【木曜日25-12】星新一さん本(2)伝記

木曜日

【木曜日25-12】星新一さん本(2)伝記

読書会議での林さんのお薦め本(3冊)

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『人民は弱し、官吏は強し』(1967)

・壁というものは、乗り越え突破するためにこそ存在している。

・人は、自分に理解しがたい感情や考え方に接すると、恐怖に似た気持ちを抱くものだ。

・(星の講義の後、店主たちは)興奮が冷めないうちに、店に戻り、メモを片手に、家族や店員に講義をしたくてならない気分だったのだ。しかし、そう急ぐこともないといえた。催眠術ならさめることもあろうが、これは眠りからの目覚めなのだから。

・事業は、資材の安い不景気の時にこそ伸ばすべき。

・星の性格である人のよさと多弁とは、やっかいで手ごわい敵を、ここに新しく誕生させてしまった。

・フランスの政府には、民間の事業の勃興をねたむ傾向がある。したがって、フランスの植民地は繁栄しない。
・イギリスの政府は、一致して自由な民間の事業活動を助ける。そのため、植民地の産業が栄えている。

・エジソン「利益よりも、まず公共のことを考えなければ物事はうまく運ばない」「努力と思考以外に、成功は得られない」

・ハーバー博士「物を作る時には、自然がいかに成し遂げているかを、まず究明すべきだろう」

・政見発表の演説をやめ、選挙区の各地で「選挙大学」と称する、一日で卒業の講習会を開催。

・この椅子についたからには、周囲からの力により、気ちがいじみたこんな応答をしなければならなくなる。悪魔の呪いのこもった椅子があるとすれば、それはこれかもしれない。

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・明治以降も、商才は、政治力、とくに政府を動かす官僚と結びつくことなしには、この国では安定した力を発揮することができない。

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『明治・父・アメリカ』(1978)

・いま私が生きて存在しているのは、父のおかげである。それは、父の父のおかげでもあるのだ。

・当時、どこの地方でもそうだったのだろうが、みどころのある少年があらわれると、周囲で援助してやるという風習があった。

・男は、自分の父親のよさを語らない。
・父親とは地味な存在である。裏方としての立場に満足しなければならない。いや、それで満足なのである。
・自分の父親を語るというタブーをおかしているのである。まったく書きにくい。

・杉山茂丸「人間は遊ぶ動物ではない。働く動物である」

・『西国立志編(Self-Help)』「自分を助ける者は、自分であると思う時に、人は強くなる。信仰とは自分の内部にあるものを信ずることで、それが成功をもたらすのである」

・こんな風に楽しく働きながら利益をあげられるとは、はじめる前には予想もしていなかった。

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『明治の人物誌』(1978)

中村正直
・『自助論』が日本語に訳されたのは、中村正直によってである。
・「人生のスタートで、資本は少ないほうがいい」
・人口が、三千何百万かだった明治時代に、『西国立志編』は、百万冊は売れたらしい。
・日本には、スマイルズ的なものと、ビスマーク的なものとの二つの考え方が入り込み、富国強兵への道をたどるのである。

野口英世
・野口は小学校をでたほかは、ほとんど独学。中間の段階をすっとばして、大学の研究所で働いている。その飛躍と適応性。
・語学への興味と才能には、人並み以上のものがあった。

岩下清周
・後藤新平「人間が精神的、肉体的に疲労の極にある時、あまりやさしい言葉をかけてはいけないのだ。いっぺんに気がゆるみ、さらに危険な状態におちいることがある。ねぎらうのは、もう少したってからだ。」
・苦境に立つと、古い仲間まで逃げ腰になる。そんな時に、(岩下は)こうまで助けてくれるとは」
・岩下は、才のある人をみとめ、後援した。

伊藤博文
・私は、世の中には短く要約できないものはないという意見の持ち主だが、伊藤博文にはそれが適用できない。
・伊藤は、四回も首相に任命されている。なにかというと、すぐにやめてしまうのだ。「おまえにはそれができるが、朕は辞職できない」と明治天皇に言われ、伊藤が恐縮したという話は有名だ。
・もし明治日本が、この平凡な偉人に引率されずに、覇気満々の自信家の手にあったら、ずいぶん危険な瀬戸際に引きずられていたことだろう。

新渡戸稲造
・「のどがかわい者が水を飲むような気分で、読んだ」 カーライルの『サーター・リザータス(衣裳哲学)』
・日本では、道徳についての指導は。人々は善悪の区別を、何によって知るのか。
・日本における独自の精神的秩序。その根本は恥を知る。すなわち名誉を守る点にある。
・専門センスではいかんよ。コモンセンス(常識的)でなくては。

エジソン
・会社の経営である。天、二物を与えず。その方面の才能に欠けていた。
・失敗をなんとか活用しようとするのが、エジソンである。
・蓄電池の性能向上に熱心だったのは、電気自動車を普及させたかったから。
・「なぜ成功しない人がいるかというと、それは考える努力をしないからだ」

後藤猛太郎
・(星一の事業)需要の多い点、将来性、永続性、価格があまり変動しない、貯蔵にたえるものが共通点。
・戦国時代の豪傑 後藤又兵衛の子孫 象二郎の長男
・杉山茂丸「資本というものは、利益のあるところへ集まりたがっているのだ」

花井卓蔵
・一生を通じての主張「法のために人があるのではなく、人のために法がある」
・明治33年、足尾鉱毒事件が起こる。花井は、この弁護を行い、無罪にした。
・強きものは官吏、弱きものは民衆の時代だった。
・頭脳が回転し続けなので、それを休めるため、酒は必需品だったのである。
・花井家の女婿 忠が、法律事務所の仕事をついだ。
・星一は、昭和26年に死去。24歳だった私がそれからの数年間、混乱の中をなんとか無傷で切り抜けられたのは、花井忠先生がおいでだったからこそである。

後藤新平
・かくも多くの伝記の書かれている人は、野口英世を除いて、後藤新平のほかにない。
・世に手腕をみとめられた時だから、暴走せず、ねぼけたような仕事ぶりがいいのでは。
・なにかやるには、実力者の後援が必要と知った。
・「病人や貧民になってから与える100円より、ならぬようにする一銭のほうが大切」
・後藤新平の孫 鶴見俊輔 
○『人民は弱し~』の解説で、「負け犬を兄貴分に~」と書いている人。そういうつながりだったんだ。

杉山茂丸
・星一は(台湾での)大植林計画をたて、実現に生きがいを求めた。高地の森林をなくすと、下流で洪水が起る。
・杉山茂丸は、異色のミステリー作家 夢野久作の父親。
・北九州には優秀な人材が多かった。文化的、人種的に、大陸や朝鮮との長い交流があったためである。
・頭山満「才気も勇気もあまり表面に出してはいけない。感情に走ってことをなすのは、善意ではじめても、悪い結果になりがち。お互い血気にはやらぬようにしましょう」
・杉山茂丸の著作『百魔』
・インド独立の志士 ビハリ・ボースがイギリスの官憲に追われ、大正4年、日本に亡命してきた。
○『中村屋のボース』が積読になってるから、今度読んでみよう。

・シナは永久に亡びない強国で、日本はシナの動き方で、たちまち亡びる国である。外交も商売も、世界一うまい。日本は決して大陸に野望を抱いてはならぬ。東亜の平和さえ確立すれば、それ以外のなんの野心もないということを、世界に示すようにしなければならない。
・人間の最終目的は、独立である。依頼心は、自殺以上の罪悪である。

・杉山茂丸の孫 杉山龍丸さん インドの砂漠で緑化事業を行っている。 「文明の発祥の地の多くは、砂漠になっている。得た結論が、人類の火の発明。森林が燃料に使われ、生態系がこわれた」 

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投稿者:関根雅泰

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