学に行かせて
 もらったのがよかったのかも。


・「足場かけ」という考え方は、ヴィゴッキーの最近接発達領域に基づいている。

 家庭での子育て、職場の新人教育、若手の養成など、
 学校以外の教育場面での観察分析に基づく。

 はじめから全部一人でできる必要はない。手助けすれば
 できることなら、どんどん手助けしてでもできた方がよい。

○職場の新人教育においては

 そこまで手助けできない、自分の仕事で精一杯、
 年柄年中新人を見ておいてやることはできない

 というのが現実だろうな。

 「手助け」の頻度を少なくできれば。

 教える側がいやになるのは、何度も同じことをいわなくてはならないこと。

 足場かけとして、1回は手助けし、その後は自分でできるようになるのが理想。

 でも実際に1回の手助けでできるようになる新人は少ない。
 
 ここでも手助けしてやる周囲のバリエーション、たった一人の指導員だけでなく、
 ほかのメンバーも関わることが解決策になるのかも。

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●インターネットで英語を学べるか

・学校教育の目標は、受験ではない。では何を目標にするのか。

・英語教育に「足場かけ」scafoldingという考え方を持ち込むと、見方が変わる。

 聞き手に手助けしてもらってでも意志疎通できるならよい。
 全部自分一人でできる必要はない。

○これは確かにそうだよなー。

 ヴィゴッキーの最近接発達領域:自分一人では
 できなくても、ほかの人が手助けしてくれればできる。

 いずれは自分一人でできる可能性がある領域。

 足場かけ:いずれは一人でできるよう手助けする。


・穴埋め問題は、テスト的な問題だと思われるが、これが
 実際のコミュニケーション能力をかなり反映する。

・英語を学ぶという場合、英語で何の話をしたいのか、
 そこをはっきりさせておいた方がよい。

○俺は、英語で何をはなしたいのか。

 日本の企業内教育の現状、特に新入社員の育成、職場でのOJT、その成功法則

 普遍的理論を「巨人の肩にたった」上で導き出せれば、
 それを「知識創造企業」のように英語で発信したい。

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●ネットワークで起きたこと、起きていること

・もらったデータを元に「自分たちはこんなことを考えた」
 という事後報告が大事。

・先生一人で社会を代表できない。先生一人では、
 たくさんの子供たちの興味、関心に応じた対応ができない。

・生徒が深く理解するにはどうしたらよいのかを学べる、
 これがネットを使った教育実践の成果

○これは大事だよなー。どうしたら深く理解できるのか。

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●インターネットの可能性

・協調問題解決の利点は、自分一人で考えれば納得してしまいそうなことにも、
 異議を唱える他人がいること。そして、他人に分かってもらおうとして
 自分の考えを深める。

・一緒に考えてくれる仲間を捜す、そのためのネット

○俺が「田舎で独立起業したい」とメルマガを出したときに、
 知恵を出してくれたひとたちは、まさにこれだったんだろうな。


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「知識創造企業」

「知識創造企業」

  野中郁次郎 竹内弘高 著

○日本企業の強みである組織的知識創造の方法を説いた本。
 西洋的思考法と日本的思考法の違いも見えてくる。

 

(・引用/要約 ○関根の独り言)

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●序文

・企業行動を説明する分析単位として知識を取り上げた

・企業組織は知識を処理するだけでなく、創造する

・組織的知識創造が、日本企業の国際競争力の最も重要な源泉である

・西洋哲学では、知識を所有する主体は個人。
 我々は個人と組織は知識を通して相互に作用しあうと見る

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●組織における知識

・なぜ日本企業は成功したのだろうか。
 組織的知識創造の技能、技術こそが日本企業成功の最大要因

・日本企業は危機に直面すると、組織的知識創造によって
 過去の成功体験を棄却し、未知の領域に挑戦してきた

・西洋人が組織的知識創造の問題にふれたがらないのには理由がある。
 彼らは「情報処理機械としての組織」という組織観を信じて疑わないのである

○「暗黙知」のM.ポランニーとかは、西洋人としては珍しいタイプなのかな。

・「我々は、語れる以上のことを知っている」We can know more than we can tell.


・日本企業はまったく違った知識観をもっている。
 言葉や数字で表現される知識は氷山の一角にすぎない、と考えるのである。

○これはおもしろいなー。

 日本語で考える民族だからこそ、こういう知識観が生まれるのかな。

 言葉では説明しきれない何か。

・知識は、教育や訓練で教えられる、という西洋で幅広く
 もたれている見方に疑問を投げかける。

○確かに、Training を、西洋人(特にアメリカ人かな)
 は知識提供の手段として 当たり前のものとして考えているよな。
 
 だから企業においても、Trainingの提供が重視される。
 逆に、Trainingがなければ、企業が従業員にたいして、
 必要な知識を与えていないと見る。

 その点、日本は、Trainingより現場で仕事をすること(OJT)での
 知識獲得を重視するように思える。

 「研修なんかしたって無駄」という考え方の背後には、
 
 研修で得られる「形式知」だけでは、仕事は回らず、
 現場に入ってからの「暗黙知」を重視する傾向があるのかも。


・日本企業の知識創造の特徴は、暗黙知から形式知への変換にある

・知識創造の3つの特徴
 1)メタファー(比喩)とアナロジー(類推)の使用
 2)個人知から組織知へ
 3)曖昧性と冗長性

・知識創造の任務を独占する部署や専門家グループがいない

○実践コミュニティの存在か?


・本書では、いくつもの二項対立を超越することで、
 組織知が創られることを示したい。

○西洋人の英語発想の経営書が隆盛な中、日本語で考え、
 英語で表現し世界に発信されたのは、すばらしいな。

 俺もいずれは、英語で日本人だからこそ見える世界を表現し、発信したい。

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●知識と経済

・西洋認識論の2つの伝統
 1)知識は理性によって演繹的に得られるとする「合理主義」
 2)知識は感覚的経験を通じて帰納的に得られるとする「経験主義」

 これら二つは、相補的な関係にある

・プラトンは「合理論的」視点から。アリストテレスは「経験論的」視点から。

・合理論と経験論のふたつの流れは、I.カントによって
 一つに合流した。

・日本における「知」の伝統は、「主客一体」「心身一如」「自他統一」
 という3つの特徴がある。

○俺は本当にものを知らないよなー。

 日本人として、日本のことをもっと知らないと。


・日本人は、自己と自然を分離、客体化しなかったがゆえに、
 はっきりとした合理的な思想を構築することがなかった。

・西洋人は、過去、現在、未来という順序で時間を意識する。

 日本人は、循環的で刹那的。すべてが現れては消えていき、
 究極の現実は「いまここに」しか存在しないと考える。

○俺はどちらかというと「過去、現在、未来」と考えることが多い気がする。
 それは留学や今の仕事の関係かな。

 でも根底には日本人の考え方があるんだろうな。


・西洋の認識方法は、抽象的な理論や仮説に価値をおいた。
 日本的な認識方法は、個人の直接経験の体得を重視する。

・日本語動詞は、主語に応じて格変化しない。それが共感の容易さにもつながる。

○確かに、スペイン語を学んでいたとき、動詞の変化にとまどったよなー。

 「誰が」という主語がとても大事で、それによって動詞の形が決まる。

 どんな言語を使うかが、その人の考え方や行動にも影響するんだろうなー。


・西洋社会では、個人の自己実現を人生の目標とすることが奨励されるが、
 日本では和を大事にしながら全体の一部として生きることが理想とされる。

 他人の為に生きることは、自分のため。

○これは「世代継承性」に関して、D.マックアダムズ教授が、
 リクルートワークスのインタビューで答えていたことと重なるのかも。

 「他者を世話する、気にかける」という利他的な行動
 の裏には、「自己拡張の欲求」という利己的な面もある。

 「情けはひとのためならず」という感じなのかな。


・西洋における経済学、経営学、組織論などの社会科学の
 根底にあるのは「主体、精神、自己」と「客体、身体、他人」との区別である。

・過去1世紀の経営学文献は、二つの流れに分けることができる。
 テイラーからサイモンなど「科学主義」と、
 メイヨーからワイクなどの「人間主義」のふたつ。

○本当に、西洋人は2つに分けるのが好きだな。

 折衷案というのはあまり考えないのかな。

 でも、弁証法、dialecticだと、真ん中がでてくるよな。
 
 Thesis, Antithesis, Synthesis だっけ?

 これも真ん中を出すために、二項対立が必要という考え方なのかな。


・戦略の科学が前提としているのは、トップダウンマネジメントであり、
 そこではトップだけが既存の明示化された知識を操作しながら考えるのである。

○竹田陽一さんのランチェスター戦略はこの考え方かな。

 トップのみが考える。 

 確かに、うちらみたいな中小零細企業だとそうだよな。

 社長以上に考えられる人間は、社内からはでていくだろうし。


・P.センゲのような「組織学習」論者たちは「知識を
 発展させることが学習である」という見方を欠いている

 彼らの多くは「刺激ー反応」という行動主義的コンセプトにとらわれている。

・コアコンピタンスとケイパビリティの違いははっきりしない。
 両方とも戦略の「行動的」側面を強調する。すなわち企業は
 「どこで」競争するかより「いかに」競争するかを選択するというのである。

○うちみたいな零細企業だと「いかに」は限界がある。
 「どこで」戦うかの選択に間違うと、つぶれる。

 今のところ、事業を継続できているのは「どこで」がある程度うまく
 いったからかな。そこが軌道に乗ってはじめて「いかに」の部分も
 改善できているのかも。
 
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●組織的知識創造の理論

・デカルトの分割は「情報処理」メカニズムとしての組織という見方を生んだ。
 組織は新しい環境状況に適応するために環境からの情報を処理する。

・イノベーションを起こす組織は、組織内部から新しい知識や情報を創出しながら
 環境をつくりかえていくのである。

・知識創造理論において最も重要なのは、暗黙知と形式知の区別である。
 
・個人ではなく、組織による知識創造に焦点を当てる。

・認識論的次元 暗黙知 形式知
 存在論的次元 個人 グループ 組織 組織間

・4つの知識変換モード 共同化 表出化 連結化 内面化


・組織的知識創造は、個人によって創りだされる知識を、組織的に増幅し、
 組織の知識ネットワークに結晶化するプロセス


・人間の知識が、暗黙知と形式知の社会的相互作用をつうじて創造され
 拡大される、という前提。

・4つの知識変換モード

 1)共同化(socialization) 暗黙知→暗黙知  

  経験を共有することによって、メンタルモデルや技能などの暗黙知を
  創造するプロセス
 
  共体験による暗黙知の獲得

 2)表出化(externalization) 暗黙知→形式知

  暗黙知を明確なコンセプトに表すプロセス

  メタファー、アナロジー、コンセプト、仮説、モデルなどの形をとりながら
  形式知として明示的になっていく。

  リーダーの比喩的言語や想像力が、メンバーの暗黙知を引き出す重要な要素

  暗黙知を形式知に変換するために、メタファー、アナロジー、モデルを使用

 
 3)連結化(combination) 形式知→形式知

  コンセプトを組み合わせて、一つの知識体系を創りだすプロセス

  
 4)内面化(internalization) 形式知→暗黙知

  行動による学習(learning by doing)と密接に関わる。

  文書化は、体験を内面化することを助けて暗黙知を豊かにする。


・個人の暗黙知が、組織的知識創造の基盤

・知識スパイラルを促進するための5つの要件
 1)意図 2)自律性 3)ゆらぎとカオス 4)冗長性 5)最小有効多様性

・時間の次元を組み込んだ「5フェイズモデル」
 1)暗黙知の共有 2)コンセプトの創造 3)コンセプトの正当化
 4)原型の構築 5)知識の転移


・ギブソンは、知識が環境にこそ存在するという仮説によって、知識が人間の脳
 の中に存在するという伝統的な認識論の見方を拒否した。

 ノーマンは、知識が脳の内部に存在するだけでなく、モノ、他人、状況という
 形で外部世界にも存在していると論じた。

○この二人の考え方は、魅力的だよなー。

 知識を、外部世界に分散して置いておくことも可能になるということかも。

 新人へのOJTを効果的、効率的に進めるというときにも、応用可能かも。


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●知識創造の実例

・知識を絶え間なく創り続けるような能力こそが、知識社会における競争力の源泉

・松下電器のホームベーカリー開発事例

・知識創造を持続させるには、促進用件を常に強化、向上しなければならない。


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●知識創造のためのマネジメントプロセス

・トップダウンとボトムアップマネジメントという二項対立

・トップダウンでは、トップマネジャーだけが有能で知識を創ることを許されている 
 という前提

 J.ウェルチのGEの事例

・ボトムアップでは、自立的に働くのを好むロアー社員によって知識が創られる。
 彼らは、他メンバーとはほとんど対話をもたない。

 3Mの事例

・組織的知識創造を可能にする「ミドルアップダウン マネジメント」

 ミドルマネジャーの重要性

 トップは壮大な理論(grand theory)を創り、ミドルはロアー社員の力を借りて、
 自社で実際に検証できるような中範囲の理論(mid-range theory)を創る。

 キャノンのミニコピア開発事例

・他部門との連携の大切さがわかった。誰に何を頼めばよいかわかったことが収穫。
 当時の人脈がいまでも貴重な財産に。

○新人に対するネットワーク型OJTにもこのメリットがあるんだろうなー。


・花王の最上位(アンブレラ)コンセプトは、界面化学。

○ここがコアコンピタンスとつながるのかな。自社の最上位コンセプトを
 おさえているからこそ、多角化ができる。

 小さい会社だけど、当社の最上位コンセプトは何か?


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●新しい知識創造

・知識創造を可能にする「ハイパーテキスト型」組織

・西洋に特有な二分法的思考

・組織進化論の発見の一つに「適応は適応能力を締め出す」(adaptation
precludes adaptability)というのがある。

 過去の成功への過剰適応。成功要因の「学習棄却 unlearn」できない。

・ハイパーテキスト型組織へ移行している花王の事例

・より完璧なハイパーテキスト型組織としてのシャープの事例


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●グローバルな組織的知識創造

・西洋の強みは、表出化と連結化である。
 しかし西洋的スタイルは「分析麻痺」症候群に陥りやすい。

・日本企業は、共同化と内面化に強い。
 しかし「集団浅慮」「過去の成功体験への過剰適応」に陥りやすい。

・日産 プリメーラの事例

 組織にゆらぎが導入

○ミスミ社長の三枝さんが「ゆらぎ」に関しては、
 否定的なコメントをされていたな。
 
 あとでもう一度チェックしてみよう。


・組織的知識創造の日本的アプローチが、海外でも有効。
 共同化がきわめて重要。

・新キャタピラー三菱の事例

○Lの方々が関与していたプロジェクトかな?


・暗黙知に基づくコミュニケーションは、外国人には通用しない。
 表出化が重要。

・文書化やマニュアル化は、アメリカに分がある。


・共同化と表出化に時間をかけることがカギ。


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●実践的提言と理論的発見

・個人を抜きにして、組織は知識を創りだすことはできない。

・実務者が、企業内で組織的知識創造を計画実行するためにとるべき
 7つのガイドライン(指針)

1)知識ビジョンを創れ
2)ナレッジクルーを編成せよ
3)企業最前線に濃密な相互作用の場を作れ
4)新製品開発のプロセスに相乗りせよ
5)ミドルアップダウンマネジメントを採用せよ
6)ハイパーテキスト型組織に転換せよ
7)外部世界との知識ネットワークを構築せよ

・西洋には二項対立(ダイコトミー)で世界を見ようとする強い思考癖がある。

 本書に出てきた7つのダイコトミー

1)暗黙的/明示的
2)身体/精神
3)個人/組織
4)トップダウン/ボトムアップ
5)ビュロクラシー/タスクフォース
6)リレー/ラグビー
7)東洋/西洋

・いくつかの文献では無視されてきた「表出化」が知識創造の鍵を握る

・本書が西洋人にとっての日本企業の謎を減らすことを願う


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●あとがき

・日本企業が人間の何を大切にしてきたのか。
 
 人間の知識創造能力を大切にすることが、経営のあるべき姿。

 現在の日本企業は、違う。


2009年10月30日

「ワークプレースラーニング2009」に参加してきました。


09年10月30日(金)10時〜17時

東大安田講堂にて、産学協同シンポジウム

「ワークプレースラーニング2009」が開催されました。


今年で3回目の参加となります。

今までは一参加者でしたが、今年からは研究室の一員として、
少し片づけなどをお手伝いします。


どんな様子だったのか、私の理解の範囲でお伝えします。

(・引用/要約 ○関根の独り言)

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●趣旨説明(中原先生)


・今回、初めての参加者が多い

・ラーニングとワークを分ける学習転移モデルを超えよう。

・Learningful work を作りだそう

○魅力的な言葉だなー Learningful work 「学びの多い仕事、学びで一杯の仕事」

 逆にすると、どうなるのかな。

 Workful learning 「仕事の多い学び、仕事で一杯の学び」 やっぱり変か


・今回のテーマ「組織と個人」

 誰が学びのイニシアチブを取るのか? 組織、個人?
 民間ベンダーのビジネスモデルはどうなるのか? 組織対象、個人対象?


・大学=未だ分かっていないことを探求する場

○これは、いま大学院に入って、少しずつ実感してきたことだなー。


 「未だ分かっていないことを探求する」のが大学院

  既に分かっていることは何なのか? ←先行研究のカバー

  未だ分かっていないこと、探求したいことは? ←研究のオリジナリティー


・事例は学習材、アカデミアの話は前菜。
 答えは無く、問いかけをするので、モヤモヤしてくるはず。

・違いはあって当たり前。「私はこう思う」と主観で話をしてほしい。

○懐かしい同僚 Tさんと出会いました。(Tさん、久しぶり!)


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●問題提起(長岡先生)


・人材育成=生産性向上に資する学び

 (企業にとって意味がある、役立つ学びでないと、学びとはいえない)

 人材育成=実務家、大人にとっての学び ではない

・学習の方向、軌道を自らデザインする「主体的な社員」の支援と、
 競争優位性に直結した知的生産性の向上という「人材育成」のミッションの実現

 この二つの折り合いをどうつけていくのか?

 自由勝手に動いてもらいながらも、企業の望む方向に学習してもらう

・そのヒントとして「経験のデザイン」と「繋がりのデザイン」があるのでは。
 それぞれにリスクはあるが。


・本人の主体性「高」組織が得る利益「大」これが望ましい状態

 本人の主体性「高」組織が得る利益「小」
 こうなる可能性があるのが「経験デザイン」

 本人の主体性「低」組織が得る利益「大」
 こうなる可能性があるのが「繋がりデザイン」

○ここが、なぜこうなるのかが、俺には良く分からなかった。

 本人の主体性「高」組織が得る利益「小」→ 独立・転職かな。

 本人の主体性「低」組織が得る利益「大」→ 指示待ち、言われたことを学ぶ
 

・この先にある3つの道

 1)「個人の主体的な学び・成長」の可能性よりも、組織主導による
   “人材育成”の効果を追求する

 2)「競争優位性に直結した知的生産性向上を“社員自らが”目指し、主体的に
    学び、成長する」ための方法を探る

 3)「学習の方向&軌道を自らがデザインする主体的社員」の存在を“受入れ”
    組織と個人が win-win の関係を構築することを目指す


○3)のような社員は、そうは言っても数少ないのでは。

 2)は、組織の方を向いている社員、企業にとっては最も求めたい社員かなー。

 1)は、言うことを聞く社員を対象。
   でも「自律性がない、主体的でない」と非難される層でもあるのかな。

 俺個人としては、3)を応援したいけど、
 企業にとっては、1)あるいは、2)なのかなー。

 多くの企業にとっての本音は
 「社員が学ぼうが学ぶまいが関係ない。仕事をして結果を出してくれればよい」
 というところも多いのでは。

 ただ、その結果を出しやすい環境、
 本人がそこで力を発揮し貢献したいと思える環境、が必要になるのでは。

 そこに「個人の学びが促進される環境」
 つまり、Learningful work である意義があるのかも。

 「自分がいる職場でならLearningful workが得られる」という充実感、満足感を、
 本人が持てれば、それが本人が力を発揮する原動力の一つとなるのかも。

 高橋俊介先生?が言う「employmentability」も関係してくるのかも。

 従業員がその企業にいる意味、感じる価値、そのひとつが Learningful work
 「自分がここにいると学べる。自分を成長させてくれる環境である」
 
 
 これってやっぱり難しい問題だなー。色々な矛盾が出てきそう。
 


・「社員が100%は言うことを聞かない」ことを受け入れる
 「言うことを聞かない社員はもういらない」ではなく。

 これは「パンドラの箱をあける」ことでもあり「ルビコン川を渡る」ことでもある。
 もう昔には戻れない。 100%言うことを聞く社員はもういない。


・各事例を、自分(長岡先生)は、こんな観点で聞く

 1)CCC 経験のデザイン 社員自ら成長する

   「個の自立は、組織の発展に結びつくのか?」

 2)アサヒビール 繋がりのデザイン 多様なメンバーが個人の成長に関わる

   「繋がりは、個人の成長を阻害しないか?」

 3)バンダイ 生産性とは異なる評価軸(仕事を楽しむ)

   「そういう社員はまれなのでは?」


○やっぱりこういう「良い質問」をしながら、講演を聞くのが大事なんだろうなー。

 こうやって言ってくれると、聴衆が何に注目して話を聞けばよいかが分かる。


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●事例1「社員自ら変わる環境づくり」

  カルチュア・コンビニエンス・クラブ 代表取締役C00 柴田氏


・マーサージャパンで、人事コンサルティングの仕事をしていた。

・CCCは、生活する人の「時間をデザイン」する企業

○こうやって自分の会社を定義できるのは、素晴らしいな。
 自分の会社は、何をしているのか? 何を提供しているのか?


・Tカードは、日本人の25%、20代の60%が保有している。

○これはものすごい数字。


・人事、経営をやってきての結論は「環境を作ること」

・これからの「できる人材」の要件は、
 高付加価値を生み出せる人、外国人と一緒に働ける人

○後者を、日本で公言する人って少ないのかもしれないけど、大事なことだよな。

 これから労働者人口が減っていく中で、外国人と
 一緒に働ける人、マネジメントできる人は、必要だろう。

 今のような、年齢、性別、就業形態、以外の多様性が出てくる。

 この辺は、外資系企業や海外現地法人で働いてきた人の強みなんだろうな。


・「0」から「1」を生む 「1」をN倍化する

○前者は、起業家(アントレプレナー)後者は、経営者(マネジャー)かな。


・高付加価値を生む主体性をもった人材は、5%もいないのでは。

 こういう人たちは、人と人をつなぐ。
 そこから情報を得る。生きた情報は人の中にある

○これは「ネットワーク論」で、バート教授が言っていることとも重なるのかな。
 集団と集団をつなぐ結節点にいる人ほど、情報を得られる。


・結果よりも原因が大事。 原因=環境 
 結果を生み出せる環境を作る。それが原因となり、結果が出る。

 結果を出せる環境とは「お互いに良く知っている」環境
 そのためには、時間を共有するしかない。

・アメリカ合理主義のように、目に見えるものだけ集中するのではなく、
 目に見えないものを意識することが大事。

・皆忙しい「集団皿回し」状態 自分の仕事で手一杯

・原点回帰 数名で事業を始めたときを思いだす
 制度に支配されてはならない

・自分の仕事は自分で決める
 R2制度 Re-set Re-entry 自分で自分のキャリアを考える機会

・09年11月1日付けで、第一回目を実施 3000人を対象

 Stay(同じ仕事を継続)希望 81% 
 Move(新しい仕事につく)希望 19% だいたい想定


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●解説・コメント


・主体性をもつ5%は、Moveしたのか?
 →どちらでもよい。Stayするのも、主体的な意思。

○これは確かにそうかも。

 転職や独立する人だけが、主体性をもっている訳ではない。
 自ら主体的に組織に残り、自分の仕事を継続する意思決定をした人もいる。

 これは大事な観点だよなー。今までの俺には足りなかったかも。


・主体性を持つ5%は、こういう制度があることで、逆にへそを曲げるのでは。


・「社員は主体的である」という前提での施策。
 「社員の主体性を身につけさせる」ための施策ではない。パラダイム転換。

 「自由にやれ!」と会社に言われたら、上手く会社に合わせた行動をするのでは。


・サファリパークと動物園、自社はどちらにするのか?


・自分で自分のキャリアを考える。そういう環境を作る。
 環境論までくると大変になる。どこまでコミットするのかという問題。


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●ディスカッション


・「新人には、主体性がない。主体的になってほしい」という依頼で
 企業研修を受けるときがある。

 発表は「なんでも自由に」というと、何が正解なのかを聞いてくる新人もいる。

○「主体的になれ!」 Be spontaneous というのは
 矛盾していると言った人がいたなー。


・人は基本的に主体性があるけれども、会社の中にいる間はそれを出さないのでは。
 ある程度、我慢して会社生活を送っているのでは。

・企業が望まない学びを、職場にいる間にはしないのでは。

○これは面白い。確かに、主体的な学びは、職場の外にあるのかも。

 通勤時間の学習や、職場外での勉強会の参加。

 
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●昼食


学食で「赤門ラーメン」を、知り合いと食べた。

慶應MCCのHさんとバッタリ隣の席となった。


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●事例2「熱く、温かく、人から人へ、そして未来へ」

  アサヒビール 人事部長 丸山氏


・新人が独り立ちするまで、あつく手助けするのが「ブラザー・シスター制度」
 3年前から体系化したが、昔からあったもの。
 
 合宿で論理を学び、新人を待ちうける。公募制で2倍の応募あり。


・キャリアアドバイザー(OB)による2〜3年目から中堅に対するフォロー
 これは効果的「困ったことはないか」と聞いて回る。二人で全国、100人を担当。

○Ky社のKさんがやっていることがこれに近いのかも。
 「保健室のおばさん」的な役割を、企業の担当が担う。

・武者修行も極めて有効。グループ内武者修行では、
 1週間トップセールスに同行。

 グループ外武者修行では、半年〜1年間かけて出る。
 ヒット商品を開発した者もいる。


○「ブラザー・シスター制度」「年配OBによるフォロー面談」「武者修行」

 多様な人々が、若手社員に絡んでいる様子が伺える。
 ネットワークで、若手を支援。


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●解説・コメント


・人が育つ経験として「ストレッチ」「フィードバック」
 「エンジョイメント」が重要。

 「フィードバック」が強化されている印象。

・「ナナメの関係」を作る配慮も必要では。

 →部門間の交流が多く、仲が良い。派閥もない。ただ、女性が少ない?

・寄ってたかって面倒を見ている印象。

 認知的徒弟制の4段階
 「モデリング→コーチング→スキャフォルディング→フェーディング」を
 1人でやるのは大変。

 人が寄ってたかって、目についた時にどこかをやってあげることができる。

・360度の関係性が学習を促すともいえるが、それが「組織の重さ」につながり、
 変革の障害となる可能性もあるのでは。

○沼上教授だったかな。組織内の関係性が強いほど、根回しが必要になったりして
 組織が重くなる。過去の成功体験や義理を重んじ、変えることが難しくなる。


(Q&A)

・ブラザー、シスターに応募してくるような人は「教えたがり」が多い。

 教員のように教え込もうとすると、失敗する。
 失敗を見せること、遠くない未来像を見せることが大事。

・アサヒさんの強烈な文化は、同質化を招くかも。違いを維持する工夫も必要では。
 イノベーションは、コンフリクト(葛藤、対立)から生まれる。

 →外国人が1人職場に入るだけで変った。

○組織社会化と組織活性化が同時に起こっている事例かも。


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●ディスカッション


○アパレル企業の店舗人事の方やコンサルティング会社の人と話し合った。

 (Hさん、ありがとうございました!何となく気があいそうですね。)

・ネットワークは大事。他の店との間で。本社と店舗は壁がある。
 フィードバックする風土を持つ「良い点も悪い点も率直に伝える」

・人は、環境で変わる。特に、初期の職場環境。

 採用抑制時に採用された人たちは、与えられた仕事を粛々とやることを
 求められてきた。後輩もできず、ずっと下っ端。

 主体性の発揮を求められてこなかった?

・主体性という議論を、人材育成の場でするのもいかがなものかとという話が、
 午前中のディスカッションで出た。(他のメンバーの時に)

 言いたいことだけ言う、自分の権利ばかり主張する社員も困る。
 企業に入ったからには、ある程度主体性を殺してもらう必要性もある。

 まずは、やるべきことをやる、それから(主体性うんぬんは)

○これは面白い考え。意見に「違い」があって当たり前の部分だな。

 社員が学ぼうが、成長しようが、それは二次的なもの。
 まずは結果を出せ。言われたことをきちんとやれ。そういう考えなのかな。


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●事例3「人が成長するって・・・?」

  バンダイナムコホールディングス 管理本部人事部 紀伊氏


・「成長した」って感じるのは「分かった・知った・できた!」
 つまり「レベルアップ」を実感した時では。
  
 それは単純に「嬉しい、楽しい」ことなのでは。

○バンダイが「楽しい時を創る企業」であるならば、もしかすると今後
 人が成長することを支援するビジネスを始める可能性もあるかも。

 バンダイ流人材育成の外販。


・自ら成長しようという姿勢を持つ人に、その機会を提供したい。

 それは「研修」ではないのかも。

 研修で「すぐ」には変わらない。今後の進む方向や進み方に微妙な変化が現れる。
 それは、日常現場に出てくる。日々の業務こそ成長の場。

 OJTと異動を積極的に行うことで機会を提供している。

・4年やれば、惰性でできるくらいのレベルになる。

・なるべく人を「混沌」におく 
 そうすれば、混沌を何とかしたいという欲求から、人は動きだす。

○中小企業では、異動がない。これは大企業の強みの一つかも。

 個人経営の俺も、異動はない。
 1つの専門性に特化して磨きをかけていく。

 意図的に「混沌」を作らないと、惰性やマンネリに流されるのかも。
 今回、大学院に入ったことは、混沌状態に置く意味でも有効なのかも。

 中小企業ならどうする? 仕事の交換? 


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●解説・コメント


・エンジョイメント重視。全体底上げのマネジメント。

・ほどよいギャップがフロー状態をもたらす。

・イノベーターは、熟達者なのか。
 プロフェッショナルな職業における熟達を、手本とする危険性。

・機会による育成(異動)は、有効な手段。
 小池和男先生が「日本型人材育成」として説明。

 機会による育成は、パワフルだがコントロールが難しい。
 研修はコントロールできるので、パワフルでは。

○研修はコントロールできても、そこに短期に参加して得られるものと、
 長期に参加する「異動」で得られるものは、違う。

 つまり、研修は異動ほどパワフルな育成手段とはなりえないのでは。

 異動ほどパワフルではなくても、研修だからこそ提供できるパワフルさは何か?

 これは、研修講師を生業とする自分が常に考えていかないとな。


・異動を人事主導で行うには、人事が現場をよく知らないといけない。
 

(Q&A)

・混沌をどう創るか。絶えず変化するために、外部環境との接点が必要。
 
 ワークライフバランスを意識すると、変化を起こしやすい。
 普段と違った環境での仕事。

○これは面白い観点だなー。
 WLBを、混沌を創りだし、知識創造を起こすきっかけとする見方。


・専門性の壁が低くなってきている。営業と開発など。

○これは言えるかも。仮に学校で、専門性を高める勉強をしてきても、
 その専門性がいつ陳腐化するかは分からない。

 やはりジェネラルスキル(どの分野でも通用しそうなもの)は必要なのでは。


・異動にはやはり反発が多かった。


・仕事は本当に楽しいものなのか?
 ビジネスでは没頭するのが難しい。クライマーズハイになりにくい。

 組織の望ましい方向にしか人事は言わない。それを認めた上で社員に向き合う。
 上から「楽しめ!」と言われると、社員はしらけるのでは。

 →社内で、そうは言っていない。


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●ディスカッション


・ロールモデルがいない職場。研修も今までやってこなかった。営業重視。
 カフェテリア型研修を用意して走らせる。

・研修には限界があるのでは。現場をどう支援するのか。

・人が成長したのを見て、自分のレベルアップを感じる。そういうマネジャーが多い。
 パートから採用し、その企業で育ててきた。そういう人が店舗マネジャーになる。
 
 環境が人を作っているのでは。


・新人は、成長感を感じている人が少ない。


・組織と個人の成長競争。600人→1300人 まさに混とん。


・個人の成長は、企業のやるべきことではないのでは。


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●リフレクティブシアター


・5分間のムービー


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●ラップアップ(中原先生)


・3年、WPLをやって、ついに「環境論」まで来たかという感じ。
 環境デザインに関して、語る方法論をアカデミックは持っていない。

・個人と組織の成長観のミスマッチが起こっているのでは。


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●懇親会


東大大学院 研究室 M1の方々が中心となって
「和」のパーティーを企画して下さいました。


受け付けで「リフレク書」ということで、漢字一文字で、
今日1日のシンポジウムを表現し、名札に書くよう促されました。

たったこれだけのことでしたが、この漢字一文字を決める作業を通して、
膨大な情報量を短時間で整理し、自分にとって説明できる一字に集約しようと
頭が働きました。

短時間で密度の濃いリフレクション(復習・内省)ができ、
かつ他者とそれを楽しみながら分かち合える有効な手法だと感じました。

「リフレク書」 ネーミングもいいですねー!

懇親会では、多くの方と出会いました。どうもありがとうございました。


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(今回のWPLでも多くの学びがありました。どうもありがとうございました。)


(前2回のWPLの様子。関根のブログから)

2007年 
http://learn-well.com/blogsekine/2007/09/post_49.html

 2008年
http://learn-well.com/blogsekine/2008/10/post_120.html

2009年10月25日

「階層的データ研究会」に参加しました。

09年10月24日(土)13時30分〜17時 東大で開催された
「階層的データ研究会」に参加しました。


土曜日の午後なので、奥さんに許可を頂戴して、東京に出てきました。

午前中は、地区の公民館掃除(半年に1回くらい回ってきます)をする
奥さんのところに、子供たちを連れて遊んだ後、お昼前に東京に向かいました。


研究会で学んだことを、差しさわりの無い範囲で、列挙します。

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【中原先生】

・階層的データとは、データ全体の中に「ハコ」が複数あり、
 その「ハコ」の中に複数の被験者が含まれているデータ

・階層的データ分析の論文が増えてきている。

・組織研究など、Nが多い場合は、階層的データ分析がある程度やりやすいが、
 協調学習研究など、Nが少ない場合は難しいかも。

・教育学として、階層的データ分析について
 どう考えるのか合意しておく必要があるのでは。

(中原先生のブログ http://www.nakahara-lab.net/blog/2009/10/pro.html )

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【北村先生】

・協調学習の前提である「相互作用」つまり「被験者間は独立していない」のに、
 「被験者間は独立している」という前提で、統計分析を行ってよいのか?

・独立を仮定した検定を行うと「タイプIエラー」の確立が高まる。
 (意味ある差といえないのに、差があると結論付けてしまう)

・級内相関係数が低い場合は、階層的データ分析は不要。
 高い場合は、必要。

 でも、どのくらいの高さなら階層的データ分析が必要かという合意は無い?

・協調学習研究においては、グループレベルの問題に関係があっても、
 通常の統計的分析では、個人レベルのみに焦点があてられる。

・階層的データへの4種類の統計学的対処法

 1)集計データによる分析(研究の焦点がグループ単位のみの場合)
 2)ロバスト標準誤差を用いた回帰分析(研究の焦点が個人単位のみの場合?)
 3)階層線形モデル HLM(グループ、個人双方、回帰分析が好きな人向け)
 4)マルチレベル共分散構造分析 MCA
   (グループ、個人双方、共分散構造分析が好きな人向け)

・HLM、MCAとも、グループ数、グループ内人数とも多いに越したことはない。
 
・方法の選択は、場合によりけりである。

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【関根感想】 (初心者のささいなものばかりですが・・・)


・統計分析に関して、自分が何が分からないのか、少し明確になった。

 −統計に関する「言葉」が分かっていない。だからついていけない。
  
  例)γ、β、級内相関、クロス水準相互作用、回帰分析、共分散構造分析
   (・・・お恥ずかしいですが)


 −教育工学で、現在どんな統計分析の手法が使われているのかを分かっていない。

  例)SPSS、重回帰分析?


・今後、階層的データ分析を学び、使いこなす必要性があることが分かった。

 −自分が関わる組織研究では
 「級内相関が高い」「Nが多い」「組織と個人の影響あり」


・今までの統計分析の手法に慣れている方にとっては負担感が大きいのかも。

 −自分の場合は、ゼロからのスタートだから諦めもついて、気が楽なのかも。


・アカデミックな世界の誠実さ、真摯さを感じた。

 「手法もあって必要なら大変でもやりましょう。今のままではいけないですよ」

 −ビジネスの世界だと、もしかしたら、
  「これだけコストをかけても実入りが少ないならやめときましょう」となるかも


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【今後】 (以下の本を読んで、まずはスタートラインに立てるよう勉強します)


●中原先生お薦め本

・「創造の方法学」

・「ユーザーのための教育心理統計と実験計画法」

・「実践心理データ解析」

・「心理学のためのデータ解析テクニカルブック」


●アマゾンで見つけた初心者向けの本

・「心理統計学の基礎」

・「誰も教えてくれなかった因子分析」

・「本当にわかりやすいすごく大切なことが書いてあるごく初歩の統計の本」

・「マンガでわかる統計学シリーズ(統計学編・回帰分析編・因子分析編)」

・「SPSSのススメ」

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今回の研究会も非常に勉強になりました。
北村先生をはじめとする皆さま、どうもありがとうございました!

2009年10月20日

大学院で研究していくために


基礎文献の一つとして読んでいる「ネットワーク分析」という本で

「巨人の肩の上で(On the Shoulders of Giants)」

という言葉を知りました。


「先人たちの積み重ねの上で、科学は発展していく」


まず、自分がやるべきことは「巨人を知る」こと。

そのために、文献を読む。

それが第一歩だと思いました。

2009年10月14日

第1回 中原ゼミ

09年10月13日(火)東大大学院 中原ゼミ(冬季第1回)に
参加させて頂きました。

ゼミの前に、先生からM0(10年4月入学予定者)の3人に、
研究室参加に関するオリエンテーションがありました。

オリエンテーションでは、

・「研究として成立するか」「役立つか」という2軸で考える
・社会人経験を、Unlearnする
・研究室でのコミュニケーションが、研究のクオリティにも影響する

といったことを学びました。
こういうことを事前に教えて頂けたことに感謝しています。


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その後、実際にゼミに参加させて頂き、他の2人の社会人大学院生が感じた
「和気藹々とオープン」「楽しく切磋琢磨する」雰囲気に、私も感銘を受けました。


実は、中原先生がゼミの方針に

「大学院生は、中原(先生)の指導だけでは成長しない。
 ゼミの中のつながりによって、健全なコメントや助言をうけて成長する」

と書かれていたのを読んで、

「そうは言っても、実際のゼミでは中原先生が指導し、
 他のメンバーはただ聞いているだけなんだろうなー」

と勝手にゼミの様子をイメージしていました。


ところが、

・全ての参加者が発言し、発表者に対して建設的なコメントや質問をしている
・発表者も自己防衛的になることなく、意見を受け止めている
・緊張感とリラックス感が混在している

という点にびっくりすると同時に感動しました。

私自身は、こういう雰囲気で意見交換できる場に参加したのは、
はじめてだったからです。

この雰囲気が、中原研究室の宝の一つなんだろうなーと思いました。


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今回のゼミに参加させて頂き

・研究のオリジナリティー
・先行研究をまずは知る
・問いを明確にする

重要性を学びました。


来年4月に大学院に入るまでのM0の期間中、自分にできることとして

●中原先生推薦「YONDA?リスト」の本を読む

 (今は月5冊のペースで読み、ブログに書いていますが、
  http://learn-well.com/blogsekine/cat65/cat48/cat83/  
  10月〜3月までは、月7冊で、計42冊を読みます。)

●ゼミ、イベント、勉強会にできるだけ参加する

の2つを実行します。


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ゼミの後、20時ごろから本郷三丁目の学生居酒屋「白糸」で
歓迎会を開いて頂きました。

(どうもありがとうございます!)


久しぶりに結構飲んだせいか、翌日朝はきつかったです。

院生の方々からは、

・合格が決まった時が、一番モチベーションが高い
・入学後、5〜6月がきつい (皆、顔がげっそりする)
・グループ学習が多いので、院生同士のスケジュール調整が大変

という話を聞きました。

やっぱりこれからが半端ではなく大変そうです。


でも、自分で決めて、自分で選んだ道です。

またきついとは言っても、集中して勉強できるのは幸せなことなので、
楽しみながらやっていきます。


ゼミの皆さん、これからよろしくお願いします。


(中原先生のブログ 「大学院・中原ゼミがはじまった!」
  http://www.nakahara-lab.net/blog/2009/10/post_1596.html )

2009年10月02日

冬のゼミに参加します。


10月13日(火)から、東京大学大学院 中原研究室の冬ゼミに
参加させて頂けることになりました。


購読文献は、A.エリクソン監修の論文集
“Development of Professional Expertise”です。

(中原先生のブログ)
http://www.nakahara-lab.net/blog/2009/08/post_1562.html

英語の本を集中して読むのは久しぶりです。
(1996年にアメリカの大学を卒業して以来)

これから英語文献に触れることが増えてくるのでしょう。


ゼミについていけるよう、気合い入れて頑張ります!


2009年10月01日

大学院に行っても研修講師としては

5年続けて、研修をお手伝いさせて頂いている企業の教育担当の方から、

「関根さん、大学院に行くことで、研修講師としてのスタイルが変わることは
 ないですか?」

という御質問を受けました。

おそらく心配されているのは

・頭でっかち
・理論中心
・つまらない話

という一般的に大学の先生がされる講義をイメージされてのことかと思います。


ただ、その心配はおそらくないです。

大学院で学ぶことで、話す内容に、より説得力は増すと思います。


大事なのは

・現場感覚を忘れないこと
・参加者を良く見ること

なのかなーと思っています。


アカデミックな世界で言われていることと、現場で起こっていることを
つなぐ役割が、研修講師には求められているのかもしれません。

アカデミックな世界の言葉を、わかりやすく翻訳して、現場の方に伝える。

そのためにも現場を知らないと、ささる翻訳はできません。


アカデミックな世界について勉強しながらも、常に現場感覚をもつ。

それを心がけていきたいと思っています。


(Yさん、貴重な御指摘ありがとうございました。)