【木曜日22-7】「日本人」本

木曜日

○山本七平先生の「空気の研究」に導かれ、「日本人」論へ。

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『日本人とユダヤ人』 イザヤ・ベンダサン(1971、2022)

・(「内なるゲットー」「外なるゲットー」に住むべきかを悩んできたユダヤ人から見れば)日本人は常に自由であった。
・日本人の忍耐は、じっと台風一過を待っている姿である。そういう状態が半永久的に続くことはあり得ないという信念がある。

・相手を信用しきるということと、何もかも話すこととは別なのである。

・日本は、地球のミニ版。日本人は「90日の民」 春夏秋冬で、生活の仕方を変えていかねばならない。

・誰も正面切って反対せずに、常に黙殺されていく。沈黙のうちに進んでいく実体が、日本人本来の一面で、自らはっきり意識せず方向と速度を定めているのが、その隠れた「政治的才能」である。

・天皇は、日本教の大祭司。将軍は総督。祭儀と行政司法が分立していた頼朝政府は素晴らしいものであった。

・日本人は「人間的弁証法」を使っている。
・日本では「決議は100%は人を拘束せず」という厳然たる原則がある。

・日本教は、人間を基準とする宗教であるがゆえに、人間学はあるが、神学はない。この宗教は「人間とはかくあるべき者だ」とはっきり規定している。
・「人の世を作ったのは人だ」という日本教の古来から一貫した根源的な考え方。

・ユダヤ人は、モーセの第二誡によって、実質的には絵画、彫刻を禁じられた。
・黙示文学は、そのまま絵になる。

・(処女降誕伝説を記述した)ルカの著作が、キリスト教とユダヤ教を断ち切った。
・生まれながらにして偉大なる人間などというものは、ユダヤ人の歴史には存在しなかった。

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『タテ社会の人間関係~単一社会の理論』 中根千枝(1967、2021)

・日本人の集団意識は「場」におかれており、インドでは「資格」(カースト)におかれている。
・日本とインドほど、理論的アンチテーゼを示す社会の例は無い。

・従業員の全面的、全人格的なエモーショナルな参加。
・農村の封鎖性と、企業での人間関係のあり方、集団の質は非常に似ている。

・「ヨソ者」なしに「ウチの者」だけでなんでもやっていけるという極めて自己中心的な、自己完結的な見方。これはワンセット主義と呼ぶ日本の集団構成のあり方にもつながる。

・日本人の社会集団のあり方が、他の社会のそれと、構造的に異質なものである。
・この異質性の大きな原因となっているものは、日本人の社会集団というものが、個人に全面的参加を要求するということである。
・複数の場への所属は不可能。

・日本人の好む民主主義とは、人間平等主義に根差している。

・ワンセット主義の社会

・日本的集団において、リーダーは常に一人に限られる。
・構造的にも、情的にも、リーダーは制約されている。温情主義に基づき、子分の説、希望を受け入れる度合いが大きい。
○これが「失敗の本質」に描かれた世界なんだろうな~。

・日本人は「人」に従ったり、影響されても、「ルール」を設定したり、それに従うという伝統でない社会であるということが、もっとも大きなガンになっているようである。

・天才的な能力よりも、人間に対する理解力、包容力をもつということが、何よりも日本社会におけるリーダーの資格である。

・コントラクト精神とは異質な、恒久的に設定される単一の「タテ」の人間関係というものが、日本社会に根強く潜在している。

・日本人は、論理よりも感情を楽しみ、論理よりも感情をことのほか愛するのである。

・日本社会の「単一性」こそ、人と人、人と集団、集団と集団の関係設定のあり方を決定する場合に、重要な基盤となっているものである。
・本書は「日本人の特質」ではなく、あくまで「単一社会の理論」と呼ぶべきものである。

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『第三の道~インドと日本とエントロピー』 糸川英夫(1982、1994)

・トップになったら、どこから学ぶか。正解は、ボトム(底辺)であろう。

・(インドにおける)「貧困の均衡」の定着率の強さである。破る方法は二つ:教育と民族の移動

・Without work, man is incomplete. 働くことを欠いたら、人間は不完全になる。
  『エントロピー その新しい世界観』 J.リフキン。

エントロピーの法則を一言でいえば、「エントロピーは増大する」つまり利用できるエネルギーは必ず減少する方向をたどり、決してその逆にはならない。

・リフキンは、エントロピーの法則に従った無理の無い生活をすることによって、人類は今よりずっと幸せになれるはずだという。
・エントロピーの法則から考えて、出来る限り、自然にそった選択をするということである。

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『菊と刀 ~日本文化の型』 ルース・ベネディクト(1972、2008)

・敵が人生をどんなふうに見ているかということを、敵自身の目を通して見ることははるかに難しい仕事である。

・日本では、世代と性別と年齢の特権は大きい。しかしこれらの特権を行使する人々は専横な独裁者としてではなく、重大な責務を委託された人間として行動する。
・彼らは、家の先祖に対して、ノブレス・オブリージュ(自重ある態度)を要求する。

・日本は、日本の歴史の全期間を通じて、いちじるしく階級的、カースト(世襲的階級身分制度)的な社会であった。

・「すべてのものをあるべき場所に置く」というのが、日本のモットーである。
・日本人は、たえず階層制度を顧慮しながら、その世界を秩序づけていく。「ふさわしい位置」がたもたれている限り、日本人は不服を言わずにやっていく。

・天皇が口を開いた。そして戦争が終わった。それが読まれると、何人もそれに承服した。

・「義理」に相当する言葉は英語には全く見当たらない。

・真の尊厳とは、常に高すぎもせず、低すぎもしない。身分にちょうどふさわしい地位を占めることである。

・嘲笑は最悪の罪である。嘲笑者、それは他人の魂と心とを殺害する人間である。

・戦勝国に対して、日本人があのような親善ぶりを示している。

・睡眠もまた日本人の愛好する楽しみである。それは日本人の最も完成された技能の一つ。

・日本人の哲学では、肉は悪ではない。世界は、善と悪との戦場ではない。

・真の罪の文化(guilt culture)が、内面的な罪の自覚にもとづいて善行を行うのに対して、真の恥の文化(shame culture)は、外面的強制力にもとづいて善行を行う。

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・著者が一度も日本に来たことがないのにも関わらず。

・日本文化の究極の基礎である、hierarchy の分析から出発する。

・日本人が天皇について抱いている観念が、太平洋諸島に見いだされるSacred chief と同質的のものであることを説明。

・(著者の言う)軍隊が多くの点において、民主的な地ならしの役目を果たしたというのは、誤解。

・「恩」と「義理」とが、日本の社会結合の原理として極めて重要。

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『縮み志向の日本人』 李御寧(1982、2007)

・敬語の本家は韓国。

・日本語の特性が、事物を拡大するより、縮小するところにある。

・日本人は、耳で聞くよりも、眼で見る文化。

・縮みの美学では、生長の拡がりは敵。

・「市中隠」 物質の中で精神を味わうことのできる才能。

・日本人は、みずから狭い生活空間を楽しもうとする伝統がある。狭いがゆえにかえって心が落ち着く。
・ギリシアの広場文化を生んだ欧米人は、広い空間で安定を求めようとし、四畳半の茶室の畳で伝統の血脈を継いできた日本人は、狭い空間で安静を味わうことができる。

・正座は、他の東洋文化に見いだせない茶道から出てきたもの。

・気をつけ!という号令の語源は、at+tensionで、緊張せよである。
・韓国語で最もよく使われる言葉「プルタ」は、「解く」にあたる。あらゆる緊張が解かれる現象を表現。

・ポジティブなふれあいは「菊の花」に、ネガティブなふれあいは通り魔の「刀」の形に現れる。
・ベネディクトも『菊と刀』で、日本の「小さな集団」に注目している。4~5人のピグミーファクトリーズ。
・中根千枝も「小集団の理想的なサイズは5~7人である」と確信をもって述べている(『タテ社会の力学』)

・和魂とは、「縮みの精神」である。

・アメリカの夢を未知から新しいものを作り出す「発明 invention」と言えば、日本の夢はすでにある既知のものを手ごろなものに「開発 innovation」すること。
・「Maybe」では、未知を征服する新しい発明を良くやる。日本の「なる(成る)ほど(程)」は「可能な範囲内で、その限度までつとめてすることを示す」を意味するのである。

・日本人はなんでも内と外に分けて考え、行動する傾向がある。

・「縮みの志向」から「物」が作られると、簡便で持ち運びできるものになるから、すぐ「拡がりの志向」につながる。

・日本が太平洋戦争に負けた原因は、「拡がり」に弱い日本的特性だった。

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・縮み志向の「型」を6種類に分類:入れ子型、扇子型、姉さま人形型、折詰弁当型、能面型、紋章型

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投稿者:関根雅泰

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