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2011年冬学期「歴史情報論」

2011年冬学期は本郷和人先生の「歴史情報論」という授業を取っています。

昨年の学際情報学概論IIで「天皇とメディア」というテーマで、
本郷先生のグループになりました。

 http://learn-well.com/blogsekine/2010/06/ii.html

面白い先生だったので、いつか授業を取ってみたいなと思っていました。

 *本郷和人先生 http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/professor.php?id=439

  (来年の大河ドラマ「平清盛」の時代考証をされています)

期待にたがわず面白い授業です!

1時間半の講義なのですが、飽きさせません。

・肩の力を抜いて歴史を楽しんでほしい
・滅びに向かっている学問である「日本中世史」を分かりやすく伝えたい

という意図だそうです。

古文書を読むことを通じて、歴史上の人物が、
スーッと身近な人に感じられるようになります。

東大のEラーニングとしても公開されていますので、
歴史(特に戦国時代)に興味がある方は、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

http://iiionline.iii.u-tokyo.ac.jp/

(授業の最後に質問している変なおじさんは、だいたい私です。)

===

授業で印象に残った言葉を残しておきます。


●第1回 10月6日

・天皇家は「王家 King」 韓国では天皇を「日王」と呼んでいる

・日本の歴史は穏やかで、外敵の侵入が少なかったので、
 古文書、古記録がたくさん残っている

・天皇制が続くのは、穏やかな歴史(気候、国土)だから

・史料の復元→史像の解釈→史論の編成→史観の組立

・今の歴史学は「史観」をもっていない

・戦前は「皇国史観」があった

・マルクス主義には、国造りは無理。
 1979 リオタール 「大きな物語(唯物史観)は終わった」

・実情 sein ザイン vs 当為 sollen ゾレン(あるべき)

・人文の核は、哲学 という観点で歴史を読み解けないか
 ホッブス、ルソー、ヘーゲル、マルクスを使って歴史を語れないか


●第2回 10月13日

・歴史史料をどう読むか

・日記に全てを書くか 全て正しいか

・当為が強いのは、公権力が強い時(今の日本)
 実情が強いのは、新興国

・中世は、実情が強く、公権力が弱い
 当知行でないと権利を主張できない

・弱い公権力に、律令制を守れるわけがない


●第3回 10月20日

・荘園は教えるのが難しい

・中世は所有権が未熟 江戸時代になって成立

・「自由」と平等 

・中世日本に自由があったのか liberty, freedom

・日本における自由 網野善彦「無縁」

 権力の秩序とは無縁=自由 例)寺、女性、子ども、遊郭

・ヘーゲル 自由とは所有である
 所有という概念が確立していると自由が生まれる

・今までの日本史は法学を基にしていた


●第4回 10月27日

・自由と「平等」 

・枕草子「にげなきもの」似つかわしくない

 貴族には、ノーブレスオブリージがなかった

・仏教(仏の前では平等)の考え方で「平等」が生まれてもよかった

・真言、天台には、人を救うという考えはない

・「王法と仏法は車の両輪」

・キリスト教でいう「告かい」懺悔 仏教にはない

・親鸞の弟子である法然
 「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えることで救済

・法然の説法を聞いた熊谷直実が出家して蓮生となる

・蓮生の日記に「差別」という言葉が出てくる

・法然が浄土にいけば平等という考えを蓮生に植え付けた


●第5回 11月10日

・森蘭丸 織田信長の小姓 

 小姓はエリート、大事に育てずどんどん戦場に出した

・本能寺がなければ、森兄弟は出世していたはず

・森蘭丸の兄 長可の遺言状「武士はもう嫌だ」

 長久手の戦いで戦死 27歳


●第6回 11月17日 (仕事で欠席)


●第7回 12月1日

・毛利元就 兄弟3人仲良く「三本の矢」

・戦国大名は兄弟殺しが常

・「血と家」

・家が大事で、血は大事ではない(家が残れば、血のつながりは関係ない)

・自分が死ぬことで家が繁栄する

・家がつぶれると、浪人(失業者)がでる。だからどんどん養子を入れる

 (このあたりは、老舗企業にも通じる考え方かも)

・「万世一系」に意味があるのかも考えなければならない

・天皇家が一番やばかったのは、信長時代であったかも


●第8回 12月8日

・「平和と武士の目覚め」

・平安時代 警察がない 

 町に死を連想させる風景があった 神社は清らかなる場所

・京都 賀茂川の向こうは「え(けがれ)」の世界 

・男衾三郎の妻と娘は不細工であるとされたが、今の基準では美人かも(外人顔)
 平安美人は、髪が長く、引き目、カギ鼻

・武士は殺し放題 生首を見ていないと気分が悪くなるという武士もいた

・鎌倉時代 人を殺すのが当たり前 通りがかっただけで殺された

・それが「百姓を大事にしろ」という考えが芽生え始めた

・おそらく貴族からこのような考えを武士は学んだ
 (そしておそらく次に出て来る「浄土の教え」から)


●第9回 12月15日

・「統治をする」とは

・古代 律令は努力目標 「律令虚構論」

・私有という概念が成長すると、自由を獲得できる

・私有の前に、公地公民になるとは思えない

・統治をする=民を治める 税金をとるならサービス(安全、清潔)を提供すべき

 そういう考えがいつ芽生えたのか

・天皇は君臨すれど統治せず(税金はとるが、サービスはしなかった)

・王権 サービスを提供した(統治)人を王と呼ぶ 
 戦国大名はサービスするのが当たり前 

・徳大寺実基は「民衆に迷惑をかけてはいけない。迷惑をかけたら仏は喜ばない」

・これは「浄土」の教え 撫民政策

・信長の敵は、浄土宗であった 
 不平等なタテ社会を作ろうとしていた信長vs平等な横社会を目指した浄土宗

・一つになろうとする力 経済と宗教 

・日本では平等よりも平和を選んだのかも
 (不平等ではあるが、戦争はない世界)

・浄土の教え(平等)⇒民に迷惑をかけない(極楽にいけない)
 ⇒統治する(サービスを提供)

●第10回 1月12日

・天皇も「普通の王様」と考えよう

・個性、人格に関して、歴史学はどう捉えるか
 外側の行動が中心 内側の感情までは踏み込まない

・平清盛は、兄弟、家来を殺していない稀有な存在
 おおらか、暖かい

・家康 子連れの未亡人好き のちにロリコンになっていく

・信長 子連れの未亡人好き 子どもに変な名前を付ける
  例:奇妙、茶せん、小なべ、大なべ、ひと

・秀吉 お姫様好き 男(小姓)に興味なし

・朝廷は信長を将軍にしたかった 信長は断った
  自身が皇帝になりたかったのでは。

 信長の時に、天皇家は断絶の危機を迎えた

・秀吉は、貴族のお姫様に興味がなかった
  朝廷、貴族は眼中になかったのかも

 秀吉は「天皇は使える」と考えた 
 家康は「天皇を無視」した


●第11回 1月19日

・人文系の中心 法学部 
  法制史 法を通じて歴史を知る

・史実を外からつかまえるアプローチ
  と中からつかまえるアプローチ

・日本史 世界史との関連で捉えるべき

・リゾーム状(横)とピラミッド状(縦)

 国境を越えていく一向一揆 宗教、経済

・信長の天才性は、日本を一つにしようと思ったこと
  他の戦国大名は、一国一城の主で良しとした

・自由は減るが、平和になっていく(ピラミッドになることで)
 世の中が進むほど、自由が減るのが日本

・自由=所有 by ヘーゲル

・中世は所有権が未成熟であった 保障する権力が必要

・権力↑=自由↑ 所有↑

・リゾーム:平等↑ 平和↓
 ピラミッド(権力):自由(所有)↑ 平和↑

===

ありがとうございました。


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