産労総合研究所発行の人材開発専門誌「企業と人材」2006年10月20日号に掲載されました!
●「学び上手」な社員にするための内定者教育
「あの会社で本当に大丈夫なの?」A社への内定が決まったB君の母親が言う。
「あの業界って色々ニュースにも出るでしょう。大丈夫なの?」B君が答える。
「確かにそうだけど、A社なら大丈夫だよ。」B君がA社について一生懸命説明する。
こういうやりとりは、実は8月のお盆休みにもあった。B君は思い出す。
あのときは親戚にも説明させられた。夏休みで久しぶりに会う友人達との話にも出る。
正直、友人達の話を聞くと迷いも出てくる。「この会社で本当に良かったのか・・・。」
B君のようなケースは特殊なものではない。「学生が内定後に感じた不安」の上位3つは、
次のようなものである。(出所:株式会社ディスコ 日経ナビ・就活モニター調査 2006年2月)
(1)この会社で本当によかったのか?(59.5%)
(2)入社後、人間関係がスムーズにいくか?(57.3%)
(3)社会人としてやっていけるのか?(51.7%)
これら「3つの不安」を解消し、内定辞退や入社後の早期戦力化を図るために必要になるのが
「内定者教育」である。内定者教育には大きく「3つの目的」がある。
●辞退防止〓内定者の入社までのモチベーションを維持しきちんと入社させる為に
●ミスマッチ防止〓入社した後「こんなはずではなかった」と早期離職をさせない為に
●早期戦力化〓入社した後、少しでも早くから戦力として活躍させる為に
それでは、これら「3つの目的」を実現し、先ほどの「3つの不安」を解消するために
私達人事教育担当者は何をすべきなのか?
「内定者教育」でやるべきことは、大きく3つあると考えられる。
「会社理解の促進」「人間関係の構築」「内定者の能力向上支援」である。
まず「会社理解の促進」とは、会社の全体像、事業内容、今後の方向性などの
理解を促すことである。学生にとっては、就職活動期間よりも内定期間の方が長いという状況に
なっている。つまりその会社のことがよく分かっていない状況で内定をもらっている可能性が高い。
だからこそ「この会社で本当によかったのか?」という不安が生じるのである。
彼らの不安を解消し入社までのモチベーション(意欲)を維持するためにも、会社について
もっと理解させる必要がある。
「君が選んだこの会社で正解だよ」というメッセージを私達担当者は内定者に伝える必要が
あるのである。
次に「人間関係の構築」について、これには「内定者と担当者」「内定者同士」
「内定者と会社の人々」などが含まれる。そしてそれぞれの性質は違う。
「担当者と内定者」の関係は「良い兄貴・姉貴」といったものになるであろう。
入社してから困ったことがあったら相談してくるような関係。そういう関係は、
内定期間中の私達担当者からの働きかけによって実現する。
ある担当者は、社内の出来事や日々の職場の様子をメールマガジンとして
内定者に送っている。「会社の様子や仕事をイメージしてもらえるかなと思っていまして。」
これだけが要因ではないであろうが、この会社では過去3年間の内定辞退はゼロである。
「内定者同士」の関係は、いわゆる同期意識の醸成にあたる。この同期意識が
「このメンバーで一緒にがんばっていこう!」「こういう仲間が選んだ会社なら大丈夫」と
入社までのモチベーションを高める要因の一つになる。学生は一旦知り合えば、
自分達でメールアドレスを交換してやりとりを続けてくれる場合が多い。
「内定者と会社の人々」これこそが内定者が最も不安に感じている点である。
「人間関係がスムーズにいくのか?」彼らは自分が配属される職場にどんな人がいて、
自分はそこでやっていけるのかという点が不安なのである。
彼らにとって人間関係で一番の不安は、職場の「年長者」と上手くやっていけるのかという点だ。
だからこそ実際に職場で働いている人々と触れ合う機会を作ることは有効なのである。
例えば、職場でのアルバイトやオフィス見学なども含まれるであろう。
最後に「内定者の能力向上支援」について、内定者の不安の一つは
「社会人としてやっていけるのか?」であった。そんな彼らの不安を解消し入社までの
モチベーションを維持するためには、社会人として求められている能力は何で、どうやって
その能力を身につけていったらよいのかを明示する必要がある。
彼らが自身の能力を向上し少しでも自信をもって入社に挑めるよう支援するのである。
この「内定者の能力向上支援」は、会社としての「人材育成」の一環に入る。
入社してからの導入教育や現場OJTの前に、内定期間中から少しでも内定者の成長を
支援し入社後の育成をスムーズなものにする。
「内定者教育」において、この「人材育成」という観点が弱いのではないかというのが
「新入社員が劇的に成長する3ヶ月プログラム」(こう書房)の著者である
中尾ゆうすけ氏の主張である。
「担当者は内定者教育を内定辞退防止中心に見ている。しかし内定者教育はあくまで
人材育成を主眼に置くべきものである」というのが彼の主張だ。
それではこの「人材育成」という観点から「内定者教育」を更に深く見ていくことにしよう。
ここでは人材育成の一つの方向性として「学び上手な社員の育成」という観点を取り上げる。
筆者自身は、内定者の人材育成の目標として「即戦力化」というのは実際には難しいのでは
ないかと考えている。内定期間中の勉強や導入教育での指導で、本当に現場で即活躍できる
即戦力になるのか。それは難しいであろう。
大分大学経済学部の薄上二郎教授は「人的資源戦略としての入社前研修」(中央経済社)の
中で、「即戦力」とは「豊富な知識や能力および様々な職務経験を備えることを意味する」と
定義し「新卒採用者は入社と同時に即戦力というわけにはいかない」と述べている。
では、内定者に対して「即戦力」を期待するのではなく、何を期待するのか?
それは「学び上手な社員」になることを期待するのである。
「いきなり戦力になってくれなくてもいい。まずは周囲から上手に学んで仕事を覚えること、
これが第一。」そんなメッセージを含んでいるのが、この「学び上手」という言葉である。
「学び上手な社員」とはどんな人間なのか。それについて考える前に
「学生と社会人の学び方の違い」という観点についてみていきたい。
結論から言うと、学生と社会人では「学び方」に違いがある。
この学生と社会人の「学び方」の違いを、私達が「何から」学ぶのか、「学びのリソース」という
考え方で見ていこう。
私達は3つの「学びのリソース」から物事を学ぶと考えられる。
「先人の知恵」「周囲の人々」「自分の経験」の3つである。
「先人の知恵」とは「文字情報」つまり本である。私達は、本から多くのことを学ぶ。
同時代を生きている先輩達の声、過去の偉人達の足跡など。本だけでなく、新聞や雑誌、
最近ではインターネットを通して文字情報を収集することも多い。
仕事においては、会社の社史、業務マニュアル、商品説明カタログなども、
先輩達の知恵の結晶という観点から先人の知恵と言える。
「学び上手」は、それら「先人の知恵」から上手に学んでいる。
「学び下手」で、周囲から「あいつは商品知識がない」「業界を理解していない」
「勉強が足りない」などと言われている人間は、この「先人の知恵」から学んでいないケースが
ほとんどである。
次に「周囲の人々」である。私達は身近にいる人々から多くを学んでいる。
親、配偶者、子供、友人、恋人、職場の先輩、同僚、後輩、趣味の仲間など。
普段接する人の言葉を聞いたり、立ち居振る舞いを見たり、何かをともに成し遂げたりする
活動を通して、周囲の人々から学んでいるのである。
「学び下手」は、えてしてコミュニケーション能力が低いために、この「周囲の人々」から
上手に学ぶことが出来ていない。聞く態度が悪く、相手が教える気をなくしたり、
あるいは営業などで同行訪問をさせても、先輩の行動から何も盗み取れていなかったりと。
3つ目のリソースは「自分の経験」だ。私達は自分の経験から学んでいる。
今までやってきたこと、上手くいったこと、失敗したこと。自分の経験を振り返って、
そこから何らかの教訓を得て、日々の仕事に活かしている。
「学び下手」は、この「自分の経験」から学ぶことができていない。
自分の経験という「学びのリソース」を有効活用できていないのである。
そのため、何度も同じ失敗を繰り返し、同じことを何度も言わせるために、
周囲から信頼されず、一人前として見られないのである。
これら3つの「学びのリソース」で、学生が主に活用するのが「先人の知恵」である。
教科書を読んだり、先生の講義を聞いたりといわば「過去」の情報を彼らは学んでいる。
それに対して私達社会人は「周囲の人々」「自分の経験」から多くを学ぶことを求められる。
会社勤めをして組織に属する場合、職場の人たちから仕事を覚えていくことがほとんどだ。
もちろん「先人の知恵」から学ぶことも多くあるが、それはあくまで自己啓発の一環として
捉えられる。
社会人の場合、「過去」から学ぶことも大事なのだが、「未来」に向かって「現在」の仕事を
進めていくという側面が強くなる。「過去」のことだけ学んでいても、「現在」の仕事に
活かせなければ、実務に使えなければ意味がないのである。
ここが、学生との違いの一つである。
そして、この「学生と社会人の“学び方”の違い」を認識している人は意外に少ないのが現状だ。
学生時代の「学び方」については、勉強法や受験ノウハウなど様々なやり方を学んできた人間も
多いであろう。これらはいわば「先人の知恵」(文字情報)からの学び方である。
ただ、社会人になってからの「学び方」特に「周囲の人々」や「自分の経験」から
「いかに学ぶのか」について学んだことは、ほとんど無い。
私達は、学生と社会人では人との「接し方」は違うということは理解している。
だからこそ、社会人としての人との接し方を学ぶ「ビジネスマナー」等については
多くの書籍も出ているし、研修などでも取り上げられる。
しかし、社会人としての「学び方」に違いがあり、その「学び方について学ぶ」機会は
ほとんど無いというのが現状なのだ。
そこで私達担当者がすべきことは、「学生と社会人の学び方の違い」を内定者に認識させ、
彼らに「社会人としての学び方」を教えることである。
では、具体的な「社会人としての学び方」について考えていくことにしよう。
「学び上手」な社員は、いくつかの側面を持っている。
「学びマインド・学びスキル・学びエナジー」
「学び上手の7つのワザ」
「学び上手のIPO:インプット・プロセッシング・アウトプット」
「学び上手のPDCA」など。
ここでは紙面の関係で「学び上手のPDCA」のみを「社会人としての学び方」の一つとして
取り上げたい。
「学び上手」な社員は、「PDCA」を上手に回している。計画を立て周囲と協力しながら実行し、
進捗・達成状況を振り返り、次の行動につなげる。
いわゆる自ら考え行動する「自立・自律型社員」は、このPDCAを上手に回している社員である。
「PDCA」という言葉は理解している人間は多くても、それを実践している人間は少ない。
「学び上手」な社員は、この「PDCA」を愚直に実践している。
内定者を「学び上手」な社員にするためには、彼らに「PDCA」を回すことを理解させ
実践させることが効果的である。
それではここで「学び上手な社員にするための内定者教育」のポイントを整理しておこう。
ポイントは、大きく3つである。
1.学生と社会人の「学び方」の違いを認識させる。
2.3つの「学びのリソース」から学ぶ機会を提供する。
3.社会人としての学び方の一つとして「PDCA」の回し方を教える。
これら3つを実際に行っている企業の具体例を以下に述べる。
1.学生と社会人の「学び方」の違いを認識させる。
あるメーカーでは、内定式で外部講師を呼んで「学び方を学ぶ」必要性について
講演をさせている。内定式後に始まるEラーニングによる内定者教育と続く導入研修を
効果的に行うために、まず「学び方を学ぶ」機会を作っているとのことだ。
また、前掲した中尾ゆうすけ氏は内定者に対して「学び方」を指導している。
通信教育を現場の実践に結びつけるためにどうすればよいのか、
どのように日常生活から学んでいけばよいのかを、内定者に対して伝えているとのことである。
2.3つの「学びのリソース」から学ぶ機会を提供する。
「先人の知恵」文字情報から学ぶ訓練として、本を読ませて感想文を書かせる会社は多くある。
また、社会人として求められる経済知識や社会動向について学ぶために、日本経済新聞を
読ませているという会社も多い。
ある精密機器メーカーでは、理系が多い関係で経済に慣れ親しんでいない内定者が多い。
そこで、内定期間中に日経新聞を毎日読ませ、自社の株価の推移を見させる教育を
「日経PBP」というツールと
共に実施している。
担当者は、自社の株価や経済の動きを学ばせることで、内定者の能力向上を支援すると
同時に「この会社で本当に良かったのか?」という内定者の不安解消も狙っている。
また、「周囲の人々」から学ぶ方法として、内定者同士の懇親会を開いたり、
彼らがやりとりできるコミュニティーサイトをウェブ上で作ったりといった方法をとっている会社がある。
金融情報ベンダーの(株)QUICKでは、内定者から出た「会社の方向性が知りたい」という要望に
応えるために、月1回のペースで部長クラスによる講演を開催している。教育・研修部長の
伊藤朋子氏は、その狙いを次のように説明する。
「理系の学生が多いので、卒論等は確かに大変そうです。ただ、講演会は月1回の開催で
事前に日程をはっきりさせているので、内定者にとってはそれほどの負担感はないようです。
当社は“知る人ぞ知る”という会社なので、こういう会を通して内定者に
会社について深く学んでほしいと思っています。」
内定者にしてみると、その会社の部長クラスから直接会社の方向性について学べる機会は
貴重なようである。
ある機械メーカーでは、新入社員のフォローアップ研修に内定者を出席させ、
研修の様子をオブザーブさせるというユニークな取り組みをしている。内定者にとっては、
自分達にとって一番身近な一年先輩がどんな仕事をしているのか、実際の職場は
どうなっているのかを知る機会として好評である。
「自分の経験」から学ぶ方法として、内定者に対してあるプロジェクトを担当させ、
その反省会をさせるという取り組みをしている企業もある。
ある会社では内定式そのものを内定者に組立させているという。担当者は、場所と時間だけを
確保し、あとは内定者に任せているとのことである。
また後述するサービス関連の会社では、「100人に自社の説明をする」というプロジェクトを
通して、自分の経験から学ぶ機会を提供している。
3.社会人としての学び方の一つとして「PDCA」の回し方を教える。
あるサービス関連の会社では「100人に自社を紹介し署名をもらう」というプロジェクトを
内定者に対して課している。達成期間は10月の内定式から3月末の入社直前までの6ヶ月間。
プロジェクトの説明が教育担当からなされた後、内定者は複数のグループにわかれ6ヶ月間の
プロジェクトを遂行する。グループ内で目標達成の方法を検討し実行に移る。毎月1回ある定例の
交流会で、進捗状況を確認し、次の一ヶ月間の行動計画を立てさせるという。
まさに「PDCA」を回させ、自分達の経験から学ばせる手法であるといえる。
教育担当のH氏は言う
「100人に対して自社を説明するというのは口で言うほど簡単ではないですよ。
どうやったら100名もの人に説明する機会を作るのか。内定者は知恵を絞ります。」
会社の説明を何回となく繰り返しているうちに、その会社のことを更に深く理解できることと、
プレゼンテーション力(表現力)の向上にもつながるという効果が期待できるという。
入社4年目の教育担当S氏は
「胸をはって会社のことを説明できるような情報提供と体験機会を与えたい」と、
この取り組みへの思いを話してくれた。
ある目標に向けて計画を立て実行し、進捗状況を振り返りながら進めていく。
PDCAは、彼らが入社後、実際に仕事を進めるにあたって必須の手法であり、
PDCAを回すことで「自分の経験」から学ぶというのは、
社会人にとっては重要な「学び方」の一つなのである。
以上「学び上手な社員にするための内定者教育」について、社会人としての「学び方」を理解し、
「学びのリソース」からいかに学ぶか、そして「PDCA」を回す経験という観点から各社での
「内定者教育」の取り組みの一部を紹介した。
貴社の内定者教育の取り組みの参考になれば幸いである。
株式会社ラーンウェル 代表取締役 関根雅泰(せきねまさひろ)
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