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『教師教育学』

『教師教育学』

○ALACTモデルに基づく教育実習生への援助。

(・引用/要約 ○関根の独り言)

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●序

・学校とは、数学を学ぶための場所ではなく、人生について学ぶために、
 人と出会う場所である。

○確かにそうかもなー。
 ただ、人生について学ぶ場所は、学校以外のことも多い。

・実践と理論は、それぞれ単独では不完全。

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●第1章 教師教育:難しい課題

・19世紀の終わりまで、教える技術は、特別な養成ではなく、実践での経験を
 通して獲得されてきた。

・20世紀初頭、心理学や教育学の知見を教師に与え、教師を専門家しようと
 いう考え方が生まれた。

・計画的な教育の変化を表すモデルに「研究・開発・普及(RD&D)」
 モデルがある
 
 「よい教育」について多くの知識を持っているのだから、それを教師集団に
 教え一旦成功したら、その方法を広めていこう、という考え。

 技術的合理性モデルとよく似ている。

・教育の変革において最もないがしろにされてきた側面の一つは情緒的側面。

・教えるという経験は、専門性の発達の機会というよりも、
 社会化の要因になると言える。

 学校の文脈になじむ社会化のプロセスは、省察することや理論的に考察を
 深めることへの抵抗感につながる。

○多忙さから、日々の活動に流されていくという感じなのかな。

・教育において最も印象的な最近の展開として、リアリスティック数学教育の
 導入があげられる。

 リアリスティックアプローチが前提とするのは、生徒は自分自身で実践的な
 経験や問題を基礎として数学的な概念を発達させることができると仮定する

 「導かれた再発明」

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●第2章 実践からの学び

・リアリスティックアプローチは、実践の経験やその経験に対する
 教育実習生の受け止め方を出発点とする。

・教師教育を受ける中で身につけた省察的な態度は、初任期を通じて
 消え去ってしまう。

・我々は教えることについての学びを、構成主義的な観点からとらえている。
 つまり、人間を、自分達に既にある枠組みを用いながら、自らの経験から
 理解したことを積極的に構築する主体としてとらえるのである。

・特定の先生たちは、教育実習生たちにとって肯定的または否定的な
 ロールモデルとして機能している
 (Koster, Korthagen, & Schrijnemakers, 1995)

○どんな人に教わったかで、その人の教え方に影響が出る
 っているのはあるよなー。

・無意識的に人間の行動を導いている内的な存在を指し示す言葉として
 ゲシュタルトという言葉を用いる。

・学びの出発点としての経験。

 経験による学び(Jamieson, 1994)を、我々は、自分自身の観察と、
 状況への参加の方法、および指導の下でこれらについて体系的に思考
 することによって、自分自身と周囲の環境についての知識、姿勢、スキル
 を獲得することと定義する(Erkamp, 1981参照)

・Kolb & Fry(1975)のモデルは、省察的でない学びについては十分に説明
 していない。
 
 このモデルは、経験による学びは自然で、ほとんど指導された学びの余地
 のないほどに自律したプロセスであることを説明しており、もう一方では
 具体的で個別的な概念やイメージ、感情、ニーズを排除した抽象的な
 概念の役割を過度に強調している。

○確かに、コルブの経験学習モデルだと、他人から教わることの学びは
 カバーされていない。

 (教わることも一つの経験と捉えることはできるかもしれないけど)

 全ての人が、経験をふり返らないし、そうしないと学べないとも限らない。

・経験による学びの理想的なプロセスとは、行為と省察が代わる代わる
 行われるものであると言える。

・ALACTモデル

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・省察を通して自分達の経験から学ぶスキルを獲得したなら、彼らは
 いわゆる「成長し続ける力」をもつことになる。

○これ魅力的だなー。

・実習生たちが将来教えることになる子供達もまた生涯にわたって、
 学び続けることができるように教育される必要がある。

・省察に向いている実習生を内的志向と呼び、外から指導されることを
 好む外的志向の実習生がいる(コルトハーヘン 1988)

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●第3章 リアリスティックな教師教育プログラムを作成する

・教師は情報の伝達者であるとよりも学びの促進者であるべき。

○そのためには、自らが学び続ける背中を子供達に示していかないとな。
 俺もがんばろう。

・人を根本的に変革させるためには、その人自身が変革を望まなければ
 ならない。

・専門家としての学びの基本原理:

 1)学習者の内的な必要性を伴うとより効果的になる
 2)学習者の経験に根ざすとより効果的になる
 3)学習者が自身の経験を詳細に省察するとより効果的になる

・実習生に与えられる経験は、安心と挑戦のバランスがとれる方法で
 提供されなければならない。そして長期間における個人的な学びの
 プロセスの一部として計画されなければならない。

○確かにそうだけど、これが難しい。

 「経験のデザイン」と「ストレッチとセーフティーネット」

 どんな経験を積んでもらうか、全てを計画はできないし、
 本人にとって挑戦的な経験を与えつつ、落ちても大丈夫なように
 手を打っておく。そこまでやるのはかなり大変。

 ただ、現場OJTでは難しいけど、こういう計画、配慮ができるのが、
 一定期間の養成研修や短期間の集合研修の良さなのかも。

・省察的でないように見える実習生に対しては、
 省察を促すような手助けが必要。

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●第4章 リアリスティックアプローチと省察の促進に関する評価研究

・評価研究を取り巻く最大の問題は、人々の考えの根底にある教育哲学が
 目に見えにくいことにある。

 また、測ろうとしているものの多くが、教師の頭の中で起こっている点。

・実習生が最終的にALACTモデルを一人で使いこなせるようになることが
 目指される。

・ただ、省察の促進という目標に基づく教師教育プログラムが、既に
 ある程度省察的な(内的志向をもつ)人に最も効果的であるというのは
 このようなプログラムの危険な点。

・外的志向をもつ実習生の多くはプログラムをやめており、彼らがやめる
 決断をした主な動機は、彼らが求める枠組みがなかったこと。

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●第5章 実習生の個別指導:省察的な教師を輩出するための指導プロセス

・過去の経験を通して、学生たちは大抵、新しい事実を与えられないと
 何かを学んだと実感できないように徹底的に洗脳されてしまっている
 (コームズら 1974)

○これは確かにあるかもな〜。

・実習生に援助が必要か、必要とすればどのような援助が必要なのか、
 指導者は意思決定を行っている。

・第2局面(ふり返り)における援助

 安心できる雰囲気を作り出すために指導者には、受容、共感、誠実さ、
 具体性というスキルが必要になる。

・具体化するために、9つの質問を使う。

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・第3局面(本質的な諸相への気づき)における援助

 「向きあわせ」は、受容、共感、誠実さを伴っていなければならない。

・第4局面(行為の選択肢の拡大)における援助

 一旦問題がはっきりすれば、学生は自分で解決策を見つけることができる

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・援助のプロセスは控えめであるべき。沈黙の時間を確保することが有効。

○これ大事だし、俺がまだできてない部分。
 パートナー講師の○さんは、これが秀逸。

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●第6章 実習生のグループ指導

・グループ学習は、省察を行う上で不可欠。協働的省察。

・省察するうえで重要なのは、物事をふり返り、あなたにとって何が
 難しいのかを正確に自覚すること。

○これが難しいんだよなー。
 そもそも向き合いたくないし、向き合うと痛い。
 だから省察することから逃げる。

・具体的な4つの方法
 1)レンガの壁
 2)4欄の表
 3)レパートリー法
 4)接続の矢印

・教師教育者が講義の形式にしがみつくことやめ、理論に関する良く
 準備された講義がもたらす安心感というものを手放すことが、
 教師教育者にとって最も難しく感じられるよう。

○それはそうだろうなー。目の前の参加者に合わせて臨機応変に研修を
 展開するのはやっぱり難しいし、準備したものを講義するだけのほうが楽。

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●第7章 教師の専門家としての学び:どのようになされているのか?

・3段階モデル:ゲシュタルト形成→スキーマ化→理論構築

・行為-理論パラダイム(Groeben & Scheele, 1977)に由来。

・「行為の中の省察(Schon,1987)」の可能性を否定しているわけ
 ではない。

 ただ、教師はあまり意識的でない状態で種々雑多は何百もの決断を
 下しながら授業を進めているのであって、省察することはほんの数回
 しかないと、我々は考える。

 ほぼ自動的に、省察もあまりせずに、活動できるようになることに、
 もっと重点を置くべきである。

○授業中の省察よりも、授業後の省察に焦点を置く?

 「行為の後の省察」を行うことにより「行為の中の省察」はしなくても
 適宜、的確な対応が取れるようになるということ?

 このあたりが中原先生が「ロジックがつながらない」と言っていた
 部分なのかな。

・ファン=ヒーレ理論は、認知発達の一般的な諸段階を年齢に直接対応する
 ものであるとするピアジェ理論の解釈に逆らっている。

 年齢に対応するのではなく、領域固有のものであると考えた。

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●第8章 省察を促す具体的な道具と技法

・日誌が有効

・省察というものは時間とある程度の平穏さと静けさを要する。

・省察の能力は、最初のスランプの後に回復する(Korthagen, 1985)

・学生の省察能力はできるだけ早くに、教師教育の初期段階に発達させ
 られなければならない。

○「行為についての省察」はどちらかというと短期的。

 中長期的に自分が歩んできた道をふり返るとなると、
 キャリアの領域になるのかな。

 あと、教師や看護師さん達の省察はどちらかというと、シングルループ
 になりやすいのかも。いわゆる改善目的。

 俺も研修講師と言う一専門家としての内省は「どうやったらもっと研修が
 よくなるか」「参加者にとって意義あるものになるか」といった改善目的
 が主。

 ただ、零細事業の経営者として内省するときは「そもそもこの場所で
 戦っていていいのか」「どっちに進んでいくべきか」といった
 ダブルループ的に考えているのかも。


・学生たちは「生徒たちは〜」という質問に答えることを苦手とする。

・教育実習生は、問題が起きたその授業をしている最中に省察のプロセス
 をこなせるようになっていると良いが(行為の中の省察 Schon 1987)
 教育プログラムの最後の時点で、2つの授業をこなす間に省察すること
 ができるようになっていれば成功とみなしてよい(行為についての省察)

・外的志向をもつ実習生をより内的に志向させるためには、丁寧に作られた
 方略と、それらをゆっくりと馴らしながら実行することが大切。

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●第9章 省察のより広いとらえ方

・省察の概念は、デューイ(1933)にまで遡る。

・教師が自身の活動と内的プロセスの関係を自覚するには、
 複数の鏡を使ったほうが良い。

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●第10章 リアリスティックアプローチのための教師教育者の研究

・指導プロセスの出発点は、常に学生の経験、学生が自身に問うている
 質問および学生が直面している問題のうちにあるべき。

○学生の問題意識が出発点。

 「なぜそれを問題として捉えているのか」
 「他に考えるべき問題はないのか」にはふみこまない?

・指導の目的は、教育実習生が次第に、左欄と右欄の関係性に気づくこと。

 つまり自身の感情が行動に影響を及ぼし、その行動がまた教室内の
 生徒達の感情や行為を動かしていること。

===

○コルトハーヘン先生は、人間を信じている、ということが伝わってくる。
 
 訳も分かりやすくて読みやすかった。

 (と思ったら、「Reflection研究会」にも参加して下さった
  スーパーリフレクションガールの山辺さんが訳者の一人だった。)

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