伊藤精男先生
http://ras.kyusan-u.ac.jp/professor/0000833/profile.html
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研修効果の転移条件~アクターネットワーク理論の視点から
http://54.64.211.208/dspace/bitstream/11178/310/1/02_Itoh.pdf
・Kirkpatrick(1998)の4水準モデルは、研修効果の把握に関して、共通言語を作り出した点に最大の貢献がある(Wang, Dou and Li, 2002)。
・「研修効果の転移(レベル3)」を促す職場要因の多くは、社会的、心理的側面に焦点を当てた「人的要因」を注視したもの。
・しかし、現実場面における人間行動において、本人を取り巻く自然物あるいは人工物(道具などの「非人的要因」)等の影響をも無視することはできない。
・人と「アーティファクト(道具を含む人の活動を組織する媒体)」の関係をも踏まえた視点からの考察において、ANT:Actor Network Theory アクターネットワーク理論が有用。ANTでは、人、モノ、社会、技術等は、相互に切り離すことができない状態で存在しており、非人的なアクターも、人と同等のアクターとして捉えられる。
・ANTでは、人の行為能力は、環境との関係によって変わり得ることを示唆している。
・「営業日報というモノ」の存在が、H所長のパート社員とのコミュニケーションを改善したいとの意図を具体化したと言いえる。
・支援ツールの現場での活用に失敗した事例は、「社会-道具的ネットワーク」の構築に失敗したもの。
・「研修効果の転移(レベル3)」を考察していく上で「文脈横断」の考え方は、有益な視点を提供してくれる。「研修効果の転移」とは、まさに研修場面(文脈1)での学習内容を、現場(職場:文脈2)で活用するという文脈横断ケースであると捉ええる。
・文脈横断の考え方によれば、研修場面(文脈1)で学習したことを現場(職場:文脈2)で、そのまま「それを適用させる」という「転移モデル」から、異なる文脈を結びつける「越境モデル」への脱する必要があるとする(香川2015)。
・「越境モデル」を踏まえて、香川(2015)は、研修における学習内容を「受講者=(職場に戻った)実践者」が、職場で活用するには、周囲がそれに相当する活動を行っていることが不可欠であるとして、職場そのものの改変が重要であると指摘する。
・(H所長の営業日報への一言コメント記入は)異なる文脈をつなぐ媒体として機能したものと捉ええる。
・異なる文脈を結びつける「境界的オブジェクト」としてのアーティファクトの重要性が示唆された。
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研修転移研究における新たな視座
http://repository.kyusan-u.ac.jp/dspace/bitstream/11178/7914/1/02_Itoh.pdf
・現時点での研修転移研究における知見の到達点として、職場環境の有り様については、1)研修内容の職場での活用、実践における上司のサポート、支持の必要性、2)研修内容の試行機会、時間の確保が重要である旨が共通して指摘されている(中原2014)。
・しかしながら、関根・斉藤(2017)が指摘するように、研修転移研究において「職場」は、いまだブラックボックスに近いものとなっており、転移促進における職場上司や同僚の支援が必要であることは明らかになっているものの、どのようにすることが支援となるのかについて、そのメカニズムまではわかっていない状況にある。
・「社会身体 body social」の考えによれば、本人を取り巻く環境(状況)を変えれば、自らもその一部として構成されている本人のそこにおける行動も変容せざるを得ない。
・社会学的な知見においては、人がある行動をとる場合に、それを説明する視座には大きく2つの立場がある。一つは「性向主義(個人の性格特性を含む、過去に経験したもので身体化された特性によるとするもの)」であり、もう一つは「文脈主義(現在置かれている行為の文脈によるとするもの)」である。
・Lahire(1998他)は「性向+文脈=行動(実践)」という公式を提唱し、人(行為者)がとる行動(実践)原理を説明しようと試みている。
・職場における成員間での相互作用には、ある習慣化した身体図式が作られており、それが一定の習慣的行動(ルーティン)を引き出している。職場におけるそのようなルーティンに巻き込まれていく中で、成員は行動を一定方向へと誘発されていく。この知見は、転移促進を図るうえで、重要な手掛かりを提供するものであろう。
・ミラーニューロンは、他者の行為を自らの脳内で鏡のように映しだす神経細胞群であり、あえて努力しなくても、他者のその行動を見ると自動的に起き(神経が発火し)同じように反応するとされている。
・他者への共感や他者の意図予測の土台は、ミラーニューロンシステムにあると考えることができる。
・一定の習慣的行動(ルーティン)を引き出す状況を作るためには、少なくとも実現したい内容(行動)を、一定数の職場成員が実践しているという状況(それを相互に見ることができるという状況)を作ることが不可欠であるといいえる。
・研修転移を実現するには、組織ルーティンの問題にまで踏み込む必要がある。
・Sunstein(2015=2017)は、行動経済学の視点から、人の行動をある特定の方向へと向けさせるには、ナッジ(柔らかく押しやるもの)が必要であり、気づかなくともそこにあるという何らかの「デフォルト(選択肢の初期設定)」が、効果的なナッジとなりうることを指摘する。
・研修転移の実現において職場における上司等が、まず考えるべきことは、意図的支援(サポート、フィードバックなど)というより、デフォルトになりうるものの設定といった「条件整備」であると言えよう。
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〇1)職場(文脈2)が、どういう状況にあるのかを把握し、研修(文脈1)を、企画設計する。2)研修(文脈1)から、職場(文脈2)に、横断しやすいよう、デフォルトになりそうな人工物を利用する。3)職場(文脈2)で、多くのメンバーが、その人工物を使っている状況(ルーティンとなっている)を作る、ことこそが「研修転移」ということかな。
〇3)の状況を作るためにも、職場の責任者の理解と協力、最初に熱心に動いてくれる推進者、それを見て真似てくれるフォロワーとかが重要になってくるんだろうな~。そうなると、やっぱり組織開発的な働きかけになりそう。
〇あとは、既にその職場(文脈2)で、ルーティンになっているものと、研修後に実践してほしい行動とを結びつけられるといいんだろうな~。そうなると、やっぱり現場を知らないと、研修は組み立てられない。
○引用されていた「越境的な対話と学びとは何か」(香川2015)の本を買って、読んでみよう!
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●講師ビジョンの島村さんから頂戴したメール
関根さん
おはようございます。ブログ早速読ませていただきました。
以下、特にヒントを得たところに、事例を記載してみました。
(引用部分)
「越境モデル」を踏まえて、香川(2015)は、研修における学習内容を「受講者=(職場に戻った)実践者」が、職場で活用するには、周囲がそれに相当する活動を行っていることが不可欠であるとして、職場そのものの改変が重要であると指摘する。
(具体例1)
コーチング研修を社内の手挙げ研修で受講。引き出すスタイルはとても有効に感じ、職場で実践して上司に報告したが、上司から「まずはバンバン指示出して数字とってこい!」と言われてしまう例。上司を含めた職場の考え方が変わらないとなかなか実践し続けるのは難しいこともあります。
(引用部分)
・「社会身体 body social」の考えによれば、本人を取り巻く環境(状況)を変えれば、自らもその一部として構成されている本人のそこにおける行動も変容せざるを得ない。
(具体例2)
ここは、その通りで本人に実践する意欲があるのかが問われると思います。とある優秀人材は、研修を受講する際は、職場での具体的な実施場面をある程度、上司と握ったうえで受講する者もいます。研修を受ける前に自ら転移を前提に動いているのです。
(引用部分)
・一定の習慣的行動(ルーティン)を引き出す状況を作るためには、少なくとも実現したい内容(行動)を、一定数の職場成員が実践しているという状況(それを相互に見ることができるという状況)を作ることが不可欠であるといいえる。
(具体例3)
新しいテーマを社内で広めるときは、一定数の職場成員が実践する状況を作りだすために2つのステップを踏むことが多いです。昨今ですとイノベーション文脈でクリエイティブシンキングやデザイン思考の導入などがこれにあたると思います。
1)影響力が高い人をまず受講させ、拡散させる
2)共通言語化を早めるために全階層教育に入れる
いずれにしても時間がかかるものだと思います。
職場の環境という組織開発視点について考えさせられたとても興味深い内容でした。いつもありがとうございます。
島村
(島村さん、こちらこそいつもありがとうございます!)
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